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21 対面の時

 オリヴィアの中で記憶が混濁する。

 優しくされた記憶と、突き放されたような記憶。その両方が、同じ時系列のものとしてオリヴィアの中に存在している。


「どっちが正しいの……教えてよ、ロム姉。ロム姉に限ってそんなことするはず、ないよね? ロム姉は、敵対する相手なら殺せって教えてくれたからね。わたし、ちゃんと守っているから。この旅でも皆殺したよ」


 言い聞かせるようにそう言っても、存在しないはずの記憶が脳裏にちらつく。

 オリヴィアに出来損ないだと言い、場合によっては手も上げる。かと思えばオリヴィアに生き方を教えて、よくできたときには褒めてくれる。尊敬すべき人と言える姿のロム。

 正しいのは、真実はどちらか――




 行かなくては。焦りに突き動かされて、オリヴィアは件の家――黄色の壁の家の前まで来ていた。ドアをノックする。

 出てきたのは黒髪の男――オリヴィアが苦手としている人物、クラウディオだった。マルクト区で彼を相手取ったわけだが、その彼が今ここで生身の姿でオリヴィアを出迎えている。どうやらマルクト区でオリヴィアが見たクラウディオは偽者だったようだ。


 ――パスカルが予想していた通りってことね。わたしたち、誰かにはめられてこの町に来るのが遅くなったくらいだし。


「やっと来る気になったか、オリヴィア。遅すぎたぜ」


 クラウディオは相変わらず、馬鹿にしたような表情を向けていた。これだけはオリヴィアも覚えている。シェルターで暮らしていたときから、それ以前から、クラウディオはこうしてオリヴィアを馬鹿にしたような態度をとる。そうでなくても表情や言葉に出ている。


「ロム姉はどこ」


 オリヴィアは尋ねた。


「あー、ロムなら奥の部屋で何かしている。ま、お前のことだからロムに用事があって来たんだろうよ。連れて行ってやる」


 面倒臭そうな様子でクラウディオは言う。この様子もオリヴィアが以前、本物の彼に会ったときと変わらない。

 クラウディオはオリヴィアを家に上げ、ロムのいる部屋まで案内した。

 この黄色の壁の家には生活感がない。置かれたものは必要最低限、掃除も行き届いているうえに置いてあるものが使い込まれた感じでもない。ロムの家というよりは一時的な拠点といった雰囲気の場所だ。


「ここだ」


 と言って、クラウディオはドアをノックする。


「おい、ロム。お前に客人だぞ。つーか、散々探していたオリヴィアだ」


「オリヴィア……まあいいわ、開けなさい」


 部屋の中からロムは言う。その時のロムの口調はやけに冷たいものでもあったが――

 オリヴィアは開けられたドアから部屋に入る。その部屋はロムの自室というよりはロムの仕事場といったような場所だった。最低限ベッドが置かれ。机の上にはロムの仕事道具が置かれている。そして、今の今までロムはここで仕事をしていた。


「久しぶりね、オリヴィア。ずいぶん幸せそうな顔しているじゃない」


 ロムはオリヴィアの顔を見るなり言った。彼女の言葉は本心か皮肉か、あるいは。その言葉から彼女の真意を読み取ることなどできない。ロムという女は本心を隠すことが上手いのだ。

 ロムの方はオリヴィアが最後に会った時と変わらない。鋭い目つき、亜麻色の髪、黒縁の眼鏡に仕事に疲れた表情の少ない顔。それはいつも通りだった。


「ロム姉……久しぶり。急にいなくなるからどこに行ったのかと思って。会えてよかった」


 オリヴィアは言った。


「そうね。私もオリヴィアが急にいなくなるものだから相当焦ったの。シェルターを空けた私にも否はあったけど」


「色々あったから……最初はわたしの意思じゃなかったし」


「ふうん……とにかく会えてよかった。明日から、さっそくオリヴィアにやってもらいたいことがあるからアニムスの町に行くわ。急に消えたものだからほったらかしになっていたの」


 ロムは言った。急に消えたことについて彼女は特に怒っている様子がない。怒るというよりは、もっと別のことを考えているよう。その別のことが何なのか、オリヴィアは知る由もないのだが。

 そんなロムの態度がより一層オリヴィアの中での疑念を深めた。

 あの記憶は何だ? 記憶の中にロムのこのような態度はあったか?

 参照したところでわからない。もはやオリヴィアはこれまで覚えていた記憶と、生々しい夢と、どちらが本当の過去なのかもわからなかった。


「殺したい人がいるんだね」


 と、オリヴィアは言った。これが彼女に言える精一杯の一言。ロムを疑っているなど、口が裂けても言えなかった。体が、脳が、ロムを疑っていると言うことを拒否していた。

 ロムは彼女の言葉を否定しようとはせず、ただ一言。


「そうね」


 それだけを言った。

 ロムはオリヴィアに関心がないかのように目の前にあるモニターに向かう。オリヴィアはこれ以上ロムと話すことはせず、部屋を出る。


「いいのか? これ以上話さなくて」


 部屋の外で待っていたクラウディオは尋ねる。


「うん。明日、アニムスに向かうからその道中で色々と話そうと思う」



ロムの真意は。

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