2 別荘でのひとときⅡ
オリヴィアたちが海で遊んでいる傍ら、パスカルは日陰で杏奈と電話していた。
『なるほど。やはりセラフか、次のターゲットは』
電話口で杏奈は言った。
「そうね。今はまだ動かないつもりだけど、こちらも情報を集めてもらってる」
『情報、か。そういえば最近セラフで連続殺人事件が起きているらしい。詳細は私もわからないが……』
と、杏奈。
きな臭いことになっている。パスカルはそう感じたが、この場では何も言わない。せっかく杏奈からリフレッシュするように言われたのだ。
「セラフ……頭に入れておくね。私たちもカナリス・ルートと戦っているんだから」
パスカルは言った。
『ああ。だがこれは私からのお願いだ。今は楽しんでくれ。戦場のことを考えるのはそれからでいい』
杏奈はひとりで背負い込もうとするパスカルのことをわかってそう言った。
「貴女に言われると断れないね。わかったよ。貴女も無理しすぎないで」
パスカルはそう言って電話を切る。
「……私も楽しもうかな。せっかくリゾート地に来たんだからね」
パスカルは携帯端末を窓から別荘に放り込むと海の方へと歩きだす。
改めてこの別荘のあるリゾート地、方洲の町は綺麗な場所だ。海は澄んだエメラルドグリーンで、砂浜の砂は白い。そのうえ、鮮血の夜明団所有の別荘ということで今は人が少ない。
だが、パスカルに寄ってくる者が全くいないわけではなく。
「そこのおねーさん、綺麗だね。俺と遊んでかない?」
そうやって声をかけてきたのは晃真より背の高い細身の金髪の男。顔も整っており、何よりこの場にいるということで鮮血の夜明団の一員であることは確定している。
「綺麗? そうね、スキンケアもしているからね」
パスカルは流すつもりで答えた。だが、話しかけてきた男には目的がある。
「お……違うんだよ、おねーさんは1人?」
と、男は言う。
「ごめんなさいね、人を待たせているから」
「えー。いいじゃん。俺、これでもイデア犯罪者を30人は確保してんだぜ」
パスカルがその場を去ろうとしても男はしつこくつきまとう。仮に男が鮮血の夜明団の一員でなければパスカルはその男に手を上げることもできたのだが――この場でトラブルは起こしたくない。だからパスカルは穏便な手段を取らざるを得ない。
「それは強い魔物ハンターだこと。尊敬はするけども――」
「俺の彼女に何か用ですか?」
と、パスカルの前に現れる青年。親友の杏奈と同じ藍色の髪にあまりにも白い肌。杏助だった。身長が185センチはあり、鍛え抜かれた肉体を惜しみなくさらした杏助。それだけでも威圧感があるのだが、今の杏助は男に凍てつくようなまなざしを向けている。いつもの――パスカルがいつも会うときの杏助は穏やかな表情を見せることが多いが、今回ばかりは違う。
「なんだ、彼氏持ちか……しかも春月のあいつ……」
男は捨て台詞を吐いてパスカルから離れていった。
「いるんですよね、自分の力を過信してナンパする構成員。鮮血の夜明団の女性メンバーは強い人も多いのに。姉ちゃんとか、陽葵とか、監査官さんとか」
離れていく男を見ながら杏助は言った。
「大丈夫ですか、パスカルさん。俺、姉ちゃんからパスカルさんたちの邪魔をする人を近づけるなって言われてたんです。彼女なんて言ってしまって迷惑じゃなかったですか?」
男が離れていった後、杏助は言った。
「私1人でどうにかできなかったからね。気にしないで。お礼と言ってもなんだけど、今夜は杏助くんも一緒に食事でもどう? 皆でね」
「姉ちゃんはパスカルさんたちを守れと言っていたけど……」
パスカルに誘われた杏助。彼としても誘いには乗りたいところだったが、それで杏奈から頼まれたことを遂行できるかどうかが問題だった。
「大丈夫。杏奈には私から言っておく」
杏助の考えを読んでいたかのようにパスカルは言う。お人好しの善人と言われるパスカルだが、抜け目のないところもある。とはいえ、今のパスカルが考えていることは助けられたことに対してのお礼だろう。
「ただいま」
「色々買って来たぞ」
晃真とオリヴィアが近くの町から戻ってきた。2人は海水浴を楽しんだ後、どうせなら2人で行きたいと希望して買い出しに出ていた。よほど買い出しが楽しかったのか、2人の表情はかつてないほど柔らかい。
そんな2人の事情を杏助はよく知らない。仲がよさそうだとは感じていたが。だから杏助はパスカルに尋ねた。
「そういえば2人はどんな関係なんですか?」
「恋人同士だよ。ついこの間、晃真が告白して付き合い始めたって感じかな」
パスカルは答えた。
「そうなんですか。姉ちゃんたちみたいにうまくいけばいいですね」
と、杏助。
「杏奈たちみたいにあの2人も不器用な者同士だからね。なるようになると思う。じゃ、始めよっか」
そう言いながらパスカルは視線を別荘の前に移す。
そこにはバーベキューのセットが組まれていた。オリヴィアたちが買い出しに出ている間にパスカルたちで準備していたものだ。
「あー、生肉は食っていいけどさ。晃真と杏助にはちゃんと焼いた肉を渡せよ。それと私、肉は食わないからな」
炭に火をつけながら言うキルスティ。
準備ができたところでオリヴィアたちはバーベキューを始めた。
弾む会話。襲撃の心配がほとんどない場所。美しい景色。なにより、美味しい食事。一行はバーベキューの時間を思う存分に楽しんだ。
そして、食材もほとんどなくなり、辺りもすっかり暗くなった頃。
「見な。星が綺麗だよ」
エミーリアが空を見上げて言った。彼女の言う通り、満天の星空。海も星や月の光が反射してキラキラと輝いている。ここには――方洲の地にはアニムスの町とは違った美しさがある。
「本当だ……」
と、オリヴィア。
「ああ……オリヴィア…………」
晃真も声を漏らす。何かをオリヴィアに言いたかったが、良い言葉が見つからない。だが、咄嗟にきざな言葉を並べられない不器用さもまた晃真の魅力だろう。
「そうだね、晃真。皆で生きてカナリス・ルートを潰して、その後にまたここに来ようね」
何を察したか、オリヴィアは言った。




