16 狂人たちの尋問
イデアを展開したアナベル。彼女を取り囲むミリアムとファビオ。取り残されないようにと差し伸べられたファビオの手を握るリンジー。
「やれるだけやってみるよ。着いたら即、戦闘態勢になってね」
アナベルは言った。当然ながらこの言葉はリンジーには届いていなかったが、それをわかっていたファビオがリンジーに伝える。彼女も重要なことを理解して頷いた。
「リンジーも大丈夫なようだ」
と、ミリアム。
「ならよかった。いくよ」
アナベルが糸を手繰れば一行の体はふわりと浮き上がり、雑貨屋から外へ。外へ出ればとある場所――町の西側に広がるアニムス湖の方向へ。
――なるほど。こっちにリュカはいる、と。
空中でアナベルは口角を上げた。
だが、じきにアナベルはその対策をされていたと気付く。やはりリュカ・マルローは一筋縄でいく相手ではない。
「……司令官サマが言ってたのはこいつか。場所を掴まれているとは言ったが、まさか俺のとこまで来てくれるとはよ」
くしゃくしゃの髪、日焼けしたような濃い色の肌。彼――S-006は一行を待ち構えていた。
リュカではない。
一行の中で最初に気づいたのはミリアム。すぐさま剣を抜き、空中から待ち構えていた者――S-006に斬りかかった。
「またお前か。妙な縁でもあんのか?」
と言ってS-006はミリアムの剣を受け流しながらナイフでの斬撃を繰り出した。刀身がミリアムを切り裂こうとしたとき、干渉したのはリンジー。ナイフの刀身は荊を抉るにとどまった。
「敵対が縁というのならそういう縁もあるのだろうな」
と、ミリアム。
S-006との距離は人5人分ほど離れている。彼女の実力であれば一瞬でS-006を斬り殺すことができる距離だ。さらに同じ距離にリンジー。彼女もイデアを展開し、いつでもS-006をとらえることができる。2人の後ろにはファビオとアナベル。
にらみ合う中でファビオが口を開く。
「戦う前に聞くけど、君は故郷とか守るべきもののために戦う戦士かな? それとも、報酬のために裏切ることのできる傭兵かな?」
そう言われた側のS-006は返答に困ったのかしばらく黙り込む。彼のその顔を見たファビオ。S-006が誰か――かつてファビオがランディ・マードックだった頃に書類上で確認したとある男にそっくりなのだ。だからファビオは尋ねた。
「兵士だよ。絶望的な戦場に引っ張り出されて死ぬまで使われるだけの、な。それ以外の答えなんか、ねえよ」
と言ってS-006は手始めにリンジーへ斬りかかる。彼女が一番制圧しやすい相手だと判断したからだろう。が、リンジーは荊でナイフを防ぎ、拘束する。
「兵士っていうか兵器じゃない」
リンジーは言った。S-006にとって、彼女の言葉は神経を逆撫でするものだったようで。S-006はすぐさまイデアを展開しようとした。が、S-006はあのときの感覚――立ち入り禁止区域でイデアを垂れ流しにしようとした感覚を覚えなかった。
「無駄だよ。あんたの能力はイデアで封じた。体の自由も奪ったことだし尋問といかないとね。スナイパーの精度の落ちる夜まではまだまだ時間があるわけだから」
さらにつづけるリンジー。彼女の前でS-006は抵抗を試みるが今度はミリアムがそれを許さない。
「さっき……暗殺者の背骨を見た。今度はお前の背骨や肋骨を見ることになるだろうがそれでもいいなら抵抗するといい。私は止めない。だが、殺す」
それは半ば脅しめいていた。ミリアムは抵抗するすべを封じられたS-006の首筋に銀の剣を突きつけた。だが、S-006は捨て駒として扱われることを承知した兵士。彼は口角を上げて言った。
「俺は死を恐れねえ。俺の死には意味なんて無えからよ。脅迫できると思ったか?」
「ならば……私がお前の骨からお前を辱めてやろうか? そういったことには慣れていないだろう? それこそ、兵士としての尊厳まで貶めてやることもできる。このミラン・クロルなら」
ミラン・クロルが出てきている。ファビオはそう察していた。だが、同時にミランの人格であればS-006を屈服させることもできると踏んでいた。ミリアムはかつてクロル家で拷問もしていたという。ならば、ここで聞き出すべきことを聞き出せるのかもしれない。そんな期待があった。
「フフ……お前は良い背骨をしていそうだ。その肉を削がせてくれないか?」
ミリアムの表側に戻ってきたミランの醸し出す狂気。彼の本質の一つは肉を削いで現れた骨に執着する異常者だ。S-006は自身の理解の範疇を超えた異常者を目の当たりにし、青ざめていた。
ここに、死よりも悍しく、歪んだものがある。
「……やめろ。俺が悪かった」
S-006は言った。
「それなら、君がどんな命令を受けていたのかを聞かないとね。何のためにリュカの空間かリュカ本人と入れ替わったのかな?」
そう尋ねたのはアナベル。彼女はいつの間にかファビオの隣からS-006の前にまで歩いて来ていた。アナベルもまたミリアムと同じく異常者の圧を放っていた。
「……お前の存在があったからだ。ピンクメッシュ」
と、S-006。彼が見たのはアナベル。
やはり一度閉じ込められたアナベルがどうにかして脱出したことが理由なのだろう。そのことについて、アナベルは心当たりがあった。
「確かにね。春月の異空間から脱出するとき、私がちょっと強引にやったからね。これはネタばらしをしても大丈夫な話だよ」
と、アナベル。
「クソ……話の通りどこまでもでたらめな人間だな」
S-006はそうやって悪態をつく。だが、彼にはそれ以上のことができない。それ以上のことをしてしまえば、彼は持っているわずかな尊厳を失うこととなる。S-006は効かれたことに答えることしかできなかった。




