14 デウス・エクス・サイバー
座敷牢の外に出たのは良い。だが、問題は座敷牢から地上に出る道が閉ざされたことだった。
地下の廊下には白い彼岸花が咲き乱れ、異様な、だが恐ろしい空気が辺り一帯を包み込んでいた。たとえるならばあの世。
「嫌な空気だな」
そう言ったのはキルスティだった。普段は挑発的かつ強気な彼女には珍しい。
生きている敵ではないのだから恐れているのだ。
「そうだね。私たち、ここから地上に出ないといけないわけだけど……」
と、パスカル。
地上部分から降りて来た階段は見当たらない。かわりにより下層へと続く階段がその場所にあった。
「見事に出口が塞がれた。残されたのは深淵への入り口。やってくれるじゃねえか、この屋敷を弄ってるやつもなあ?」
キルスティは言った。
その傍ら、パスカルは携帯端末を手に取って外部との接触を試みようとした。まず思い当たったのは杏奈。春月に来るまでも連絡を取り合い、彼女のサポートがあったからこそ今ここで戦えている。が、電話をかけようとしてもそれはつながらない。電話が駄目なら他の手段、とパスカルは他の手段を試す。やはりつながらない。他の手段でも、他に協力を得られそうな相手でもつながらない。
そして最後に残った相手――連絡を拒否した相手アナベル。
「どうしたんだ、パスカル。連絡を取るにしてはえらく迷ってるな」
キルスティは尋ねた。
「迷ってるよ……この状況をどうにかできそうな人、いるにはいるの。けどね、よりによってそれがアナベル。こちらから関係を切っておいてこういうときにだけ頼るのは虫のいい話でしょう」
パスカルは答えた。
「ほー。じゃあ、私が連絡したって体でいいじゃねえか。私もアナベルの連絡先を知っているし、一方的に関係も切ってはいない。任せな」
キルスティはそう言って携帯端末を取り出し、アナベルに電話をかけた。
すると、すぐに電話口からねっとりとして甘い声が聞こえてきた。
『いつか掛けてくると思ったよ。ラブコールかな?』
「ああ、そうだ。ラブコールだぜ……なんて冗談はさておき、私らを助けてほしい。閉じ込められた」
と、キルスティ。このとき彼女は違和感を覚えていた。ノイズこそあれど、なぜアナベルだけに電話はつながったのか。
「あんた、今どこにいる? この電話が通じているあたり、まともな場所にはいないだろ」
『勘が良くて助かるよ❤ 私も今、閉じ込められている。カナリス・ルートの可愛い子にちょっかいを出したらね、八幡昴の家に案内されるまでもなく閉じ込められた。まあ、どうやって出るのかはもうわかっているし、今いる空間も把握した。今からそっちに行くから待っていてね❤』
アナベルは言った。
「おい、どういうことだ変態。答えろ」
返事はない。いや、あるのかもしれないが、ノイズまみれで全く聞き取れない。
数秒後に電話は切れる。
「切れた……アナベルがまともな場所にいないことはわかった。出る方法を知っているようだし、これからここに来る、と。本当にアナベルは私の理解の上を行くな」
キルスティは言った。
彼女の言葉を聞いて悠平は何か懐かしいものを思い出すかのような顔をした。
「なら安心だね。悠平くんが何かされなければいいけれど」
そう言ったのはパスカル。すると。
「あ、変な人には慣れていますよ。昔、強烈だけど頼りになる人と関わったことがあるので」
と、悠平は言った。
「本当に? アナベルは強烈な上に危険な人だ。よほどのことがない限り関わらないことをおすすめするぜ」
「……今、そのよほどのことが起きていますよね。俺は慣れていますから」
「それならいいんだがね」
キルスティはそう言って辺りを見回す。調べられる物は調べた方がいいだろう。
まず、壁に触れてみる。ざらざらとした質感だ。ここに変わったことはほとんどないだろうとキルスティが思ったそのときだった。
「や、お待たせ。あの可愛い子が作った空間とここってつながっていたんだねえ。驚いたよ」
アナベルの声だ。声がする方向は下りの階段がある方。パスカルがその方向を向くと、確かにアナベルが階段を上って来ていた。
「いつ以来? そんなことはどうでもいいけど、どうやって来たの?」
パスカルは尋ねた。
「フフ……それは簡単。糸だよ。私はね、強い人間を殺してその断末魔を聞くために大陸の各地に糸でマーキングしているんだけど、偶然異空間にもマーキングできちゃってね。その糸をたどれば外にも出られることがわかったんだよね」
アナベルは答えた。
「……どこまでも狂ってるのね」
「誉め言葉だと受け取っておくよ。さてと、これから私たちもここを出ようか。行先は八幡昴の自室。そこが彼の最期の場所になるのかな?」
と、アナベル。
「そこにつながっているなら仕方ない。さっさとしな」
キルスティは言った。
「いいけど、釘を刺しておく。八幡昴は私が嬲る。パスカル、キルスティ……とそこのイケメンくんは部屋から退避。他の仲間の援護や治療に専念してほしい」
アナベルは言った。すると。
「ああ!? 晃真の獲物をつまみ食いするってか!? それは見過ごせねえ、八幡昴に肩入れしてでも晃真が来るまでやつを持たせてやる! 戦いはそれからだ!」
激昂するキルスティ。
「構わないよ。ただし、八幡昴は強い。私でも楽勝とは限らない……❤ でも、どれだけ時間をかけても、晃真くんの介入があっても……必ず殺すよ……❤」
4人はアナベルの糸をたどり、地下から脱出した。向かう先は――




