13 悪魔の美学
神の敵対者は悪魔。セフィリア教では基本的にそう言われている。
エミーリアによって吹っ飛ばされ、壁にぶつかるところで体を止めたロッティ。そんな彼女にエミーリアは追撃をしようとはしない。が、ロッティは固定を解除すると壁を蹴り、その勢いを利用してエミーリアに迫る。
「もうすぐ動けるようになるだろうけど、そのまえにお前は死ぬよ」
その言葉の直後、ロッティはメイスを振り抜いた。エミーリアはそのメイスを右手で防ぎ、ロッティのさらなる追撃をバックステップでかわす。この時にはもうエミーリアは動けるようになっていた。
「どうだかね? あんたの動きもそろそろわかってきた。死ぬのはあんたの方じゃないかね?」
エミーリアは言った。
やはり、ロッティは攻撃にもかわし方にも表情にも焦りが滲み出ていた。無理もない。彼女はこれまで負けたことがなかった。その能力に絶対の自信を持っていた。それが今打ち砕かれたのだ。
エミーリアの大地を砕くような一撃。それは床にもクレーターを作り出す。ロッティはどうにかかわしたが、戦況はエミーリアに有利なように運んでいる。
「神のために死ぬのは良いこと。私たちは殉教と呼んでいる……」
エミーリアの左側――禍々しい外骨格を纏っていない方へ回り込むロッティ。
「でも、まだ死ねない! 異端1人殺せずに、何が殉教だ!」
エミーリアの死角から放つ渾身の一撃。そこには濃密なイデアが込められていた。だが、エミーリアも無策ではない。ロッティの攻撃を読んでいたかのようにかわし、隙ができた彼女に右の拳を叩き込む。それも全力で。
「あ゛っ……」
ロッティは声を漏らし、口から血を流して地面に叩きつけられた。エミーリアがロッティに目をやったときにはもう彼女は息をしていない。
「……Rest in Peace だっけか? こんな私に立ち向かってきたあんたの信念を賛美しよう」
エミーリアは言った。ロッティは何も言わない。彼女は信仰に散ったのだ。
「姉さん……」
ランディは呟いた。彼の感じていたイデア使い特有の気配――それも姉ロッティの発するものが消えた。消える瞬間、ロッティの側には彼女より大きく、禍々しい気配があった。
「殺されたのか……姉さんは。相手は相当強い相手というわけか……」
と、ランディ。その声をきく者はこの部屋にはいない。ロッティは殺されたし、ハリソンは別室に向かった。この部屋はランディに任されたに等しい。
「神様……どうか我らにこの試練を乗り越える力をお貸しください……兄弟姉妹がここに……この僕の元にたどり着けますよう、お導きください……」
ランディには祈ることしかできない。ロッティやハリソンのように戦う力があるわけではなく、ランディは生存者を治療、回復することしかできない。が、その生存者も未だここには来ない。それがランディをより絶望させた。
しばらくするとランディのいる建物のドアが開いた。生存者か、と表情が明るくなるランディだったがそれはすぐに絶望へと変わる。
「なんだよ、その顔は。戦いもしねーでここにいるってのは、お前がボスだからか? ボスはボスらしくどーんと――」
「違う」
やって来た者――キルスティの言葉を否定する。そのときのランディの顔には焦りがあった。
「僕はここのトップじゃない。戦えないからここにいるだけだ……僕の役目は……人を殺すことではなく人を生かすことだ……」
ランディは言った。
「奇遇だな。私もだよ。さっき生存者を治療してみようと思えば、神の元に逝けるのに止めるなって治療を拒否しやがってよお。お前の言う生存者も実は治療を受けたくないんじゃないか?」
「それは……」
キルスティの一言はランディを確実に追い詰めた。
「兄弟たちがそんなことを言うはずがない……神は僕たちの希望なのに……」
「希望……ねえ。ここの信者は自分で道を切り開けんのか? そうもせずに神にすがって神を希望と呼ぶのはまあ無責任だ。私は少なくともそう思う。ちなみに信者だが、私が有無を言わさず治療すれば自決した。異端の手は借りたくないんだそうだ。お前も、異端扱いされているかもしれないぜ」
と、キルスティは挑発するかのように言う。するとランディは。
「僕の力は神から賜ったものだ! これは神の御業だ! ありえない、この僕が異端だ!?」
ランディはそう言いながら床の隠し収納を開け、アサルトライフルを取り出して引き金を引く。その間、10秒もかからなかった。キルスティは、ランディが引き金を引く瞬間に消えた。いや、その射線から外れ、さらにランディの背後を取った。
「聖職者にしちゃあ態度が悪いな。そういう態度をカミサマは見てるんじゃないか?」
キルスティは言った。
「それでも、だ。僕は異端じゃない……あまり調子に乗るとお前の体に風穴を空けてやる」
「おーおー、それはこの鋏を見て言っているのかなあ? これはお前を一撃で殺す代物。あまり私を刺激しない方が身のためだ」
と、キルスティ。
彼女の手にはいつの間にか鋏があった。その刃は鋭く、誰のものかもわからない血がついている。
「念のためだ。私のポリシーは博愛。お前が私に銃口を向けないと言うのなら見逃してやるからどこかしらに消えな。もしそうでないのなら、私が切って殺す」
キルスティはランディの背後からそう言った。




