3 戦いに向けて
借家のダイニングルームに紅茶とお菓子を出し、金髪の女2人が会話をしている。その様子はかれこれ3時間は続いている。
「……でよお、最近は和ロリィタってモンもあるらしいだろう? 調べてみたらなかなか可愛らしくてなー」
エレナはそう言いながら紅茶をティーカップに注いだ。
「和服とロリィタの組み合わせ……春月のファッション誌に載ってたよ。ちょっと見てみたけどやっぱり可愛いよね。わたしもいつか着てみたいなあ」
オリヴィアはエレナの話を飽きもせず聞き、時々興味を示す。オリヴィアでなければエレナの話にはついていけなかっただろう。事実、晃真やキルスティは「すまない」「ごめんよ」などと言って早々に席を外したし、パスカルとヒルダとエミーリアは嫌な予感がしたのかそもそも話にすら加わらなかった。
「お、着てみる? 注文してやろうか、お前のために。こういう話をできる相手がなかなかいなくてよお」
「いいの? それならエレナさんも着てみようよ。わたしに似合うならエレナさんにも似合うと思うから」
と、オリヴィア。
「それがよー、私に合うサイズってなかなかねえんだよ。この身長だと戦う上で不利にならねえのはいいが、服のサイズが限られてくる。今私が着ているやつだってこの町のブランドで一番大きいやつだ。お前は別にそうでもないからよ、可愛い服装を楽しんでほしいと思うんだよ」
エレナはそう言って紅茶を口に含む。悩みとは無縁そうな彼女にも悩みはあった。
「エレナさん……あんまり気にすることないよ。わたし、背が高いエレナさんも綺麗だと思うから」
「へ……綺麗ねえ……それは杏奈の方が似合うだろうよ。私は永遠に強可愛くありたいと思ってるからよ。だからこういう恰好をしている」
と、エレナ。
オリヴィアの目には今のエレナがとても美しく、かっこよく映った。
「あー……あんまりかっこよく決まりすぎるのもなあ。そうやって決めるのは杏奈の方だっての」
「エレナさん。あなた、杏奈って名前をよく言うけど、その人って……」
「春月の守護し……支部長の神守杏奈。私の親友で相棒」
エレナが答えるとオリヴィアは絶句した。
神守杏奈はオリヴィアの憎む相手。彼女はオリヴィアを恩人から引き離そうとした。彼女自身のエゴのために。
「どうした?」
「……エレナさんは、神守杏奈と関わってなんともないの? あの人は……」
これ以上、オリヴィアは言えなかった。これ以上言えばエレナの親友を貶めることになる。オリヴィアはそう感じてしまった。
「なんともない……な。あいつはな、不器用だけど私を救ってくれたんだよ。毎日暇つぶしとストレス発散に、いけすかねえ吸血鬼どもをぶっ殺してた私にそれよりましな生き方を教えてくれた。悪いやつじゃねえよ」
エレナは答えた。
「そっか……ここでターゲットを斃したら、色々と確かめてみようかな」
と、オリヴィア。
「お前がやりたいならやるといい。っと、もうこの時間か。話に夢中になるといけねえな。すぐに時間が過ぎてしまう」
エレナは言った。
「そうだね。わたしたちの話が長かったから皆どこかに行ったみたいだし」
2人は立ち上がり、机の上に置かれた食器などを片付け始めた。
教会。監視の目がない今、赤毛の青年が教会に立ち入った。
何冊もの本と机と椅子の置かれた部屋に、青年が目的とする人物はいた。
「来たぞ、ハリソン。予定通り心臓の薬は持ってきた。調子はどうだ?」
赤毛の青年――アポロ・デュカキスは言った。
「ああ……やはり良い方向に向かっていないことは確かだよ。能力を使うことを控えても、状態は悪くなっていくばかりだ。とはいえ、能力を酷使していたあの頃に比べれば調子は悪くないだろう」
ハリソン――亜麻色の髪の牧師は言った。
彼が以前と比べてやつれていることはアポロも気づいていた。そして、ハリソンは恐らくもう長くない。
「そうか……イデア能力を使える人間は概して短命だと聞いていた。が、まさかハリソンまでとは……できることならあなたを長生きさせられる医者を探したいものだ」
と、アポロ。
「気持ちは有難いが……私はこの体で生を全うするつもりだよ。人がどれだけ生きるかは吸血鬼と違って神が決めるものだ。だから、私は神の決めたそのときまで生き続けるよ」
「ハリソン……」
アポロにはハリソンが死地へと赴く兵士のように、彼とこうして顔を合わせるのが最後であるように感じた。それが嘘であってほしい、アポロはそう願っていた。
「大丈夫だよ、アポロ。私が死んでもカナリス・ルートは続く。会長が死んでも同じだ」
「ああ……また会おう、ハリソン」
アポロは悲しげに笑うハリソンに別れを告げて教会を後にする。
そして――何事もなかった、何にも介入していないとばかりにバイクを走らせて別の町へと行こうとしたそのときだった。
「糸……!」
バイクのハンドルを切り、糸を回避する。が、その先にも糸。アポロはイデアを展開し、バイクを乗り捨てて糸を掴んだ。
「見事だよ……❤ 殺れるかと思って糸を張ってみたけど……さすがだ」
「やはりお前だったか、アナベル」
アポロは言った。
「いやあ、気づかれたか。昴を殺し損ねてターゲットを君に変えてはみたけど……」
その声とともにアナベルはアポロの背後に現れる。
「消えろ、クソ女。だいたいピアノ線での斬首なんて暗殺手段として一番考えていることだ」
と、アポロ。
「つれない事言わないでよ。これから私のすることに文句を言わないなら見逃してあげるから」
「いいだろう。ろくでもないことだろうが、話だけでも聞いてやろう」
アポロがそう言うとアナベルはアポロに耳打ちする。彼女の言葉を聞き、アポロは目を見開いた。
「ね? 悪くないだろう?」
と、アナベル。
「お前は信用できない。このことは保留だ。いいな?」
アポロは言った。




