12 座敷牢にて
パスカルたちは先に進んでいた。廊下にはいくつも扉があるが、どれがどの部屋なのかわからない。そんな扉が並んだ廊下だったが、そこに妙な空白の場所――扉のない場所がある。それに気づいたのは陽葵だった。先頭を歩いていた彼女は興味を持って立ち止まる。
「どうしたの?」
パスカルも陽葵の様子に気づいて立ち止まった。
「うーん。なんとなくここに何かありそうなんだよね。今まで建物の種類は違ってもこの手のやつは見たことがあって」
陽葵は答えた。
しばらく考えた後、彼女は扉に手を触れてほんの少し押した。すると壁は動いた。ここはただの壁ではなく、陽葵の考えた通りその向こう側に何かがあるらしい。
「ちょっといい? こういうところにはあまり見られたくないものを隠したりするものだと思うの。陽葵みたいに勘がよくないと気づかないはずだから。何があると思う? 私は、連れ去った人がいると思う」
パスカルは陽葵の隣に立ち、壁をより強い力で押した。壁は少し動くと何かにはまったらしく、動かなくなった。視線を下側に移してみれば、壁は引き戸のように何かにはまっているようだとわかった。
パスカルは斧で壁に小さな穴をあけ、その穴に手をかけて隠し扉を開けた。
その先には階段があった。暗くて小さな部屋には何も置かれていなかったが、その中央には下層へと続く階段があったのだ。小部屋に入った3人の鼻を黴の臭いが突いた。
「さらに下か。ま、ここに隠し物があるならすぐに開けられちまうわけだが」
そう言ったのはキルスティ。彼女はこの状況を一番楽しんでいた。次いで陽葵。彼女たちには恐怖心というものがないかのように見えた。
「じゃ、私が明かりをつけるから2人はついて来て。何かあったら切り伏せるから」
と、陽葵。彼女は左手の上にぼうっと火をともし、階段の前へ。
「じゃあ、後ろは私に任せて。必ず守るから」
そう言ったのはパスカル。
「2人とも頼もしいじゃねえか。なら、私は2人に何かあったら治療しようか」
と、キルスティも言った。
3人は階段を下ってゆく。丈夫に作られていたような廊下とは対照的に、この階段はさほど丈夫ではないらしい。3人が歩けば階段が軋む。すぐに崩れるようなことはないだろうが。
やがて、3人は階段を下り終えてひんやりとした廊下に出る。この廊下も地上の廊下と同じくいくつもの扉に面している。その扉の向こう側にあるものが何なのか、3人は知らないが――
「こうやって隠していたわけだ。ロクなもの隠してないだろ。なあ、陽葵」
キルスティは言った。
「うん。私もそう思うよ。それと、感じているでしょ。イデア使い特有の気配。人数は1人分。誰だと思う?」
と、陽葵。
「ここを担当した人、捕まった春月の子、敵さんの方の裏切者。私が考えたのはこれくらいね。いや、ここにある何かを守る見張りの可能性も捨てがたいかな……」
「その可能性を考えて行こう。ここは未知の領域だから」
3人は廊下を歩き始めた。目的地はイデア使いの気配の場所。
悠平の目の前から契約書が消えた。
「契約書は龍生の能力。ということは、龍生は死んだ?」
悠平は呟いた。
能力を自慢するようなことを言っていた龍生が安易に能力を解除するようには見えない。悠平はそう判断した。加えて悠平は遮断していたものが壊されたかのように外の気配を感じた。戦っている気配もあれば、移動している気配もある。誰かがこちらに向かってきている。
「ついに俺を殺すことになったか? それでも……」
悠平は拳をぐっと握りしめる。隠し持っていた短刀はここに入れられるとき、紅い服の女に奪われた。この状況で、武器も持たずに戦って勝てるのか。
悠平は今の杏助や晃真のように体格がいいとは言えない。力押しで勝つことなど不可能に近い。
――終わりか。あの赤い服の人も強そうだったな……
冷や汗が悠平の全身を伝う。
そのときだ。座敷牢のあるドアがガタガタと揺れたのは。
「――あー、鍵がかかってるな。壊しちまおうよ、こんなの。開かない扉なんざ扉じゃねえ」
「――そうだね。離れててね。今からこの斧で扉を壊すから」
バン、という音とともに、扉に斧が食い込んだ。外にいる女は何度も斧を扉に叩きつけ、ついに扉は破壊された。
「あ、悠平!? やっぱりここにいたんだ! 何か変なことされなかった」
陽葵はそう言いながら座敷牢の部屋に入ってゆく。
「契約書を書かされそうになったこと以外は何ともないよ。それよりどうしてこんなところに?」
悠平は言った。
「隠し扉を見つけてまさかと思ったらここに続いていた。それでわかるかな?」
と言ったのはパスカル。
「それとなく。外の様子はどうだった?」
悠平は聞き返す。
「まだ戦いは続いているかな。使用人と白服の女は始末したよ」
陽葵は答えた。そして。
「ちょっと離れていてね。出してあげるから」
陽葵は鉄格子に近づき、それを握る。イデアを展開して力を込めて――鉄格子を捻じ曲げる。その様子を見ていたキルスティは目を丸くしていた。
「おい、あんたもダンピールか?」
キルスティは尋ねた。
「よくわかったね。ま、私ダンピールでもかなり力が強いらしいよ。知らんけど」
と、陽葵。
悠平は陽葵の作った穴から外に出る。
「さて、ずらかるか。もうここにいても何もない」
キルスティは言った。一行はもうここに用はないと思っていた。だが――
「逃がしませんよ」




