1 一行を追う者たち
「でね、クマを素手で仕留めたダンピールの話聞いた警察官が何て言ったと思う? 『お前ごときにできたから俺にもできる』だってさ!」
調査拠点を出て、途中で休憩を挟みながら3日。明るい雰囲気の車内ではヒルダが話していた。
「まあ、その警察官なんだけど肉片になってたよね」
と、ヒルダは話を締める。
彼女が話していた内容はなんとも残酷なもの。だが、それは事実だという。
「クマはね……私ならクマくらい能力使えば引きちぎれるけど。まあ普通の人間でイデアも使えないようなら銃でも持ち出さないときついよね」
オリヴィアは言った。
こうやって会話しながらも警戒は怠らない。
調査拠点の襲撃のあと、オリヴィアたちが何かに追われるか襲撃されることはなかった。が、だからといってこれから襲ってくる者がいないとは限らない。
運転中で手が離せないパスカルと眠っているランスにかわってオリヴィアとヒルダは見張りを担当していた。
「……うん、クマじゃないけど引きちぎる相手なら見つけた。複数のイデア使いの気配。後ろからついてきてる車の中で間違いない」
と、オリヴィア。
さっそく影を伸ばして車の窓ガラスを叩き割る。運転手さえ潰せば巻けることはわかっていたので、狙いを運転席にいる青年に絞る。
「敵だね!? わたしも援護するよ!」
ヒルダは反対側の窓を開けると、そこにイデアを展開する。その形状はガトリングのようなもの、いわゆるミニガンとよばれるものだ。
オリヴィアが運転手の首を落とそうとしたとき、その車の後部座席からイデアを無効化する炸裂弾が投げ込まれた。
閃光とともに、オリヴィアの伸ばした影が消失する。
「ちっ……またやり直し……」
オリヴィアは歯痒そうな顔でぼやきながらイデアを再展開する。
一方、彼女の隣ではヒルダがミニガンのトリガーを引いた。
「ヒャッハァー! ぶち抜いてぶち抜いて粗大ゴミにしちゃうよ!」
ダダダダダダ、と撃ち出される銃弾。それらはすべて後ろの車に吸い寄せられるようにして襲いかかる。影の手に続いて銃弾の雨。後ろの車に乗っていた者たちは動揺し、ついには車が道を外れて横転した。
「……まだ!」
オリヴィアは横転した車に影の手を叩き込む。襲撃してきたのだから、全員に止めを刺さなければ危険だと判断した。
影の手は瞬く間に車内にいた者たちを押しつぶし、その辺り一帯が血で染まる。
「……おい、俺も加勢した方がいいか?」
助手席で寝ていたランスが目を覚ます。後ろの車にいた追手との戦いは終わっていたが、これから起きることは誰にもわからない。
「車内から攻撃する手段があれば。私とヒルダはそれができるけど」
「任せろ。左側の相手ならここから銃弾をぶち込んでやるぜ」
そう言いながらランスは拳銃を手に取った。
「ランス。それもいいんだけど、今は前と横の索敵をしてくれる? 調査拠点のときも陽動があったんだから。次も陽動があったっておかしくない。だから……」
と、パスカル。
いつも以上に力んだ様子の彼女。もう何かに気づいたのか、あるいは。
「仕方ねえな。誰でもいいが、次はどう来ると思うか?」
ランスは言った。
「なんとも言えないけど、罠でも使ってきたりするんじゃない? 何年か前、ワイヤーで首を落としたりするようなイデアを使う人がいたから。車を切断するような代物だったら、私たち全員の首が取れてもおかしくないかも」
と、オリヴィアは言った。
彼女の言葉を聞くと、ヒルダとランスが震えあがる。その一方でパスカルが口を開き。
「だとすると前を警戒する必要もあるかもね。それと、これから山岳地帯に入ってくるから地形を利用されると厄介かも。落石とか」
「落石。あるかも。さすがに私の能力では石を砕くなんて無理だからね」
警戒心を手放さなかったオリヴィアとパスカルはこれから起こり得ることについて話していた。が、それとは裏腹に一行をはめるための罠はまだ現れない。
やがて、一行の通る道の周りは傾斜の急な坂に囲まれ始めた。ところどころに木々がはえ、そうではないところは草原や岩場が見える。
「スラニア山脈に入ってきたかな?」
とパスカルは言った。
スラニア山脈。このレムリア大陸のほぼ中央に存在する広大な山脈。山越えのルートもあるが、迂回するか飛行艇で越えてゆくことが大半である。それだけ山越えは厳しいものなのだ。
「本格的に、落石に注意しないと。あと、上からの攻撃。私、地面にいない相手は今の時間だと厳しいかも」
オリヴィアは言う。今の時間は朝6時頃。空は明るくなっている。このような条件であれば、オリヴィアも本来の能力を発揮できないのだ。
「……そこがネックだよね。車の運転でどうにかできるって範囲でもない。この前の人みたいに空を飛ばれたら、それこそ対策が全くできない。どうする?」
と、パスカル。
「あー……そうなったら車を放棄するしかねえな。スラニアにも調査拠点があるから、そこから車を借りるって手もある。大丈夫だ、全部俺が自腹を切るからよ」
仕方なさそうにランスは言った。
それも彼なりに考えていた対策法なのだろう。だが、根本的なこと――上からの攻撃に対しての反撃手段が編み出せていない。特に真上からこられた場合と、空を飛ぶ敵を相手取った場合。夜になればオリヴィアが対応できるのだが、そう待ってくれるわけでもない。
「私がおとりになるよ。大丈夫、私は戦えるから」
オリヴィアは覚悟を決めたようにそう言った。




