21 箱庭崩壊
荊が空間に干渉すれば空間にノイズが走る。そのノイズは繰り返されるたびに大きくなり――ついには空間そのものが崩壊した。
崩壊する空間の中、「デリートオール」としてかけられていたものは消失した。消失した後も空間は崩壊を続け――
ここはアニムスの町の辺縁。立ち入り禁止区域として指定されているゲート近く、ちょうど金色のガスが漂うエリアだ。リュカの空間にいた者たちは、全員がゲートから外に出る。もちろんリュカも。この全員が地面に投げ出され、元の場所に戻ってきたことを確信する。
――頭が……けど、やらなきゃ。リュカ・マルローはあたしが。
リンジーはめまいがする中で立ち上がる。まだここにいる誰もが適応できていない。ここで立ち上がれることは大きなアドバンテージとなる。
一方のリュカ。異空間の崩壊は彼自身にも相当なダメージを与えていた。眉間に皺を寄せ、立ち上がろうにも立ち上がれない。あの空間を再構築する力も残っていない。
「全身が痛い……目眩もする……このボクが……どうして……パメラ……」
リュカはある人――姿を模倣していた初恋の人の名を口にした。彼の言うパメラはすでに故人。呼び掛けたところでそれに応えることはない。が、リュカは忘れられなかったがゆえにパメラの幻覚を見る。
「……生き残らないと……パメラの分まで生きないと……ボクがパメラになってでも……」
生きなければ。
リュカは力を振り絞り、立ち上がる。彼の視界には混乱した様子のミリアムたちと、先に立ち上がってリュカを睨んでいたリンジーが入り込む。
先に動いたのはリンジーだ。力を振り絞ってリュカとの距離を詰め、蹴りを放つ。リュカはふらつきながらも蹴りを躱した。が、その風圧はかなりのもの。
「まだまだっ! 殺すまでは油断なんて……!」
リンジーは体勢を変え、今度はイデアを展開する。これだけでも今は体に負荷がかかる。展開されたのはわずかな荊。リンジーが疲弊しているのが見て取れる。
リュカも抵抗するようにイデアを展開する。空間の構築はできないが、彼の持っていた携帯端末は蛍光グリーンの光を放ち――
「死ぬなら、君も巻き込む」
冷徹な声で言った。瞬間、蛍光グリーンの光は0と1の数字を形作り、リンジーの周りを取り囲む。封じられたのはリンジーの方だ。リュカは口角を上げ。
「残念だったね! でも君さえ殺してしまえばボクに勝てる者はいない! ミラン・クロルも、ランディ・マードックも! ボクに勝てないで死んでいくだけだ――」
リュカがそうしてリンジーの命を奪おうとしたそのとき。どこからか炸裂弾が投げられ、リュカの近くで炸裂した。辺り一帯をまばゆい光が包み込む。
「死なせないよ。次こそ倒さなきゃって決めていたし」
その声はヒルダ。声を聞き、立ち上がったのはミリアムだった。
めまいと疲労感で立ち上がれなかった彼女に力を与えたのは妹。ミリアムは剣を握りしめて立ち上がり。無言でリュカに斬りかかる。
「な……デリートオール! この女を――」
「無駄だ」
冷徹なミリアムの声。
と同時に、リュカの右腕――携帯端末を持っていた方の手は肘から切断される。右手が転がり、流れる血が地面を濡らす。
「あああああああ!? ボクの腕が!?」
叫ぶリュカに、命をとらんと斬りかかるミリアム。リュカはなんとか剣を躱していたが、もはや反撃などできない。イデアの展開に必要な携帯端末は手元にない。そもそも、リュカはあの空間を展開できないほどに疲弊していた。
やがて、閃光は晴れる。
「そこにいんのね。なら簡単」
そう言ったのはリンジー。彼女はいつの間にかリュカの背後におり――背後から荊の一撃をリュカに叩き込む。荊は、リュカの胸を背後から貫いた。
「……やった。途中でイデアが消えたからどうなることだろうとは思ったけど」
絶命したリュカの背後でリンジーは言う。
「誰だろうな。ヒルダの……妹の声がしたようだが……」
と、ミリアム。
辺りを見回してみれば、案外近くにヒルダはいた。ヒルダだけではない。パスカルにキルスティ、エミーリア、晃真だっていた。この5人は、少なからずリンジーたちに何らかの形でかかわった者たち。そして、オリヴィアの同行者。
「久しぶり、お姉ちゃん! 助けに来てくれたの?」
ヒルダはミリアムに言った。
「そういうことになるのか……? とにかく、リュカ・マルロー……パメラ・ド・ブロイを斃すためにあの空間に入り込んだ。とはいえ、私はそこまで活躍できてない。彼女がいなければ私たちも殺されていただろう」
と言って、ミリアムはリンジーの方を見た。
「感謝とかそういうのは、とりあえず受け取っとく」
リンジーが言う。
そんな彼女の姿を見て表情を変えた者が1人。晃真だ。晃真とリンジーは一度マルクト区で戦っている。当然ながら晃真は身構えるわけだが。
「身構えなくていいから。あたしもあんたもオリヴィアを大切に思う者同士。それにあたしはカナリス・ルートと手を切って来た。もうあたしはただのリンジー」
晃真の様子を見てリンジーは言った。
「そうなのか……」
晃真は戸惑いながら言った。
「あたしもミリアムもファビオも元カナリス・ルート関係者だけど、今はやつらの敵。敵の敵は味方ってことでいいでしょ?」
とリンジー。すると今度はパスカルが言った。
「そうね。ファビオがいる辺り、信用しても大丈夫だとは思うから。とりあえず町に行きたいところだけど、最寄りは……」
「アニムスの町。少し時間はかかるが治安のいい町だ」
ミリアムは言った。
ここで生き残っている面々はひとまずアニムスの町に向かうことにした。




