4 ある牧師との接触
エピック入りの翌日、パスカルとヒルダは買い出しのために外出していた。エレナの借家には菓子やその材料、紅茶はあっても肝心の食材がなかったのだ。
「本当に謎なのよね、エレナの好みって。杏奈はちゃんとした食事してるみたいだからいいんだけど……」
と、パスカルは言った。
「でもお菓子も美味しいよ。昨日、エレナさんの作ったお菓子食べたけどとても美味しかったよ!」
ヒルダは言った。彼女は屈託のない笑顔で笑う。
これがヒルダの本心かどうか、パスカルは理解しかねた。シンラクロスのときだって、ヒルダはこのような顔でだまそうとした。パスカルは見抜けたとはいえ、オリヴィアは本気でヒルダを殺そうとしたほどだ。
「そっか。それならよかったけど、ちゃんとした物も食べないと。ヒルダは育ちざかりなんだから」
パスカルは言った。
「わかってるよう。エミーリアの料理は美味しいし好き嫌いしてないからね!」
「それならよし。あそこが食料品店ね。久しぶりに行くって感じ」
と、パスカル。
2人は談笑しながら食料品店に入っていった。
そんな彼女たちの様子を遠目から見ている男が1人。茶色のスーツを着て帽子をかぶった温和そうな男は彼女たちを見逃さなかった。
「……ふむ、6人ではありませんが彼女たちは間違いないでしょう。特に黒髪。あの子はクロル家の出涸らし。まさか本当に生きていたとは。保護してきた相手に銃口を向けて、よく無事でいられたものです……」
その男はハリソンだった。彼もまた食料品店に用事があるようで、パスカルたちの後に続いて入店した。
食料品店は何人ものこの町の住人たちでにぎわっていた。その住人の中にはイデア使い特有の気配を放つ者もいた。だからパスカルは言う。
「警戒してね。私たちはかなり敵を作っただろうから、こういうところから攻撃されてもおかしくない。私の近くにいれば守ってあげられるけど、離れてしまえばヒルダは自分で身を守らないといけない。だから、警戒して」
「わかったよ。でも、私も少しは戦えるよ。杏奈さんに戦い方を少し教えてもらったから!」
と、ヒルダは言った。
「少し戦い方が分かったときが一番危ないの。それに、子供を戦わせるのは心が痛む」
パスカルはそう答えた。
「もう、子供扱いしないでよ! わかったけど」
「はいはい――」
パスカルはこのとき、同じ建物に入って来た何者かの気配に気づいた。それは穏やかなようでピリピリとしたもの。隠しきれない強者の気配だった。そして、その者の意識はパスカルやヒルダの方へと向いている。
「……ヒルダ。気づいた?」
と、パスカル。
「うん。いるよね。誰とは言わないけど、私たちを探しているような……」
ヒルダも言った。
彼女は戦闘に関してはまだ未熟なところも多かったが、イデア使いの気配には敏感だった。
「それから、私の知っている気配もある。あれは何……? 知っているけど、わからない」
「敵意の有無はわからない。ここまで動き回れる敵がいるのかは謎だけど、どこかで感じた気配なのは確かね――」
「酷いよ、私の気配を覚えていてくれないなんて」
パスカルの目の前に現れるアナベル。彼女の出現はいつもいきなりだ。
「あなたなのね、ド変態。気を散らさないでくれる?」
パスカルは言った。
「フフ……悪くないかも。そうやって私を突っぱねる言葉も君がパスカルだって証拠だからね……とはいえ、昔みたいに仲良くはしてくれないの?」
「誰がそんなことを。ここで野蛮なことはしたくないけれど、いざとなればあなたを殺すことも考えている」
と、パスカル。
「いいね……! ただ私を遠ざけるんじゃなくて、殺意も向けてくれるようになったんだ! まだその時ではないだろうけど、私も楽しみで仕方ないなあ! ほら、私もパスカルも万全のコンディションがいいからね! そのときの断末魔じゃないと、滾らないよ❤」
パスカルの殺意に対し、アナベルはそうやって応じた。
手を貸すことはあれど、アナベルの本質はどこまでも狂っている。パスカルはアナベルを前にしてそれだけは痛感した。
「ああっ……! 付き合いきれない! とにかく、まだ手を出さないで。あんたの言うその時には相手してあげるから」
パスカルは言った。
「楽しみにしてるよ。私とパスカルの仲だからね」
と言ってアナベルはこの場から消えた。
そして。パスカルはこの直後にあることに気づく。ヒルダがいない。
「ヒルダ! いたら返事をして! 私がアナベルと話している間に……」
パスカルの声に応える声はなかった。ヒルダはどこへ行ったのか――
ヒルダは目の前の男から隠しきれぬピリピリとした気配を感じていた。この男は強い。ヒルダがこれまでに対峙してきた誰よりも。
「おや、はぐれたのですか?」
その男、ハリソンは言った。
「……!」
最適な答えが見つからない。それに加えてヒルダはハリソンに圧倒されている。こんな敵を前にして、戦って勝てるはずがない。
「警戒することもありません。私はしがない牧師です。あなたのお母さんを探すお手伝いでもしましょうか」
穏やかな口調であったが、その奥底には得体の知れない何かがある。
ヒルダの皮膚からどっと冷や汗が噴き出した。
「大丈夫……です……外で待ち合わせしているから……」
ヒルダは必死に言葉を絞り出し、踵を返して食料品店の外に向かって走り出した。ここで話に乗ってはいけない。本能的にわかっていた。
「……やはり警戒心は強いですね。このなりでも気づかれましたか」
ハリソンは呟いた。




