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18 能力なんざいらねえ

「クソがっ!」


 陽乃は足で斧を弾いた。

 今の戦況、すべてが未知数の敵陽乃を相手に立ち回るパスカルとキルスティ。丸腰のはずの陽乃は2人の振るう得物を寄せ付けない。


「ただのメイドではないのね」


 パスカルは体勢を立て直しながら言った。


「……当たり前だよ。メイドたるものステゴロで戦えるべし」


 陽乃は目を見開き、今度はキルスティに狙いを定めた。拳にはドス黒いものがまとわりつき、キルスティは一目見て危険を感じ取る。

 だから反応が遅れた。


「キルスティ!」


 パスカルの声。そのときにはキルスティも攻撃には気付いていた。が、間に合わない。

 陽乃はキルスティの脇腹に絶望の拳を叩き込んだ。骨が折れる音。キルスティは苦悶の表情を浮かべ、壁に叩きつけられた。

 パスカルは咄嗟にキルスティに駆け寄ろうとしたが――


「こっちを見ろよ、赤毛。てめーは私らの領域に勝手に入ってきた。責任感もないのか?」


 と、陽乃が立ち塞がる。彼女は相変わらずどす黒いものを拳に、そして脚に纏っていた。


「そうだよなあ? 武器を使う連中で責任感ある連中は数えるくらいしか見たことがない。てめーの、その斧が責任感のなさを物語ってんな」


 陽乃はそう言って蹴りを繰り出した。対するパスカルは壁を展開して受け止めた。


「助けるだけ助けて放っておくのは、確かに無責任でしょうね。痛いほどわかる」


「へえ、よく分かってんじゃねえか」


 と、陽乃は言って今度は拳をパスカルの壁に叩き込み、容易く壁に皹をいれた。

 パスカルは何かを感じ取って陽乃から距離を取った。何が来る――?


 だが、陽乃は変な行動に出ることもまだ見ぬ能力を使うこともなかった。ただ、距離を取ったパスカルに好機とばかりに足技を撃つだけだ。蹴りを斧で受け止めるパスカル。ここで彼女に予想外の出来事が。


「!?」


 パスカルが斧を落とす。彼女の動揺の隙を突き、陽乃はさらに蹴りを入れた。


「させねえよ。素手(ステゴロ)で来い。てめーが敵に敬意を払ってるってんならな」


「……骨の1本や2本では済まないかもよ?」


 パスカルの目付きが明らかに変わった。

 ほんの少しよろめいた後、今度はパスカルが陽乃の懐へ。そしてパスカルの右ストレート。これが陽乃への有効打となったらしく、陽乃は苦悶の表情を浮かべた。追い討ちをかけるように陽乃の脇腹にパスカルの蹴りが入る。陽乃は立っていられず床に崩れ落ちた。が、まだその瞳から闘志は消えていない。


「痛いでしょう。斧でやられるよりも」


 パスカルは言った。


「なん……だよ。じゃあなんで……最初から……」


 と、陽乃は尋ねる。すると。


「間合いだよ。わかるでしょ。至近距離で殴り合えば壁なんて出せない。だから間合いのために斧を使うってこと」


 と、パスカル。彼女には止めを刺す余裕も、斧を拾う余裕もあった。だが、彼女はそうしない。パスカルは陽乃の様子を見ているだけだった。


「ほー……前言撤回。てめーはこの羽黒陽乃が敬意を持って潰す」


 陽乃は脇腹を押さえて立ち上がる。パスカルの手には、相手の骨が折れたような感触があったが、陽乃は気にする様子もない。本当に平常心そのままだった。


 ――次こそ、来る。敬意を持って潰すとまで言ったんだから、能力を使わないと無作法。貴女はそう思うんでしょう?


 パスカルは立ち上がる陽乃を前に、彼女の能力を警戒した。が、陽乃はその言葉とは裏腹にどす黒いものを四肢に纏ってパスカルに迫るだけだった。そこからの、蹴り。パスカルは蹴りの正体を確かめるべく、1撃だけ蹴りを左腕で受け止めた。


 ――強化はされている。なのに、本当にただの蹴りだ。どうなっているの?


 陽乃の蹴りは重い。それは事実。だからこそ陽乃を信じられなかった。


「戸惑ったな? それが隙になるんだよ」


 陽乃は蹴りを繰り出した左足でパスカルの腕を薙ぎ払う。パスカルがよろめいたと思えば、陽乃はその隙をついて懐に入り込んで右ストレートを放つ。パスカルは咄嗟に陽乃の拳を防いだ。


「どうして……」


 パスカルは声を漏らす。


「なんだ?」


 と、陽乃。このときだけは、陽乃は攻撃の手を止めた。


「貴女のような人は敬意を持って私を倒しに来るのなら、持っている能力すべてを使って来るはず。なのに、どうして」

「能力なんざ要らねえ……」


 陽乃は語りかけるパスカルに吐き捨てるかのように言った。かと思えば今度は蹴りを繰り出した。


「私の能力はな! 身体能力が上がって不眠不休になるだけだ! こういう戦いには使えない! 敬意を示すために能力を使える訳があるかってんだよ!」


 パスカルは蹴りをあえて受けた。


「昴様は休めない私を見て心を痛めていた……私が24時間ずっと働いたりしているからな。私が心を病んで命を絶つことを考えて、昴様は私に武器を与えなかった」


 そして蹴りがもう1発。パスカルは右腕で受け止めた。


「昴様は私が戦闘に向いてないと思ってここの家事すべてを私に任せた。私は裏で格闘術を学んだのにな?」


「嘆いているつもり?」


 パスカルは言った。


「嘆いてねえよ。私の覚悟だ。私には昴様しかいねえ。昴様がクソ野郎だと知っても私は他の使用人と同じく昴様のために死ぬだけだ」


「死の理由を他人に擦り付けないで。キルスティ」


 パスカルがそう言ったとき、陽乃の背後でキルスティが動いた。陽乃が振り向いた瞬間、キルスティは陽乃に詰め寄り。陽乃が蹴りや拳を繰り出せば、キルスティは攻撃をかいくぐる。そして。


「不眠不休でも麻酔は効くかな?」


 キルスティは陽乃に注射針を突き刺した。


「クソ……話が違う……」


 陽乃がそう言った時だ。彼女が違和感を覚えたのは。


「殺しはしない。貴女は、私の仲間に……オリヴィアに似ている」


 そのパスカルの言葉が、陽乃が意識を失う前最後に聞いた言葉だった。



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