第四章 その10 機屋リューリ 『バックスイング投法という名の呪い。』
緑川紅宇と一悶着した翌日。
その日も学校が終わった後、部活でカーリング場に向かう。
五月になりようやく桜が咲き始めたのか、山の中にポツポツと淡いピンク色が混じってくる。
やがては森の緑が勢いを増し、その中に飲まれていく。
人から見てもらえるのは今だけなのだ。
…私は、埋もれない。
「リュリさん、足速いデスネ」
カタコトの日本語が横から聞こえた。
黃氏青木蘭。
名前からしてハーフなのだろうが、私のから詳しく聞くことはない。
「ワタシとナルさんとクゥさんでチームデスネ」
聞いてもいない事をぺらぺらと喋りだす。
「そう…チーム、ね」
私は彼女を見ずに答える。
『チーム』という言葉を口に出してみても、全くしっくり来ない。
中身の無さと嫌悪感で鳥肌が立つ思いだ。
カーリングを続けるためには仕方がないのだが…。
またイチから全て始めなくてはならない事に、憂鬱になる。
…私にはそんな遠回りしている暇など、あるのだろうか?
昨日、緑川紅宇に叩かれた頬が、春風に吹かれてヒリヒリと傷む。
「始めるわよ」
その緑川紅宇は準備体操が終わるとぶっきらぼうに宣言する。
言外に「勝手な行動は許さない、チームとして練習しろ」と言っているようだ。
緑川紅宇の頬も、腫れている。
とりあえず実力が知りたいので各自デリバリーを行う。
私と同じクラスの成美。
まぁ及第点か。
黃氏青木蘭。
これは初心者だ。
頭を抱えたくなる。
そして緑川紅宇のデリバリー。
今まで全く彼女を意識していなかった為気付かなかったが、彼女のデリバリーは特殊だった。
ストーンをまるでボーリングのように後方へ浮かせながらスイングさせる。
それはバックスイング投法というデリバリー。
パパが現役だった当時はわりと主流だったと聞いた投げ方だ。
氷の状態が良くなかった時代。
ストーンに、よりウェイトを乗せるための投法だったと聞いた事がある。
ただ、今ではこの投げ方をしているカーラーは稀だ。
氷の状態も昔とは比べ物にならないと聞く。
その分、繊細なショットを要求される事が多く、今ではほとんど見る事がない。
ストーンは氷の上に静置され、僅かに後ろにずらされた後にそのまま前方へと滑っていく。
ストーンが氷から離れるバックスイング投法にはデメリットが、もちろんある。
だが、そんな事は言われなくても分かっているのだろう。
それでもバックスイング投法に拘るのは、相当な意地だ。
緑川紅宇のブラシは使い古された木製のモノ。
グラスファイバー製の軽いブラシが多い中で、わざわざあんな重いモノを使っている。
それも彼女の意地か。
『父親を背負ってるのはアンタだけじゃない』
昨日緑川紅宇はそう言った。
彼女もまた、鎖に縛られているのだろう。
期待という名の、鎖に。




