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5 焼け落ちる信仰

「ここは私の領域です」


 そう告げた雪乃。彼女の声はあまりにも冷酷だった。が、陽葵はこれまでに生還したときの方法を思い出す。


 ――まず1回目は運よく出口を見つけられた。それ以外は煙草に火をつけたり、私の炎で脱出したり。神隠しの主犯を殺して無理矢理出てきたこともある。それ以外では愛刀でどうにかできたともいえるね。


 陽葵は今置かれた状況を確認するが――どうやら雪乃はそう時間を与えてはくれないらしい。


「来ないのなら、私が首を落として差し上げましょう。そんな美術品よりも私の鉈の方がよく斬れます」


 振り下ろされる鉈。陽葵は間一髪のところで受け止める。が、ここで陽葵はあることに、これまでとの違いに気づく。重いのだ。雪乃の鉈の攻撃の重さが先ほどとは重さが違う。


「ふふ、刃こぼれしますよ」


 笑いながら雪乃は言った。怖い。陽葵は一歩引かずにはいられなかった。とはいえこれで形勢はさらに雪乃のユウリへと傾いた。雪乃が、退いた陽葵へと追撃を試みる。対する陽葵は避けて、受け流して、苦し紛れに炎を放つ。だが、それでも雪乃は止められない。ならば――と、陽葵は跳びあがり、黒い翼を広げて空へ。


挿絵(By みてみん)


「この空間ごと、焼き尽くしてやるッ!」


 陽葵は上空から大火力の炎を放つ。いつぞやの神隠しでは、こうすることで陽葵は生還できた。だから、こうする。が、陽葵はこれが間違いだったとすぐに気づく。そう、ここは異空間でもなければ改変された空間でもない。ここは現実と地続きの場所だ。


「降りてきてください? でなければ……」


「首を落とす、と。まあ、やるのはこっちだけどね」


 陽葵はそう言って地面へと降りてゆく。恐怖を抑えながら、そして勝ち筋を探りながら、ぐっと刀の柄を握りしめて。降りた瞬間に雪乃へと斬りかかった。境内に刃物がぶつかり合う音が響いた。空中からの速度もあってかなりの威力が出たようだが――雪乃はいともたやすく受け止めて弾き飛ばす。攻撃こそ当てられなかったが、陽葵はあることに気づく。雪乃の能力の正体に――


 追撃に入る雪乃。ここで彼女は2人に分身し、2方向から陽葵を挟む。同時に振るわれる、鉈。


「あんた、それで神様にでもなったつもり?」


 陽葵は鉈を受け止めずに受け流す。そして向かう先は神社の本殿。この女、雪乃の能力の源は信仰だ。信仰は何も普通の宗教であるとは限らない。人の暮らしに根付いたもの、それこそ呪術や怪奇の類だって信仰になりうる。


「逃げようというのです? 味方を逃がしておいて!」


 雪乃は言った。が、彼女はその直後に陽葵の意図を知ることとなる。陽葵本殿に上り、木造の本殿に火を放った。すると、雪乃は顔を真っ赤にし。


「ば……罰当たりです!神社の焼き討ちなど!」


 雪乃がそう言う中、陽葵はさらに火を放つ。錯乱した雪乃は叫び声をあげて陽葵に突撃する。


「このっ! あなただけは生かしておけない! こんなことをして生きていられるなどと思わないことだ!」


 雪乃の鉈は確実に首を狙おうとしていた。が、陽葵はいとも簡単にはじき返す。


「ふん、軽すぎる! さっきと比べて!」


 その手に伝わる力は軽い。やはり、と陽葵は確信した。


「終わりだよ。あんたを強くするものは……信仰の形は全部焼け落ちる。人の心に残る信仰を一掃することはできないけど、それでもあんたを弱体化させるには十分すぎる!」


 陽葵は本殿に続き、絵馬のかけられた場所にも炎を放った。そんなときに神社の境内に人が現れる。その人は水色の袴をはいた中年男性――この神社の神主だった。


「か……火事!?」


 神主は声を漏らした。

 人が現れたことで陽葵は動揺した。これでできた隙を突く雪乃。分身を解いたかと思えば陽葵の死角に回り込んだ。鉈がぎらりと光る。


「場所によっては放火魔は死刑だそうですよ」


 と言っても鉈を振るう。受け止められない。陽葵は初めて雪乃の攻撃を受けた。


「うっ……」


 確かに攻撃は軽かった。が、雪乃の攻撃には何か異質なものがある。これが怪異か。陽葵は痛みに顔をゆがめた。


「あなたは怒らせてはいけないものを怒らせました。わかりますよね?」


 祟りがあるのならこのようなものだろう。陽葵はそう感じた。が、彼女にも怒らせてはいけない存在の加護はある。


 ――そういえば、まだ私は人を焼き殺したことはない。けど、無理に斬り殺すよりは、焼き殺した方がいい?


 陽葵には迷いが生じていた。焼き殺すか否か。

 だが、雪乃は余裕を与えてくれるわけではない。鉈による攻撃を何発も叩き込み、陽葵を精神的に削ってゆく。もう、選択の余地はない。陽葵は覚悟を決めて雪乃に炎を放った。


「ああああああああああァァァァァァァァ!?」


 雪乃は炎に焼かれてゆく。燃えてゆく彼女は、人が焼死するときの特有のにおい、それに加えてべたつく感覚までも放つ。このときばかりは、陽葵は恐れを抱いてしまった。

 陽葵の能力で焼いた場合、やり方次第では火傷を含む傷を治療することができる。が、死んでしまえばきれいな死体になるだけで、生き返らせるようなことはできない。


 ――本当に……本当にこれでよかったの?


 陽葵は本殿を焼く炎、雪乃を焼き殺す炎を見つめて後悔を抱いた。



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