7 セラフの町へ
スラニア山脈を抜けたその先は、かなり異様な大地だった。
地表には青白い砂が積もっている。これらはかき集めて精製すれば燃料にも使える代物。純度は違うがこの車を走らせるための燃料とほぼ変わらない。
この辺りに積もった砂や、車を走らせる燃料――青色の鉱石がどうやってできたかを知っていれば、ここがどこなのかも自然とわかる。
「この砂。近いのかな、セラフクレーターが」
アナベルは言った。
スラニア山脈でヨーランに拾われて、スラニア山脈を抜ける間。ヨーランはあまり多くを語らなかった。だが、そんなヨーランも今どこにいるのか、くらいは話してくれるようだ。
「セラフクレーターな。知っているだろうが、大昔に隕石が衝突したところだ。それがきっかけでかつて存在した資源の一部が青色の鉱石に変わったらしい。吸血鬼ハンター連中が使う魔法とかいう力も、それが由来だというのが定説だ」
と、ヨーランは言った。
それは教育を受けた人であれば知っているような常識なのだろう。だが、オリヴィアにとってそうではなかった。
「……知らなかった。どこかに出どころがあるとは思ってたけど、まさかセラフクレーターにあったなんて」
オリヴィアは感情を抑えながら言う。
「知らないことは恥じゃない。これから知っていけばいいわけだろう。それより、ぼくはこれからセラフの採掘所に用事がある」
と、ヨーランは言った。
「はあ、採掘所……君、どう見ても採掘できるような体格じゃないでしょ」
何かを考えているような口調で言うアナベル。するとヨーランは。
「……人を見た目で判断するなよ」
振り向きはしなかったが、ぞっとするような殺意をアナベルに向ける。ここが車の中でなければ殺されたかもしれない。それを向けられたアナベルは――恍惚の笑みを浮かべていた。
さらにヨーランは続ける。
「悪いな、少し殺気を出しすぎたようだ。それと、ぼくが採掘をするとでも思っているのか? そういうことじゃない、もっと別な用事だ」
別な用事。
少し意味深長なようにもとれたが、アナベルもオリヴィアも何も聞かなかった。これには触れない方がいい。本能的にそう感じていたから。
「……アナベル。セラフの町から鉄道は出てる?」
「出てるよ。マルクト区直通じゃないけど、近くまではいけるねぇ」
と、アナベルは言った。
これからセラフの町に立ち入るとはいえ、本来の目的はマルクト区。もしくはパスカルと合流することだが、今はその手段がない。
「そっか、ありがとう。セラフの町で駅とか探してみて、それから移動するよ」
「まあ、オリヴィアが言うならねえ」
少し嫌そうだったが、アナベルは言った。
車は進み、やがてまばらに家の建つエリアに入ってきた。辺りには農地もあり、そこだけが緑色。積もった青い砂をどけたのだろうか。セラフの町の近くになっている分、人がそれなりに暮らしている。
「ここを抜ければセラフの町につく。どこで下ろせばいいか?」
ヨーランは言った。
「適当なカフェでよろしく頼むよ」
と、アナベルはオリヴィアが口を開く前に言った。
「了解だ。もめ事の心配のないカフェにしよう。そこは僕も行きつけている」
「ありがとう。見た目と言葉遣いは怖いと思ったけど、優しい人でよかったよ」
アナベルはそう言って微笑む。が、言われた方のヨーランは良い顔をしなかった。眉間にしわをよせて、ただ進む方向を見ている。
「……優しい人か。会って間もない人間にそういうべきではないだろう。まあ、僕がそういう人だといいな」
と、それだけを言った。
オリヴィアはそんなヨーランから何かよくない気配を感じ取った。人間なのに、人間ではない。吸血鬼やその末裔でもない。ただ分かるのは、ヨーランがイデア使いであること。その中でもかなり異質な部類に入るということ。
――アナベルに忠告すべき?
オリヴィアは震えそうになりながらもアナベルを見た。
隣に座っていたアナベルは別に恐れている様子もなかったが。恐れてはいなかったが、獲物を品定めしているかのような目を向けていた。
彼女は特に異質な相手をも獲物としか思わない。そんなアナベルを見て、オリヴィアは軽い恐怖を覚えた。
――やっぱり私は、相当危険な人と行動してる?
「何の価値もないような私をスラニア山脈から抜けさせてくれるから、優しいに決まってるよ」
ふふ、と笑いながらアナベルは言う。彼女も彼女で人を震え上がらせる気配を隠そうとしているが、隠しきれていない。
「価値……いや、何でもない」
ヨーランはそう言うと、車のスピードを上げた。その行動は何かを隠しているかのようだった。
「……調子が狂う」
アクセルを踏みながら、ヨーランはアナベルに聞こえないようにそう言った。
やがて、一行の乗った車はセラフの町に到着する。




