11 銀色の剣士
来る。空気の流れに乗ってくるのは、凍えるような冷気。その冷気の奥には最後のクローン兵S-006がいた。彼だけは銃を持っておらず、右手には支給されていたアーミーナイフを持っている。
「制御できていないだけあって全開のようだな。そんなんだとすぐに消耗するぞ」
ミリアムはそう言ってS-006に肉薄。剣を振るったが――S-006はその身を翻して剣を受け流す。そこからミリアムの首をナイフで切り裂こうとした。が、ミリアムは咄嗟の判断でS-006を横に蹴り飛ばし。
――なるほど、ナイフの使い手。これまでの兵士と全然違うな。
ナイフを使ってくる手練れの相手の対処法ならミリアムも知っている。それに合わせて剣で防御すればいい。
のけぞるも再びナイフで斬りかかってくるS-006。狙いはおそらく右腕。利き腕を封じようとする算段か。だが、それは甘い。ミリアムは動きを読んでナイフをはじいた。
「クソっ……なんで通らねえ!」
と、S-006は言った。対するミリアムは返す刃でS-006の左肩をとらえた。剣はS-006の服を突き破り、彼の皮膚にまで届く。痛みに気づいたS-006は表情を歪ませ。今度はミリアムの心臓を狙う。これまで狙っていなかった場所だったが――ミリアムはいともたやすくナイフを叩き落した。そして彼女はS-006の首に剣をつきつけた。
「お前の戦い方は私もやっていたことがある。わかりやすいんだよ」
と、ミリアムは言った。
「あ……」
「投降するか? 戦わされている人間を無理に殺すほど冷血な人間ではないのでね」
ミリアムは言った。
「戦わされている……ハッ、同情か。安い同情はいらねえな」
S-006は言った。その時、ミリアムは付近の気温が急激に下がったことに気づいた。これがS-006の能力らしい。S-006は冷気を操り、ミリアムの足元が凍り付く。
「形勢逆転だ。お前らを殺すことは司令官に言われたことだ――」
氷の刃がミリアムに降り注ぐ。が、ミリアムは銀の剣で氷の刃さえも切り裂いた。さらにミリアムはイデアを展開、S-006の展開したイデアを見ることを諦めて氷の枷からの脱出を優先した。今のミリアムにはS-006のイデアが見えていない。ミリアムにはそういう能力がある。
――ここで決める。クローン兵が哀れだとは感じたが……同情することが彼らの尊厳を傷つける。それは同意。
ミリアムは高めた身体能力を叩きつけるかのように、S-006を両断しようとした。だが――イデアが見えていないことが仇となる。
ミリアムの右胸を氷の柱が貫いた。ミリアムは咳き込み、血を吐いて手を地面に着いた。
「無様だな、女剣士。せめてとどめを――」
ミリアムにとどめを刺そうとしたS-006。だが、彼を襲った吐き気に頭痛。そのときには彼の展開していたイデアも薄れ、氷も消えてゆく。S-006は立っていることもできないほどに疲弊し、その場に倒れた。
ミリアムは体に空けられた穴を補うようにイデアを展開し、ふらつきながらリンジーたちのいる方に戻っていった。
リンジーとファビオは右胸に風穴を空けたミリアムに驚き、駆け寄った。肺を突き破っているような致命傷。イデア使いでなければ立っていることもできないだろう。
「その怪我……事情は後で聞く。まずは治療だ……!」
と、ファビオ。
彼の中には胸部に傷を負った女性への治療にうしろめたさがあった。とはいえ、事態は一刻を争う。ミリアムがイデアを展開できなくなる、あるいはイデアの展開が妨害されることがあれば彼女の命はない。
「何? 迷ってんの? 男性錬金術師も女の患者くらい診てるんだから。あんたもそれと同じだよ」
リンジーがファビオの背後から言った。
「……そうだよね。僕の場合はそこまで触らずにできるんだから」
と、ファビオ。
迷いを捨てて治療を始める。ファビオが展開したのは片翼の天使――そう言うにはあまりにも異質なビジョン。そのビジョンの一部がミリアムに触れると彼女の体は修復されてゆく。錬金術とは全く違う、再現性のない技術。ファビオがランディ・マードックだった頃、この力は神の御業と呼ばれていた。
ファビオの能力は致命傷にも近かったミリアムの傷を完全に修復した。これが奇跡、神の御業たる理由だ。
「終わったよ」
ファビオは言った。
「感謝する。やはり私がさっき戦ったのはイデア使いだったよ。おかげであの傷も負うことになった。クローン兵は、あれだけか?」
ミリアムは起き上がりながら言った。
「おそらく違うかな。僕もクローンに成り代わられたからね。詳しい話はあとだ。戻ろう」
と、ファビオ。
ここでは一行に反対意見の者はいなかった。一行は立ち入り禁止区域を後にしてアニムスに戻る。
一方のS-006。彼はイデアを制御できなかったことで気を失っていた。が、彼も1時間ほどすれば意識を取り戻す。そこで彼が見たのは地獄絵図に他ならない。
仲間の遺体が転がっており、いずれも斬り殺された痕が残っている。この殺し方からミリアムだろう。そんな遺体を見たS-006だったが、考えていたほど敵意は湧き上がらなかった。湧き上がった感情は、ある種のむなしさ。
――どうして俺だけ生き残ってしまった。殺し損ねて同情されて。畜生。
S-006の左肩に痛みが走る。ミリアムに斬られた傷だ。
――殺す。あの銀色の女剣士だけは必ず。




