8 箱庭への入り方
「で、リュカを倒すまでオリヴィアには会えないと」
リンジーはベッドの上にあぐらをかいてミリアムの話を聞いていた。
「そういうことになる。リュカは能力が特殊だと聞くが一応穴はある。いわく、脱出できるからその逆で不正アクセスをすればいい。アナベルはそう言っていた」
と、ミリアム。
「不正アクセス……不正アクセスねー……」
リンジーはミリアムの言葉を反芻する。ミリアムの言葉は時に複雑で難解だ。それほどの教養があるのか、あるいは感性が独特なのか。アナベルの受け売りならば仕方ないとも言えるのかもしれない。
「リュカの隙を狙える能力があるんだろう。僕の予想だけど異界につながるゲートと関係があるのかなとも思う」
そう言ったのはファビオ。
彼の話に出てきた、異界につながるゲート。14年前にレムリア大陸中に現れ、現在でも一部――8つのゲートが残っている。このアニムスの町にも運よく閉じられていないゲートがあるのだが、ゲート付近は立ち入り禁止に指定されている。それだけゲートは危険なものとして認識されているわけだ。
「ゲートか……」
ミリアムは呟いた。
「荊、打ち込んでみようか?」
そう言ったのはリンジーだ。
「あたしの能力、リーチは長いから。入れるぎりぎりのところから打ち込むことは、多分できるはず」
と言って、リンジーはイデア――荊のビジョンを持ったものを展開した。
「これがあたしの能力。目的地に届かせることができるし、探知もできる。試してみたことがあるけど、暁城塞の迷宮からも脱出できた。だから、あたしの能力に関しては信用してくれていいから」
リンジーは言った。
「なるほど、試してみるか。夜が明けてから行こう。いくら治安のいいアニムスとはいえ、かつて錬金術研究のゴミが投棄されていた場所がある。立ち入り禁止区域近くはさすがに危険なはずだ」
と、ミリアム。
リンジーもファビオも彼女の提案には賛成だった。時計の針は1時を過ぎている。街中には旅行客こそいるものの、目的地自体が異なるのだから。
翌日の昼。一行はゲストハウスを出て件の場所――ゲートのある立ち入り禁止区域へと向かった。
ミリアムが地図を持ち、湖から出る川に沿ってアニムスの町の外側へ。立ち入り禁止区域は当然アニムスの町の辺縁にある。立ち入り禁止区域となった原因であるゲートは街中に現れることもあるのだが、その類のものは今や閉じられている。
アニムスの町は思いのほか広い。旅行客向けの場所は安全に配慮されているためかゲートからはそれなりに離れている。そういうこともあって、一行が立ち入り禁止区域に近づけたのは夕方になってからだった。
そこには黄色と赤のロープが張られ、【立ち入り禁止】と書かれたボードが等間隔に備え付けられていた。確かにここだ。
「ついたね」
リンジーは言った。昼間から歩き通しだったリンジーたちだが、それほど疲労の色を見せていない。リンジーはさっそくイデアを展開し。
「じゃ、やってみるよ。ゲートの場所はそれとなくわかる。あたしのいるべき場所はここ、異界には行かない。ゲートから行ける可能性のあるこの世界の空間。それを見たい」
と言って、リンジーは荊を伸ばした。それは森の奥にまで、ロープをすり抜けて伸びてゆく。より遠くへ、より多くの可能性を求めて。
荊はゲートに到達した。金色のガスを放出するゲートに入り込み、その中で分岐する。荊は決して異界には向かわず、この世界にある別のものへと干渉を始める。
――これは違う。これでもない。ここはどうなの?
荊を伝ってリンジーの中に莫大な情報が流れ込む。が、それが違うと判断すればリンジーは即座にその荊を消した。こうすることでどうにか自身の精神状態を保っていた。そして、彼女はついにリュカの空間を見つけ出す。
『どうやって出たらいいのやら……』
『あの子を殺せば出られるのは確かだけど、いつ戻ってくるのかもわからない』
『この空間がイデアだとしても、どうやって解除すればいいんだろうな。ったく、あの銀髪クソ野郎よりたちの悪いことをしやがるぜ』
その空間に荊が届けば、リンジーの脳内に声が響く。
見つけた。ここで間違いはない。リンジーは他の荊をすべて消し、しばらくその空間――リュカの空間の様子を探る。
まず、リュカの空間は閉じ込められれば特殊な方法を使うかリュカ本人が能力を解除しない限り出られない。その空間でリュカを殺そうとしても無駄である。そして、その空間では生殺与奪の権をリュカが握っているということ。
リンジーは荊を消して息を吐く。
「……あたしたちの意思で入ることも出ることも難しいうえにリュカに命を握られる。想像以上に手強いかも」
リンジーは言った。
探りを入れるための不正アクセスは相当な体力と精神力を使ったのだろう。リンジーの息は上がり、目は充血している。
「そうか……アナベルは無事に生還できていたわけだが、それが一番気になるところ。彼女、カナリス・ルートの敵ではあるというのに」
ミリアムは言った。
「……アナベルの力を借りることができれば理想なのだが」
さらにミリアムは続ける。そこにはミリアムのアナベルへの信頼のようなものがあった。本人を心から信頼していなくとも、彼女の力への信頼は少なくともあった。
一行がリュカの能力につけ入る隙を見つけたそのときだった。立ち入り禁止区域辺縁の森に別の人影が現れる――




