19 箱庭の支配者
来た。
黒と蛍光色の空間にふわりとなびくストロベリーブロンドの髪。それが彼の襲来を示していた。
「……信じられない。セキュリティもきっちりした能力に、君たちを近づかせない方法。それでも君たちはここに来た。本当に意味がわからないよ」
リュカの声はいつもと比べてドスの効いた声だ。直接声を聞いたことがなくても彼が怒っていることくらいはわかる。
「ねえ……何をしたの? アナベルの力でも借りた? それでもボクじゃなくてクローン兵の方に行くはずだけど?」
そのリュカの声を聞き、すぐさま立ち上がるファビオ。別空間へと転移したということで顔色は良くないが、勇気や気力がないわけではない。
「誰が言うものか。もう僕たちはカナリス・ルートと手を切ったはずだ」
「うん、知ってる。だからだよ、ボクがここで始末しようと思うのは。入ってきたんだから出ることだってできる。なら閉じ込めずに殺した方がいい! これが合理的な判断だよ!」
リュカは何もない空間から斧を取り出して手始めにファビオとの距離を詰めた。
頭を砕かんとする一撃。ファビオは咄嗟に避けたが、そのときにはリュカは次の攻撃に移る。狙ったのは太股。そこに割って入るのはミリアム。剣を鞘から抜かずに斧の軌道をずらした。
「私の知るリュカ・マルローはここまで暴力的ではなかったが?」
と、ミリアム。
「それは穏便にことを進めるのが合理的だったからだよ。でも今は違う」
と言ったリュカは斧を振るった。が、ミリアムはいとも簡単にかわし、その冷徹な眼差しをリュカに向けた。
「甘すぎる。お前は、人体の急所もわかっていないらしい。所詮は間に合わせの技術か」
斧をかわした動きから剣を抜く。剣を抜けば最小限の動きで剣を振る。その動きに一切の無駄はなく、正確に肩を狙う。剣は確かにリュカの肩をとらえたが――斬撃は防がれる。
それは蛍光グリーンの光の壁のようなもの。リュカの体を守るように展開されたそれは、ミリアムよ斬撃を通さない。
「でも君は、戦闘に関してはこの間に合わせの技術しか使えないボクにすら劣る」
と、リュカは言った。
「なるほど、私たちを襲った兵士や暗殺者とはわけが違うらしい」
ミリアムは言う。このとき彼女はリュカの展開する壁よりも速く動けばいいと考えていた。
「やつらと一緒にしないでよ。ボクはやつらみたいな使い捨ての人たちとは違う。確信したよ。やつらは捨て駒にしかならない。第1世代は論外だし、次の世代に期待かな」
リュカはそう言って斧に蛍光グリーンの光を纏わせた。
「二度とクローンと同列に語らないでね」
と言って斧を振り抜いた。ミリアムは咄嗟に避けたが、蛍光グリーンの謎のエネルギーが彼女を襲う。そのエネルギーは風圧のようでもあった。エネルギーを受けてよろめくミリアムにリュカが畳み掛ける。
――技術は大したことないのに、なぜだ!?
斧を鞘で防ぐも、その威力で鞘は折れる。もう避けるしかない。細身の剣では斧を受け止められない。
ミリアムとリュカの戦いの様子を少し離れたところから見ていたリンジー。彼女は空間の転移をしたことで疲弊していた。イデアを展開できないことはないが、いずれ限界が来る。
――できて短期決戦。でも相手はカナリス・ルート会員。勝てるの?
リンジーはミリアムとリュカの戦いを見た。技術では圧倒的にミリアムが上回るが、この空間の力のせいかミリアムの攻撃は通らない。対してリュカの攻撃は謎の力で増幅されている。だから大した技術などなくてもミリアムくらい倒せるだろう。ミリアムが消耗すれば。
「リンジー、大丈夫かい?」
ミリアムに相手を取られたファビオはリンジーに言った。
「なんとかね。お願いがあるんだけど、あたしのイデアって回復できたりする?」
と、リンジー。
戦いたい。それが今のリンジーの全てだった。
「やったことがないから何とも言えないね。その口ぶりだとかなり消耗していると見た」
「正解。ゲートの中の乱れと、この空間のセキュリティに入り込むだけでかなりしんどかったんだから」
そうやって軽口を叩くリンジー。戦いに参加できないことを悔しく思うようにも見えた。だからこそファビオは言った。
「ここに入れただけで君はMVPと言えるよ。僕にもミリアムにも、アナベルにもできなかった」
「そうかもしれないけど……まだ足りない。ミリアムが有効打を入れられていないから、加勢しないと」
「そんなことをすれば君が死んでしまう……!」
ファビオの口調が強くなる。
リンジーはそう言われてほんのすこし黙る。イデアを使いすぎたその後に待つのは死。リンジーだってわかっているが、それと同時にリュカに攻撃を届かせることができるのがリンジーただひとりであるとも悟っていた。戦わなくてはならない。
「加減はする。死ぬまではやらないから。それに、あたしは1人では戦わないよ」
と、リンジーは言った。
その目には覚悟があった。このでたらめな空間でリュカと戦って勝利してアニムスの町に帰る、という覚悟が。
「言い出したら聞かないとは分かってきたよ。やれるだけやってみよう」
ファビオはリンジーの頼みを聞き入れ、イデアを展開する。かつて奇跡だとも言われたそのイデアはリンジーに触れ――
――きっと奇跡は起きる。大丈夫。ほら、力が戻ってきている。
リンジーから溢れるイデア使いの気配。それが示すのは、ファビオによる回復が成功したこと。これでリンジーはまた戦える。
「ありがとう、ファビオ。あたしも加勢してくる」




