8 時を止めて
止まった時の中、朔太郎は血液が失われる感覚に気付いた。引き付けるキルスティを無視しようとしたその時には、先に進もうとしたオリヴィアが動いていた。そうして彼女の術に朔太郎が嵌まった。
「やってくれますね。ですが――」
朔太郎が敵だと判断した者たちは誰一人として動けない。当然だ。全員が止まった時に適応できていないのだから。とはいえ、痛みを覚えることは止まった時の中で動けることのデメリットだ。体を拘束されて動けない状態で痛みを感じ、血を流すだけの状態であるのなら、自分も動けない方がましだ。
時が動き出した。オリヴィアによる拘束が完成し、キルスティはハサミを開き、冷酷な刃を突きつけた。
「動けなければ時間を止めても意味がないなぁ? どうなんだよ、オッサン」
キルスティは言った。
「身を守ることはできても、わたし達を殺すことはできないのね。わたしの影からは――」
「抜け出せると言ったらどうしますか?」
と、朔太郎。
この言葉の意図に気付いたのはキルスティとパスカルだった。そう、朔太郎の展開したイデア、その姿は一行のうち、誰一人として見ていない。確認できない以上、警戒するのは当たり前のこと。
動いたのはパスカル。朔太郎の意図を読みきって宙に炸裂弾を放つ。そしてキルスティ。彼女は朔太郎の視線から外れたときに晃真を担ぎ上げ、離脱。
直後に炸裂弾が光を放ち、周囲に展開されたイデアすべてを消し去った。が、これで必ずしもいい方向には動くわけではない。
「こういうことです――」
影から解放されて朔太郎は言った。が、やはりと言うべきか、時は止まらない。朔太郎はそのときに状況を把握して立て掛けてある刀を取り、抜刀した。閃光の中、残された感覚を頼りに刀を振るう。
ばきん。刀は斧に――パスカルの獲物に防がれた。
「私が相手よ。小手先の戦法では勝たせないから」
パスカルは言った。
閃光が収まってゆく。それは朔太郎が再び時を止められるようになったことを意味するが、パスカルにとっては大して怖くもなかった。
「そちらこそ足元を掬われますよ」
と、朔太郎。
また時が止まる。そのときに朔太郎が確認したのは治療された晃真の姿。彼の傍らにはキルスティがいる。彼女がやった。
「そうですか、そうですか。これだから錬金術師という人種は。命の理を冒涜するとは何事ですか」
朔太郎はキルスティに近付き、彼女の左胸を刀で突き刺した。時が止まっているのでまだ血は出ない。が、止まった時が動き出すその瞬間がキルスティの最期となる。
「残り3秒……次はあなたです。死ぬといい!」
踵を返し、次のターゲットをパスカルに移す。少し離れた場所にいた彼女に近付く。
「2秒」
刀を両手で振り上げる。
「1秒」
パスカルの首目掛けて刀を振り下ろす。
ギン、という音とともに刀は止められる。朔太郎は何事かと目を見開いた。
「0秒。残念だったね? 狙うならこっち」
時が動き出した。見えない壁の向こう側で、パスカルは自身の左胸を指差した。
見えない壁を取り払い、反撃に出たパスカル。今度はパスカルが斧を振るった。すると朔太郎は避け。
「ははは……ですが治療要員であろう銀髪は殺りました。昴様や陽乃の手にかかればあなたたちは瓦解するでしょうな!」
そう言って刀で横薙ぎを繰り出した。が、ここに乱入者があった。鋏が結われた朔太郎の髪を切り落としたのだ。
「ヒヒッ! やったぜ、こいつ私が生きてるとも思っちゃいねえな! 吸血鬼もこれで死ぬんだし、これで生きてられる人間もそうはいないがね!」
キルスティだ。服には血がついているが、錬金術を自身に使ったキルスティは無傷同然。
2人に挟まれた朔太郎は、苦し紛れに時を止めた。
「これで……どうにか……ターゲットは変更した方が良さそうですね。やはり……」
朔太郎は建物の奥側――そこにいるオリヴィアに目を向けた。彼女もまたイデアを展開して何かをしようとしているようだった。
「くたばってください。半吸血鬼」
無防備なオリヴィアを切り払う――ことはできない。なぜならさらなる増援が上にいたから。
破壊される屋根。その時の音を聞き、朔太郎は動揺した。
「まずい! 時が! せっかく1分止めたのに、これでは私の作戦がパーだ!」
「そっか! ならよかった! 面白そうだから上から狙った甲斐があったよ!」
黒い翼――間違いなく「彼女」だった。春月どころか鮮血の夜明団でもトップクラスの実力者である陽葵が来た。
時が動き出す。パスカルやキルスティも朔太郎への攻撃に移る。が、朔太郎は陽葵を第一の脅威と判断した。
焦りを顔に滲ませて。朔太郎は陽葵の刃を受け止める。
「……あなたは強かった。こうでもしなければ」
そんな朔太郎に後ろから攻撃したのはパスカル。斧を振り抜いて後頭部を潰そうとした。
「時よ停止するのだ! 1秒でも――」
「勝てなかったんだから」
時は止まらなかった。パスカルの斧が朔太郎の後頭部を捉えたから。
脳漿が撒き散らされ、付近を血飛沫が汚す。パスカルが斧を持ち直して朔太郎を見たとき、すでに彼の息はなかった。
「あなたに敬意を。先に進むよ」
と、パスカルは言った。




