9 セラフ支部での取引
「この事件。私たちも調査に協力したいのだけど」
パスカルは言った。
「ご冗談を。連続殺人事件の案件は貧乏くじ同然です。腐っているとはいえ、警察組織がうちのある人に賄賂を贈るくらいですよ。誰もやりたがらないことを進んでやるなんて、あなたは聖人か世間知らずのどちらかですよ」
受付の青年は言った。
「貧乏くじを引き受けないと信用されない人種もいるの。私たちみたいにね。だから、関わらせてくれる?」
パスカルは本気だ。引き下がろうともしない。
青年はパスカルの凄みに押され。
「わかりました。では支部長室へどうぞ」
今度は青年に案内されて支部長室へ。パスカルが押し掛けたところにいた、ということで彼もまた貧乏くじを引いたことだろう。それについてはパスカルも悪いとは考えていた。
そして支部長室。
ドアを開ければ専用の席に座り、書類を見ながら眉間にしわを寄せる支部長――ナジュドと彼の傍らで書類を漁る初音がいるのが見えた。まず、ナジュドが気づき、パスカルと目を合わせる。
「今日は来客が多いな! 依頼かな?」
ナジュドは言った。
「違いますよ支部長。彼女は鮮血の夜明団でもちょっとした噂になっている、オリヴィア一味のパスカルですよ」
そう言ったのは初音。目の端で見ただけでパスカルが来たことを見抜いていたらしい。
初音とナジュドの様子を伺いつつ、受付の青年は言う。
「支部長。彼女、パスカル・ディドロが連続殺人事件について協力を申し出ているのですが」
「それは本当か!」
と、ナジュド。
「やはり! 貴女たちは協力してくださると信じていましたよ!」
初音も続けて言った。
その事情、パスカルらと初音との間にあったことをナジュドは知らない。
「……説明してくれ」
ナジュドは言った。
「はい。私、パスカル・ディドロという者ですが、セラフの町に来る道中で彼女と初めて会いました。水鏡監査官はオリヴィアに興味があるようでしたが……だめですね。因果関係が私にもわかりません!」
と、パスカル。
彼女でさえ考察を諦めた。とはいえ、初音の考察がパスカルの上を行った、そういうことにしておけばいい。
「変わってお答えします。オリヴィアちゃんの存在が理由です」
初音は言った。
パスカルはひたすら戸惑っていたのだが――ナジュドはそれで納得した。考えたのではなく、感じたのだろう。
「なるほど。で、パスカル。オリヴィアをここに呼べないか?」
ナジュドは言った。
「今すぐに呼びます」
ナジュドから言われると、パスカルは携帯端末を取り出してオリヴィアに電話をかける。オリヴィアはすぐに電話に出た。
「オリヴィア? 今からセラフ支部に来ることってできる?」
『すぐに行けるよ。もうすぐ着くから』
オリヴィアは言った。
何がオリヴィアに行動を起こさせたのか、パスカルはまだ知らなかった。
ほどなくしてオリヴィアたちは支部長室に現れる。パスカルが聞いていたとおり、すぐ着いた。
「彼女がオリヴィアかな?」
と、ナジュドはオリヴィアを見て言った。
「はい」
「なるほどな……で、他はオリヴィアとパスカルの連れだと」
ナジュドはオリヴィアたちをまじまじと見た。彼女たちがカナリス・ルートの面々を殺していた。人は見た目によらないと言ったところだ。が、オリヴィアの発している気配は、人殺しに慣れた人のそれだ。
この雰囲気を気に入っているのが初音。彼女もオリヴィアと、ある意味で同類だ。
「パスカル・ディドロ単独での申し出だから確認しよう。お前たちは、連続殺人事件について俺たちセラフ支部に手を貸してくれるのか?」
と、ナジュド。
「そのつもりです。わたしたちも覚悟はできているから。パスカルはそう言うだろうって道中で話してたんです」
オリヴィアは答えた。
彼女だけでなく、晃真やエミーリアも同じ。
「了解した。お前たちが見返りを求めているにしてもその申し出はありがたい。もし求めるものがあるなら言ってみろ」
ナジュドは言った。ニヤニヤとした表情をうかべ、一行を試そうとする。そんな彼の姿にヒルダは嫌悪感を覚えた。
「少々時間をいただけますか?」
パスカルは言った。
「構わない。割に合わない仕事をさせて何もしないのは俺としても心が痛い」
と、ナジュド。
「……オリヴィア、晃真、エミーリア、キルスティ、ヒルダ。貴方たちの意見を聞くよ」
「えっ……」
まず、ヒルダが戸惑った。彼女のナジュドへの好感度は限りなく低かっただけあって、ナジュドに、セラフ支部に、鮮血の夜明団に、求めるものなどなかった。
「望み……私もエミーリアも求めるものはすべて自力で手に入れる主義だからよお」
「だな、違いない」
キルスティとエミーリアも言う。彼女たちも望みを叶えてもらうつもりはないらしい。
「俺もいいよ。俺の望みは俺にしか叶えられない」
晃真も言った。
「……そういうことなのね。オリヴィアはどうなの?」
パスカルが言うと、オリヴィアに視線が集まった。オリヴィアは一呼吸置いて口を開く。
「ある人の身辺調査をたのみたい……ヨーラン・オールソンと、エレインの」
オリヴィアの口から出た言葉はこうだった。
パスカルらと合流する前――オリヴィアはパスカルからカナリス・ルートのことを聞いた。ヨーランがカナリス・ルートの人間だということ、オリヴィアたちをはめたのはエレインだということ。だからオリヴィアはこの2人が気になった。
「2人とも、カナリス・ルートの人だって……」
と、オリヴィアは付け加える。
彼女の言葉をパスカルは疑わない。
「わかった。居場所の提供も併せて頼んでみるよ」
とパスカル。
彼女はナジュドの方に向き直り。
「ナジュド支部長。私たちが求めるのは2つ。まずは私たちの寝泊まりする場所を貸してほしいこと。もうひとつはヨーラン・オールソンとエレイン……カナリス・ルートの2人の身辺調査をしてほしいということ。鮮血の夜明団ならできると踏んでのことよ」
パスカルは言った。
「なるほど……カナリス・ルート殺しらしい頼みというわけか。いいだろう。貧乏クジと言われるレベルだからな」
と、ナジュド。
またひとつ、事が進んだ――




