16 異常者が2人
「お呼びじゃないんだよ、アナベル。晃真と愛り逢うために消えてくれ」
「手厳しいなあ。私はただ君の声を聴きに来ただけなのに」
抜刀する昴。彼の背後に回り込むアナベル。そしてパスカルとキルスティは陽乃の方へ。キルスティがまず先行し、血濡れの鋏で切り込んだ。陽乃は反射的にかわし、パスカルに突っ込む。武器なんて持っていない。
「よく分かってるね、パスカル。嫌われていてもやはり考えることは同じようだよ」
アナベルは横目でその様子を見て昴の前に立った。薄ら笑いを浮かべながら。すると昴は言った。
「てめぇはモーゼスの死に一枚噛んでるだろ。知ってるんだよ」
昴は身を翻し、アナベルへと斬りかかる。対するアナベルは昴の剣筋を見切り、糸を張る。その糸は晃真の攻撃を容易く受け止めた。昴は眉間にしわを寄せる。なぜ切れない、と。
「そっか、そうだったね。モーゼス・クロルはカナリス・ルートの人間だったね! 会員番号2番で吸血鬼とダンピールが嫌い! 色々と思い出したよ!」
アナベルは言った。
「やってられねえ。話が通じないってのはこういう事か」
昴はそう言うと刀を持ち直して鞘に納める。そして。
「なんでモーゼスや麗華のときに俺が横槍を入れなかったと思うか? 答えは簡単だ、あいつら自らお前たちを殺しに行ったからだ。俺は不幸を俺に向ける。その不幸の行方がこいつだ、鉄皇」
昴は再び刀を抜く。ここで変わったことといえば、辺りが血の海になったこと。空気も臭いも血そのもの。昴の刀――妖刀鉄皇はキルスティの鋏のように血に染まっていた。
この禍々しさはキルスティやパスカル、陽乃までも気付いていた。
「始まるぜ……昴様の処刑が。私らに手を出せば何をしてもこれで殺される。晃真クン以外は昴様にとって用なしだとさ」
不敵な様子で言ったのは陽乃。
彼女の言葉を反映しているかのように昴はアナベルとの距離を詰めた。
「陽乃の言う通り、処刑開始だ。お前たちに用はないんだよ」
昴が、消えた。その動きをアナベルが追うことはできない。が、アナベルは昴がここにいることを痛みを以て感じることとなる。
糸を張っても切られた。アナベルの有効打は未だない。だからアナベルは守りに徹することにした。糸を、傷口を塞ぐように展開する。傷口だけではない、神経、筋肉も。これでまだ、戦える。
――なるほど、処刑。意図的に引き寄せて暗殺しているの間違いだよ。
ほどなくして昴が再び現れる。
「死んだか? これを食らえば立ったまま絶命するやつも多い。お前はどうだ?」
と言って、昴が床に着地した。ぴちゃり、という音。アナベルはその音でほんの少しだけ安堵した。
「ご覧の通り。恐怖こそ感じたけどね」
直後、アナベルは糸を手繰る。彼女が張った糸は切られた糸だけにとどまらない。彼女の小指から伸びた糸は、昴の腰に絡み付いていた。
「運命の赤い糸は絡み付いていてくれたよ。これでいつでも君の体を輪切りにして! 最期の声を聞けるねぇ……!」
アナベルは恍惚の笑みを浮かべて言った。
「それで命を握ったつもりかよ」
昴はそう吐き捨て、再びアナベルの目の前から消えた。またか、とアナベルが部屋中に糸を展開しようとしたときだった。
昴はアナベルの背後にいた。
「凌遅刑でだめなら斬首か。首を落とせば人は死ぬ……どれだけタフな人間でもな」
背後から静かな声で語りかける昴。彼の刀はアナベルの首筋に添えられていた。
「落としてみる? 落とせるものなら❤」
と、動揺を一切見せることなくアナベル。
「いや、罠か? アナベル・パロミノは戦場に細工する女だと……」
「ほら! 落としてみなよ! 確かにモーゼスを殺せたのは私がいたから! ヤるなら早くしなよ! 前哨戦ならさあ!」
刀を鞘に納めようとする昴を煽るアナベル。その声はどこか高揚したようで。
「何を隠している?」
昴はそれを怪しんで言う。
「それは自分で見つけないと。ねえ、昴。確かに私は細工をしてた。さすがだよ」
アナベルの言葉とともに昴が宙吊りになった。
「ねえ、どんな気分? 圧倒したと思ったらこうやって縛り上げられちゃって! これで私も君の体を切り刻めるね❤」
「させるかよ。俺を殺して良いのは晃真だけだ」
昴の醸し出していた雰囲気ががらりと変わる。これまでも殺意を表に出してこそいたが、それが一段と増した。直後、昴の筋肉が膨張したと思えば彼の姿は消えた。
――糸が切れたね。またアレか……ッ!?
落ち着いてイデアの糸を展開していたアナベルは突然のひりつく痛みを左腕に感じた。目をやってみれば、左腕がない。そして、さらに全身に斬られたときの痛みが。
「よし、脱出完了だ」
背後からの声。糸から脱出し、消えた昴は再びアナベルの背後を取っていた。それからの斬撃。アナベルは足に糸を絡ませて、あえて宙吊りになって攻撃を回避した。このときアナベルは戦いへの乱入者を見た。
「来たようだよ、君の想い人が」
アナベルは言った。彼女の言葉を耳にした昴はドアの方に目をやった。
「来てくれたか、晃真……!」




