15 人外
座敷牢。
陽葵の前にいるのは、息があがって目を見開いた雪乃。白い彼岸花は相変わらず咲き乱れていたが、陽葵が押していることは明らかだった。
「どうして……! 私は持てる力をすべて使ったはず! なのにあなたは私の想像を超えてくる!」
脇差をぐっと握り締めて雪乃は言った。
すでに死んだ人間だから血は流さない。とはいえ、彼女の身体には傷がつけられ、そこから黒いもやが溢れ出ている。一目で異様だとわかる。
「言いたいことはそれで十分? 搦め手で勝てなくても、正攻法では勝てるかもしれないよ」
と、陽葵。
この瞬間に至るまで、陽葵は雪乃のあらゆる搦め手を破ってきた。恐怖を乗り越え、記憶の書き換えも効かず。幻覚さえも陽葵には意味を為さなかった。
「このっ! 地獄へ落ちなさい、不届き者!」
脇差を握りしめ、雪乃は分身して陽葵へと斬り込む。対する陽葵は、意図的に意識を飛ばす。そして。
消えた。聞こえるのは刀と脇差がぶつかる音、刀が振るわれる音。なのに、刀も陽葵の姿も捉えることはできない。
その音が止んだとき、雪乃はその場に倒れて少しずつ薄れていった。
「さようなら、白い人。一筋縄ではいかないからね、久し振りにアレを使ってみたよ」
陽葵はそう言って咳き込んだ。手には血がついている。咳き込んだときに出たものだ。それほどまでにあの技で陽葵の肉体はダメージを受けていた。あの技は陽葵の肉体の枷を外し、さらに枷となりうる意識さえも一時的に手放す代物だ。
――やっぱりあまり使いたい技術ではないね。疲れるし、何より。
陽葵は口から出る血を拭い、辺りを見回した。周囲の白い彼岸花が消える。これでここにある脅威はなくなった。陽葵は座敷牢に背を向けて階段、さらには地上部分へと戻るのだった。
時を同じくして昴の自室。椅子に座った昴は今起きていることを肌で感じていた。
「雪乃……朔太郎……龍生……見事に殺されているな……いつもはここで侵入者が死ぬか閉じ込められるわけだが……」
昴はそう呟いてメイド――羽黒陽乃を見た。
「なんだよ。雪乃が死んだのがそんなに嫌だってか?」
と、陽乃。
「違う……ゾクゾク、するんだよ。侵入者の中には晃真がいる……ついに、ついに来てくれたんだ。俺を殺しに……! やはり俺と晃真は相死相愛だ!」
昴は言った。隣で聞いていた陽乃も、昴が興奮していることは容易に理解した。その顔、口調から、昴が「興奮している」と口にせずとも。
「使用人が殺されてイカれてんのか?」
陽乃は言った。
「いや、3人が殺されたのは許していない。晃真以外は必ず、全員殺す。そして晃真に殺されて俺は恍惚の中息絶える……だから陽乃は晃真以外を始末することだけを考えてくれるかい?」
と、昴。
すると陽乃はしばらく黙りこむ。昴の性格は知っている。と同時に、昴がカナリス・ルートで重要な役割を担っていることも知っている。
「だったら昴様も責任は果たせよ。その理解不能な性癖のせいで犬死にってのは死んでも許さねえ」
「そうだな……ならば、お前が晃真を監禁してくれるか? それなら晃真は死なずに済むし俺も安心して晃真に殺されることができる」
昴は言った。
「言いたいことはわかった。顔に出てんだよ、変態野郎」
と、陽乃。
「はは、手厳しい。今からリュカに連絡するか」
昴は携帯端末を取ってリュカに電話をかけた。
「リュカ? 俺だ。今どうしてる?」
昴は言った。
『春月支部の周りをうろついてるけど、だめだね。ここの人たち強すぎるよ。支部長は弱体化しているとはいえ、すぐにボクの細工を見抜くし秋吉杏助と霧生陽葵は文字通り化け物。昴をどうにか支援しようと思ったけどどうしようもない』
リュカは言う。
「おう、そうか。安心しろよ、俺がいるぜ。俺がいる限り、やつらのヘイトは全て俺に向かう。神守杏奈については仕方ないが好きなだけ情報収集をするといい」
昴は言った。すると電話口のリュカは少しだけ笑い。
『そんなこと言うのずるいよ。弟に執着してる癖にボクに……いや、カナリス・ルートにとっては頼もしいの。本当にずるいよ』
リュカはそう言った。
「そう言ってくれるなよ。ま、お前はしばらく好きにやってくれ」
昴はそう言って電話を切った。このとき、昴は己に向かってくるいくつかの殺意に気付いていた。
「あぁ……やっと来てくれるか、晃真。待っていた甲斐があったぜ……」
昴は携帯端末を置いて言う。
「5年か……俺にとっては長い時間だった……今日は俺を楽しませてその××に×××××××せてくれるか? 期待しているぜ……晃真」
「ったく、興奮すると周りが見えなくなるのは昴様の悪いとこだよな」
呆れたように言う陽乃。そんな彼女だが、昴が「あり得ない」と断言するような方向からの気配を感じ取っていた。
「おい、昴様よお。来るぜ、招かれざる客が。どうやらそっちが先みてーだ」
陽乃は言った。
と、その瞬間。畳が破壊される。そのときに昴が見たものは、赤い糸。昴はこれに見覚えがあった。
「お呼びじゃないんだよ、アナベル。晃真と愛り逢うために消えてくれ」




