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5 惨劇の序章

 まずい。

 ヒルダは過去最高に焦っていた。クロル家で失敗して折檻される時の比ではない。ハリソンはヒルダの命を奪いかねない。


 ――どうしよう? もしあの人がここまで追いかけてきたら?


 ヒルダはキョロキョロと辺りを見回した。幸いハリソンはここまで来ていない。ヒルダは安心してほっと一息ついた。が、再び食料品店に入る気にはなれなかった。あの中にはまだハリソンがいる。




 ヒルダがいない。パスカルがアナベルに気をとられて目を離した隙に彼女は消えた。


「やってしまった……強い気配は私も感じていたのに……」


「仕方ありません。因縁ある相手であれば気を取られるものです」


 背後からの声。パスカルは声の方へ振り向いた。


「ここではまだ争う気はありませんよ。私はあくまでも必要なものを購入しに来たに過ぎません」


 ハリソンだった。

 温和そうな牧師は言った。表面上の敵意や殺意はなかったが、パスカルも牧師の本性には気づいていた。だからこそここで手を出そうとはしない。


「私も同じ。とはいえ、なぜ私に話しかけてきたか気になるけれど」


 と、パスカル。


「面倒な人に絡まれていたなと考えただけですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」


 ハリソンは答えた。


「そうね……アナベルは私にとって面倒な相手ではあるかな……」


「そうでしょう。私も牧師です。困っているのなら相談に乗りますよ」


 ハリソンはそう提案した。

 裏がある。パスカルはすぐに勘づいた。が、ここで提案を突っぱねると色々と気付かれるところがあるだろう。


「……なら、こんな悩みの相談にも乗ってくれる? 生まれたときからの環境も悪い、これまで周りの人にも恵まれなかった。それで自分は死んだ方がいいと考えて、本心から何かを楽しめない人を、どうやって救えばいいのか、私にはわからなくて」


 と、パスカルは暫しの沈黙の後言った。

 するとハリソンは少しばかり首をかしげ。


「ええ、いますよ。うちの教会にも。彼女は今楽しそうに教会で働いています。彼女の姿を見ればどうすればよいか解りますよ」


 そう答えた。

 ハリソンは微笑んでいたが、やはりその奥には狂気がある。きっと裏で何かをしている。が、その詳細はパスカルにもわからなかった。


「へえ……さすが牧師先生。人に手を差し伸べる姿には感心する。とはいえ、私は今人を待たせているのよね。詳しい話はまた今度でいい?」


「ええ、いいでしょう。あまり宗教的な押し付けがあるとカルトと同じになりますからね」


 ハリソンは言った。

 思いの外簡単に牧師は手を引いた。パスカルはこのとき、彼の行動がどうにも引っ掛かった。


 ――この人、何を考えているの?


 パスカルは周囲を警戒しながら会計を済ませ、店を出た。イデア使いは目視しなくても相手の気配から状況を知ることができる。

 ハリソンはパスカル、ひいてはヒルダに手を出すことも他の誰かをけしかけることもしなかった。


 店の外にはヒルダがいた。


「パスカル! ごめんね、急にいなくなって!」


 と、ヒルダは言う。


「……無事ならよかった。何か変な気配はない? 私にはわからなくてヒルダにはわかる気配、あるだろうから」


「店の中だけだよ。外には特に変な人もいないし、あのおじさんだけだったよ」


 ヒルダは答えた。

 彼女の言うおじさんとは、ハリソンのこと。パスカルもすぐにその顔、その背格好は浮かんだ。


「あの人ね。私から見ても変な気はした。逃げたのは良い判断だよ」


 と、パスカル。


「うん……でも私たちに何かしたいなら外まで何かを仕込んでおくんじゃないかな、普通。それか外にも他の人がいるか……」


 ハリソンの行動が読めない、行動の意図がわからない。それはパスカルとヒルダの引っ掛かるところであった。


「とにかく警戒しながら戻ろう。オリヴィアに晃真、エミーリアもいる。それにエレナだって私たちに力を貸してくれるじゃない」


 パスカルは言った。


「うん。私、もし変な気配に気付いたら言うね」


「お願い。ヒルダじゃないと探れない敵もいるはずだから」


 2人は食料品店を後にした。

 そして。


「……上手くいったか。全く、アナベルも変なことを考えるものだ」


 店の裏側。倉庫の外で呟いたのは銀髪の女。とは言っても、一見中性的な青年のような姿をした人物だ。彼女はミリアム。シンラクロスの地で一族を裏切った剣士。


挿絵(By みてみん)


 ――現時点でオリヴィアはヒルダの味方。アナベルはオリヴィアに肩入れしているし、何より私が頼れる人間などもはやアナベルしかいない。


 ミリアムはフウ、と息を吐いて倉庫の中を見た。心なしか彼女は気分が高揚しているようだ。

 そこにあるのは首を斬られ、背骨があからさまに露出した死体がいくつか。彼らはすべて、少し前にミリアムの手で殺された。全員がある人の関係者だったという。


 踵を返し、ミリアムはその場を去った。向かうのはアナベルの手配した宿。


「……感謝しているぞ、アナベル。私を見捨てないでくれて……うん……?」


 彼女が宿に向かっているとき、目にしたのはある人の面影ある人。

 その人は、ミリアムよりも背丈こそ低いが大きく強そうな女。髪はオレンジ色でその顔はミリアムにある過去を思い起こさせる。それは13歳の頃。ミリアムには友人がいた。彼女もまたオレンジ色の髪が特徴的で強そうな少女だった。成長した彼女もミリアムの見た女のようになるだろう。ミリアムはそう考えた。


「……考えすぎか。クロル家はどんな手を使ってでも人を排除できていた。あの子も恐らく」



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