2 失意と停滞の中で
レムリア大陸北部、スラニア山脈の西側、アニムスの町。澄んだ湖のほとりに位置し、避暑地としても知られている美しい町。この町は、避暑地としてだけでなく、高名な錬金術師の拠点とする町としても知られている。
その高名な錬金術師こそがユアン・ブルックス。黒に近い緑色の髪にエメラルドグリーンの瞳、身長180センチほどの男がユアンである。
今、彼はとある家で手負いのダンピールを治療した。
ベッドには金髪の少女が横たわっている。彼女はオリヴィア・ストラウス。アニムス近くの森で殺されかけ、アナベルに助けられて命拾いした。
「撃たれた後の対処がよかったね。じゃなければ彼女、死んでいたよ」
オリヴィアの処置を終えたユアンは言った。
「生きているなら良かった。死んでしまったらどうしようかと思ったなあ」
そう言ったのはアナベル。彼女にしては珍しく、共にいる人に絡もうとはしない。オリヴィアが重体ということで、自重したのだろう。
「とはいえ、錬金術は万能じゃない。彼女がすぐに目を覚ますというのは難しいだろうね。なにより、失った血液は戻せない。これから輸血をするわけだけど」
と、ユアン。
彼の言う通り、オリヴィアは失血している。その顔は青白く、今目を覚ましたところで貧血に苦しむことは目に見えている。
「なるほど。オリヴィアを生かしてくれるなら何でもいいよ」
「はは。どこぞの闇医者ほどの腕はないけど、絶対にオリヴィアは死なせないよ。約束しよう」
ユアンは言った。
あれから、オリヴィアに輸血をしてから半日が過ぎた。ようやくオリヴィアは目を覚ます。
まず、彼女が見たのはこれまでに見たことのない病室。次にアナベルの姿。だが、アナベルはいてもパスカルも晃真もいない。
「あ……晃真は……?」
オリヴィアは混乱したような口調で言った。
直後、オリヴィアは撃たれる前にロムの放った言葉を思い出す。
『そうそう、あなたの仲間はもうここには来ない。話によれば、皆あなたがいて迷惑だったみたいね? あなたが出来損ないのくせに人を殺すことばかり考えていたから。愛想をつかされたみたいよ』
愛想をつかされた。
オリヴィアは思い当たる理由が多すぎた。それ以上に、教会を後にしたときのこと。晃真が止めるのも聞かずに飛び出したのだ。愛想をつかされても仕方がない。
ロムを信じたばかりに。
「あ……あああ……ごめんなさい……わたしが……パスカルじゃなくて……ロム姉を信じたから……」
オリヴィアの目から溢れる涙。その涙は後悔ゆえのもの。ごめんなさいと言ってはいるものの、あまりにも利己的だった。オリヴィアの本質はその程度のもの。結局彼女はロムの言っていたことと自分のことしか考えていないのだろう。
「でも……わたしはこれから何を信じて生きていけばいいの……? わからないよ……」
オリヴィアは言った。
「気が動転しているのかな? うんうん、一度死にかけているからね。無理もない」
と、アナベル。
彼女だけはオリヴィアを否定しようとしないし離れようともしない。
「で、オリヴィアはカナリス・ルートの動きを知りたいとは思うかな?」
アナベルはそう続ける。
「知りたい。ロム姉が、カナリス・ルートの一員だったから。でも、今は戦ったところで……」
オリヴィアは消え入るような声で答えた。
モーゼスも、麗華も、ハリソンも、確かにオリヴィアがその手で殺した。が、それとこれとは話が違う。オリヴィアはカナリス・ルートに敵として認定されたうえ、ロムからは格の違いを見せつけられた。これから単独で戦える自信などなかった。
「戦うなら私も一緒にやってあげるよ。私も彼らの断末魔を聴きたいとおもっているからね。それでだよ。彼らの動き。最近は鮮血の夜明団に接触しているみたいだね。それから、パメラ・ド・ブロイという女の動き……目が離せないと思っていたんだよねえ。彼女の率いている私兵たちも含めて……」
と、アナベル。
「うそ……鮮血の夜明団が……?」
オリヴィアは聞き返す。
「ま、あの組織も裏稼業の組織。善意での活動があるとはいえ、つけ入る隙はあったんだろうねえ」
アナベルはそう言って窓の外を見る。
アニムスの町に、カナリス・ルートやその手の者の影はない。至って平和である。アニムスの町が平和であるのなら、オリヴィアが立ち直るまでこの町にいるのもいいのかもしれない。
「残りのカナリス・ルートを斃しに行こう」
失意の中、5人の中で最初にそう提案したのはエミーリアだった。
パスカルのように人を思いやる心がありながらも、現実主義者である彼女。エミーリアが出した答えはカナリス・ルートの一員を斃しに行くことだった。
「オリヴィアはどうするの?」
と、聞き返すパスカル。
「オリヴィアを探すことを妨害されている以上、合流はできない。なら妨害しているやつを倒すことが先だ」
「で、エミーリアがその答えを出したってわけ」
エミーリアとキルスティは答えた。
「大丈夫、オリヴィアは必ず見つけ出してやるから。オリヴィアの情報を握っていそうなロムかパメラ・ド・ブロイを狙うつもりなんだが」
と、エミーリア。
「やるならパメラの方を狙って。ロムは危険すぎる」
パスカルは言った。
彼女はロムについて何か知っている、あるいはロムと因縁があるようだった。だが、パスカルはこれ以上何も語らなかった。




