11 戦士さん
殺す、斃すのではなく、閉じ込めることで無力化する。オリヴィアが選んだのはその方法だった。
「捕まえた。わたしもパスカルに倣ってみようかな……これ以上の抵抗をやめて、この教会との縁を切るのなら見逃してあげる」
オリヴィアは影のドームの中にいるロッティに向けて話しかけた。このときの声は淡々としていたが、そこに敵意はほとんどなかった。
「……できない。先生を裏切ることも、ランディを裏切ることも、神を裏切ることも。裏切りは罪だ。たとえお前が私を救ったと考えても、私は裏切りを抱えて生きることになる」
ロッティは言った。
「この教会。大元のセフィリア教会からは破門されているって聞いたの。破門されたのに信者を募って、いるかもわからない神に祈らせる。滑稽だとは思わない?」
「愚弄してくれるね。ここから出たら、必ずお前を殺す」
オリヴィアが挑発すれば、ロッティもその挑発に乗る。ロッティという女は存外単純で一途な人間のようだ。
「先に行って、晃真。必ず追いつくから。多分ここはわたしにしか対処できないと思う」
オリヴィアは晃真に言った。
「ああ。信じるぞ、オリヴィア」
晃真はそう言って教会のさらに奥まで向かった。
そして。
「ねえ、戦士さん。信者たちが戦って、ここの聖職者さんが危険にさらされて、そのときにあなたはこの中に閉じ込められている。どんな気分?」
オリヴィアは尋ねた。あえてロッティの神経を逆撫でし、彼女を逆上させる。それでイデアに乱れが生じれば状況はオリヴィアの有利に傾く。オリヴィアはそう考えていた。
だが今度は、ロッティは挑発には乗らず。
「知ったことか」
彼女は感情を抑えたような声でそう言った。
「外が地獄のようになっていることはもう確認済みだ。私があの場で兄弟姉妹を守れなかったことは歯痒いことだがもう過ぎたことだ。悔やんでいては私が私の役割を果たすこともできん」
「でも、ここにいては働きもへったくれもないよね」
オリヴィアは言った。
「ああ。だが守る者は私1人だけではない」
「同じだよ、戦士さん。ここに来たのはわたしと晃真だけじゃない。そろそろ来るんじゃないかな……?」
エレナの殺し方で、信者たちの士気は大幅に低下した。そこに追い打ちをかけるようにしてキルスティとエミーリアが加勢して屍が増えてゆく。
「よし……エミーリアは苦戦してそうな人の援護な」
エレナは言った。
「任せな。この状態なら私も十分にやれる」
エミーリアはそう答え、教会の南側――正面へと向かう。
――これだけの血と肉を吸えばうまく使えるか。十分だ。多少パワーには欠けるがイデアを貫通するくらいはできる。
教会の正面までの道のりで、エミーリアはその顔に笑みを浮かべていた。その表情は狂信者に遭遇しても変わらない。
小ぎれいなスーツ姿の男が走ってきた。まだ彼は戦っていないようだ。
「みつけたぞ、異端め! ここで悔い改めて死ね!」
男はエミーリアの姿が目に入るなりそう言った。
「言ってくれるじゃないか。お前たちも大層な異端だと聞くが、まあいいか。吸血鬼殺しのセフィリア教の事情なんて、正直興味もないからねえ」
エミーリアがそう言う間に、男はイデア――いくつかの白い球体を展開するとメイスを持ってエミーリアに襲い掛かる。その様子を前にしてもエミーリアは余裕を崩さない。それが強者たるエミーリアの余裕。
男がメイスを振りぬいた。エミーリアはメイスの先端を片手で受け止めてにやりと笑う。
「軽いね。私に一撃入れたかったらもっと鍛えてから出直しな」
エミーリアは言った。
「化け物……俺はこれでもこの教会では――」
エミーリアはメイスごと投げ飛ばし、男は教会の壁にぶつかった。壁には男より大きなクレーターができており、それがエミーリアのパワーを物語る。
だが、男は立ち上がる。
「俺はこの教会では強い……1人くらい斃せないでどうする……!」
その男――ロブの展開したイデアすべてがエミーリアに吸い寄せられるかのように動き、爆発。エミーリアは爆発に巻き込まれることとなった。ロブは手ごたえを感じていたが。
「ぬるい。小手先の能力で私を斃そうなんて甘いんじゃないかね?」
爆発の中から現れるエミーリア。先ほどと違うのは、彼女の右腕が黒く禍々しい鎧のようなもので覆われていることだった。そして、エミーリアは無傷。よくある手榴弾以上の爆発をくらったというのに傷ひとつない。
これがロブの心を折った。
「あ……ああああ……神様……」
ロブが最後に口にした言葉がそれだった。
エミーリアは無慈悲にも彼に詰め寄り。左の拳を叩き込んだ。
即死だった。頭蓋骨はひしゃげ、もはや顔の原型もとどめない。
「やれやれ、右手は使わないつもりだったんだがね。左手でこれか」
エミーリアはそう言って目的の場所へ向かう。目的の場所は、今オリヴィアが戦っている場所――
場所は教会の正面玄関に移る。相変わらずオリヴィアが佇んでおり、彼女の前には影のドームがある。その中にいるのは、ロッティ。
「何か言ってよ、戦士さん。名前を言ってくれるだけでもいいから」
オリヴィアは言った。
「お前に名乗る名があるとでも?」
と、ロッティは返す。進展がない。このまま粘るか、それとも。そんなときに現れた者が1人。
「……オリヴィア。これはどういう状況だい?」




