プロローグ 観測者のみぞ知る未来
新連載です。よろしくお願いします!
14年くらい前だろうか。
異世界からレムリア大陸を攻撃しようとした吸血鬼がいた。彼女は世界を憎んでいたのだろう。馴染みがある町を一つ――いや、二つ消した。だが、彼女はとある能力者の手で討ち取られた。
彼女の血と復讐への意志は人々を恐怖に陥れ、誰もがその死と血統が途絶えることを願っていた。だが、その願いをあざ笑うようにその血統――歪んでしまった吸血鬼の血統は続いていた。
「あの子は死んだと伝えられた。だが、まさか生きているとはな……」
貸し切りのバーのカウンター席に座った神守杏奈という女は言った。藍色の長い髪を垂らし、強い酒を飲んでいるその姿は美しさと強さを併せ持っているようにも見える。
「ええ。それにしても偽装することが上手ですこと。わたくしがいなければ見つけることさえ出来なかったでしょうね……」
杏奈の隣に座っていた占い師の女――レクサは漆黒のカクテルを口に含む。
年齢も素性も明かさない彼女は蠱惑的な雰囲気を放っていた。別にそうする必要もないのだが、杏奈が警戒する程度には。
「あの子は、オリヴィアは何をしている? 迎えに行かなくては……」
焦る杏奈。
それもそのはず、オリヴィアは8年前に杏奈のもとから姿を消している。当時、杏奈は「オリヴィアが死亡した」と伝えられていたが、今ここで驚愕の事実を伝えられたのだ。
「あら、今は行かない方がよろしくてよ。オリヴィアは貴女を恨んでいますの。それに貴女の元を去ってから人殺しに手を染めていますわ」
「なんだって……?」
杏奈は聞き返した。
そんな彼女も落ち着こうと煙草に火をつけようとした。すると。
「逆になっていますわよ。霊的なものに嵌められそう、とか言いたかったのでしょうけど今は間違いなく貴女が動揺しているはずですわ」
レクサはそう指摘した。
今、彼女が会話している杏奈はとんでもなく酒に強い。そんな彼女がこの程度の酒に酔うなどありえない、とレクサは判断していたのだ。
「……私としたことが。もともと霊的なものは信じないたちだったが、イデア使いが霊的だと言い張ることも多いだろう? それはともかく落ち着かないとな……」
と、杏奈は言った。
「心配しなくてもよろしくてよ。今の貴女とは違ってオリヴィアは否応なしにわたくしの視界に入り込んできますもの。14年前の貴女や17年前の名医のように、」
レクサの言葉を聞いた杏奈は震えあがった。
おそらくすべてはレクサに筒抜けだ。特殊な立場にいればいるほど、レクサはその意志に関係なく見てしまうようだ。
レクサは世界を滅ぼす因子を持つ者と縁がある。杏奈や17年前に縁あった名医ユアンもそうだ。彼らは『憤怒』と『悪食』の因子を持っていた。
「これからオリヴィアのことを見届けようではありませんか。貴女も、必要が来ればあの子の誤解を解いてあげればいいのですわ」
「ああ……何が理由で間違いがあったのか、それを知りたい。が、私は待つよ。オリヴィアが、私が来ることを望んでいないというのなら」