第二章 その3 野山乃花 『さぁ闇を振り払い再びこの世界に光を取り戻すのだ。ストーンの光を希望に変えて?』
「何やってるんだ、ブラシよりストーン一個分は内側だったぞ」
「…」
「スイーパーももっとウェイト見ろよ?ただ擦れば良いってもんじゃないだろ?」
相手チームのスキップが長門や山城先輩に文句を言っている。
これは本当にやってはいけない。
そのストーンが果たして本当に失敗なのか?
それは最後まで、試合が終わるまでわからない。
どのような状況であっても、最後まで諦めてはいけない。
私は一瞬口を開けようとして、閉ざす。
彼らには色々、言いたい事がある。
だが、それを言う義理は私にはない。
その後も試合が進んでいくが、そのスキップは自分のチームメイトに文句を言い、どんどんチーム内の雰囲気は悪くなっていく。
スキップの作戦にチームメイトが従わず、お互いがお互いの作戦を主張する。
作戦が、決まらない。
チームメイトの一投に無責任になる。
チームが一丸となっていない。
最早試合どころではない。
結局、第一エンドは私が二点先攻が得点する。
そのまま第二エンドも私が二点先攻が得点する。
試合結果、四-○。
私の勝ち。
点数としては四点差。
ふむ、思った程には得点出来なかったな。
だが、そもそも私は一人。
そしてカーリングでは先攻が得点する事は狙っても難しい。
それが連続でスチールされたのだ。
実力差は圧倒的と言える。
まぁ一人でスイープまでした私は最後息があがっている訳だから、限界っちゃあ限界だ。
もう一エンドやったら体力的にさすがにキツイかも。
先輩達は、項垂れていた。
こんなちっちゃいのに負けたから、そりゃあ落ち込むよね。
ああ、この人達、いつもこんな風に負けてるんだろうな。
私は少しだけ、ほんの少しだけこの人達に同情……………………するとでも思ったかッッッ、たわけがッッッ!
お前達など私の脳内で既に設定が出来あがっておるわ。
生き別れの兄弟、亡国の王子、金髪の髭、異世界からの転生者!
ありとあらゆる設定を詰め込んで、今晩野山の脳内で料理してくれるわ!
私は氷から降りる。
ふと、コーチ席でカメラを構えている伊勢海老…じゃなくて、伊勢原先輩と目が合う。
ずっと試合を見ていたのかな。
伊勢原先輩が手をひらひらと降る。
私はペコリと頭を下げる。
シートの外では高校カー部の部長が待っていた。
「さすが、ね。どう?あのチームは」
「…個人の技量が低いです。それにチーム内のコミュニケーションもダメ。何より団結力が論外。解散してやり直した方が良いですよ」
「的確な助言ね。どう?男子諸君」
「…」
先輩達がそれぞれの表情でこちらを見ている。
…ああ、私のお節介の虫が騒ぎ始める。
ここで喋っても私には良いことなんて、ない。
分かってる。
「みっともないですね。先輩方」
私の言葉に先輩達が顔を上げる。
ある者は睨み付け、ある者は悔しそうに。
「悔しいですか。怒っているのですか?何に対して?私の実力に対して怒っているなら、器が小さすぎて滑稽ですよ」
私立学園の先輩二人が目を逸らす。
長門先輩と山城先輩は私を真っ直ぐ見ている。
「先輩達は…」
私は一瞬言い淀む。
「先輩達は何をデリバリーしていますか」
私の質問の意味が分からなかったのだろう。
キョトン、とした顔になる。
「カーリングは全員のストーンを繋いでいくスポーツです」
一言、一言を噛み締めながら発する。
「そのストーンが無駄だったかどうか?そんな事は最後まで分かりません。例えハウスを通過してしまったストーンでさえ、次のストーンの速さを決める重要な意味を持ちます」
…伝わるかな。
いや、伝わらなくても良い。
私が一言、二言発しなければ気が済まない。
「先輩達がデリバリーしているのは、ストーンという名の、希望です」
…笑われるかな。
「一人目から四人目まで一つ一つストーンという名の希望を繋いで得点して、その得点をさらに希望に変えて十エンド繋いでいく」
笑われても。
それでも、私は先輩達の心に。
「それがカーリングです。無駄なポジション、無駄なストーンなんて、ありません。カーリングに“捨て石”なんて言葉はないんです。誰か一人でもストーンを蔑ろにしたり、誰かが人のストーンを否定したら」
語りかける。
「希望は潰えます。それはカーリングではありません。先輩達は根本的にカーリングをしていません」
先輩達は拳を握り締めている。
「私が言いたい事はそれだけです」
言いたい事は言った。
私はくるりと踵を返す。
これで先輩達の何かが変わる、なんて事はないだろう。
私も嫌われるだろうが、元々知っている人でもないし、構わない。
さぁ、帰ってBLしよ。
「…待ってくれ」
ん?
「…目が覚めた気分だ」
んん?
「俺達に、カーリングを教えて欲しい」
んんん?
「せめて一勝したいんだ」
んんんん?
いや、私この話断りますよ?
すでに断りましたよね?
振り返っちゃだめなのに。
思わず振り返る。
そこには頭を下げる四人の先輩。
「頼む。ここまで言われたのは初めてだ。ここまで徹底的に負けたのも初めてだ。お願いだ」
長門先輩が真剣な眼差しで懇願する。
伊勢原先輩がコーチ席からニヤニヤして見つめている。
カー部の部長も腕を組んで微笑んでいる。
あ、あれ?
何、この断れない雰囲気は。
「だってよ。どうする?野山さん?いえ、野山コーチ?」
…野山、ハーレムルート入りまーす?