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19 自殺剣法

 常人には追い付けない速さで、昴は森を駆け抜けた。

 昴が拠点としていた神社――鳥亡神社は広い森を背にして建てられている。その森の奥まではそれなりに距離があるのだが。常人離れした身体能力を持った昴なら時間をかけずとも森の奥にたどり着く。


「……はぁ。ここまで来たが、あの女はともかく晃真はここまで来れるか?」


 足を止めて昴は言った。追手の気配はない。晃真の気配も陽葵の気配も、オリヴィアの禍々しい気配もすべて。どうやらかなり遠くに来たらしい。


「来れないのならまだその時ではない。が……いい目だったぜ……確実にあいつが俺を殺すときは近づいている……」


 昴は着物の袖を掴み、声を漏らした。


「待っているぜ……晃真……! お前が俺に単独で向き合うときが俺の最期のときだ……そして俺はまともに生きられなかった無念を抱いて……」


 昴がそう言いかけたときだ。不快なほどに眩しすぎる気配が迫ってきたのは。

 陽葵だ。彼女は昴にも匹敵する速度であの家から昴を追ってきたらしい。


 そして――彼女は抜刀し、昴に斬りかかる。


「逃げるとは卑怯だね。私とは斬り合ってくれないの?」


 一閃は防がれた。が、陽葵は咄嗟に距離をとり、昴の視界に留まったままそう言った。


「お前は割に合わねえ相手だよ。戦えば俺はズタボロになり、最悪死ぬ。そのくせ晃真と殺り逢うこともできないなんて、俺の人生を棒に振ることと同じだ」


 と、昴。そんな彼の周りには血の海ができていた。あの家と血の海の間には何の関係もない。昴が血の海を作り出しているらしい。


「ふうん……私だってあんたと戦うのは割に合わないと思ってる。あんたの能力、もう目星はついているからね」


 陽葵も言った。

 が、彼女はその言葉とは裏腹にとある剣術の構えを見せた。


「自殺剣法……お前も俺と同じく死にたいのか」

「違うよ。彼が来るってわかってるからね。おいでよ、ド変態」


 陽葵は得意気に笑う。

 昴は踏み込んで陽葵へと斬りかかった。すると陽葵は、斬撃を最低限の動きでかわし、昴が移動するところへと刀を動かした。

 刀に付いた鮮血。昴はこの戦いで初めて傷を負った。


「なるほど……」


 昴は顔色一つ変えずにさらなる斬撃へ。今度はフェイントだって入れる。


「見えてるよ?」


 体勢を変えられないタイミングで陽葵は斬撃を入れる。その場所に向けて剣を動かせば、突っ込んでくる昴に攻撃は当たる。が、昴も負けてはいない。昴は――あの家でしたのと同じように姿を消した。


 ――あの技ね。ならば私も対抗するまで。


 それに呼応するように消える陽葵。

 森には刀を打ち合う音だけが響き渡り。先に姿を現したのは陽葵だった。彼女の刀の切っ先には血がついている。


 そして、数秒遅れて現れる昴。その瞬間に昴は陽葵の死角――背後から首を落とさんと斬り込んだ。

 が、刀は陽葵の足によって防がれる。彼女の履いた靴の靴底で、刀はしっかりと受け止められている。


「なんで気付いた?」


 昴は吐き捨て、陽葵の足を振り払う。

 陽葵は多少ふらついた後、剣を持ち直す。


「そうなの? 知らないよ無意識なんだから」


 と、陽葵。


「私ね、眠ったままでも戦えるんだよね。師匠が何年もかけて教えてくれたから」


「ふざけたことを」


 昴はそう言うと、再び陽葵に斬りかかった。刀の峰で受け止める陽葵。ここで陽葵は昴の一撃の重さに気付く。先程より、明らかに重くなっているのだ。どうにかして陽葵は剣を返し、昴の隙を伺うが――反応も速い。


 ――なるほどね。杏奈と同じことをしているわけだ。こいつ、高揚感でやってると見たよ。本当に気持ち悪い!


 昴は、不機嫌な顔でありながらもその心は自然と高揚していた。彼の心には、今も晃真がいる。そう遠くない、晃真に殺される未来を夢見て。


「お前は前座だ。お前ごときに殺されてたまるか……!」


 反応だけでなく、昴は的確に陽葵の死角を狙ってくるようになった。陽葵はどうにか反応して剣を受ける。が、ついに受けきれず――

 陽葵の肩に斬撃が入った。


「もらったぜ、ダンピール。次は首だ!」


 昴はこれで勝手を掴んだのか、今度は陽葵の剣をすり抜けて首を狙う。が、陽葵もこれで殺される程度ではない。陽葵は、咄嗟に昴の剣を受け流す。


「遅い」


 無機質な声で言う陽葵。ここから彼女の反撃が始まった。

 昴の剣を受け流したのち、陽葵はそれが予定調和であるかのように昴に斬りかかる。その速度も重さも先ほどまでの比ではない。


「クソ……こんな力を……」


 昴の防御を押し切って、陽葵は昴に刃を届かせた。それだけでは終わらない。昴が反撃に出ようとしても反撃する隙を突いて攻撃を返している。

 陽葵の瞳は赤かった。彼女が昴の目の前に現れたそのときは太陽のような瞳であったというのに、今となっては吸血鬼と変わらぬ姿をしている。


「このままでは……」


 どうにか陽葵の斬撃を受け止めた昴。すでに彼の身体には刀傷がいくつもつけられている。昴は今、とんでもなく焦りを抱えていた。このままでは、陽葵に殺されてしまう。


「せめて……俺の最期は……」


 昴が必死に刀を振り払ったとき。陽葵はよろめいた。瞳の色は元の太陽のような色に戻っていた。さらに陽葵は血を吐き、うずくまる。


「はは……ざまあねえな、ダンピール。俺を追い詰めたと思えばそのざまか……なあ、晃真!」


 昴は言った。


「陽葵を悪く言うな。陽葵は、俺が来るまで粘ってくれたんだ」


 昴の言葉に返答があった。

 晃真だ。晃真は右腕がなく、左手には灼熱の剣を握っていた。


「……よかった。間に合ったみたい――」


 陽葵はそう、途中まで言って喀血した。


「何も言わないでいい。後は、俺とオリヴィアに任せてほしい」


 と、晃真。そのときには彼に少し遅れてオリヴィアがこの場に到着していた。



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