第一章 その3 野山乃花 『ノヤマノハナは何度踏まれてもまた咲くけどな。』
高校生達との練習を終え、自宅に戻った私は眼鏡を曇らせながら「むふー」っと息を吐き出す。
時刻は十七時を過ぎており窓の外は真っ暗。
そして二階の北側にある私の部屋は寒い。
風水など知ったことではないが、北側にしか窓がないこの私の部屋が地理的に最悪であろう事だけは分かった。
石油ファンヒーターを点火しようとするが無情にも「灯油切れ」を表す悲しげな電子音のメロディーが鳴り響く。
ちなみにメロディーは「エリーゼの為に」なのだが何故この曲が選ばれたのか、音楽に疎い私には理解出来ない。
やむ無くヒーターから灯油タンクを引っ張り出し玄関へ。
玄関に置いてある二十リットルのポリタンクから灯油を移そうとするが、なんとこちらも灯油切れ。
「母よ、灯油が切れておりますぜ」
「娘よ。外のタンクまで灯油を入れに行っておくれ。私はこのザマだ。後は頼んだよ」
「母よ。こたつに入りながら、しかも今、極寒の外から帰宅した娘に言う事ではないですぜ」
「娘よ。私はこれから夕飯の仕度をしなければなりません。分かりますね?一人で強く生きるのです」
「母よ。私の記憶が確かならこの間も私が灯油を入れに行ったハズですぜ」
「娘よ。あなたにはフォースが共にあります。自分の力を信じるのです」
「…暗黒面に堕ちてやるぞ」
このままでは埒が開かない。
私はサンダルを突っ掛け、空の二十リットルポリタンクを持ち外に出る。
都市ガスがなく、プロパンガスに頼るこの軽井沢町ではガス代は高めだ。
そのため、暖房器具は専らガスではなく灯油を使う。
暖炉や薪ストーブは、自分で薪を作る労力と時間があるのであれば良いのだが、大抵の家庭でそんな事は出来ない。
燃料費としての薪は灯油の比ではない程に高いのだ。
通常、各家庭に百~二百リットルタンクが備えられ、そこから携行二十リットルポリタンクに移し替える。
移し替えるのだが、灯油を必要とする時期は冬季。
厳寒地の軽井沢では十一月でも氷点下十度を下回る事がある。
その中を携行ポリタンクを抱えて歩くのだ。
玄関から外に出て、灯油タンクまでたかだか数メートルだが、凍てついた風は容赦なく私の体温を奪った。
「雪の進軍氷を踏んで~♪馬は倒れる…捨ててもおけず…」
うろ覚えの軍歌を歌いながら、なんとか灯油タンクに辿り着く。
そして携行ポリタンクをセットして移すのだが、これにもまた時間が掛かる。
この間耐えきれず、家に戻って待つというのも、一つの手ではある。
だが、灯油を出しっ放しにしてそのまま忘れてしまい、百リットルの灯油を地面に吸収させるという苦い経験。
それは軽井沢のみならず、寒冷地ならではの「あるある」でもあった。
こういうただ待つだけの時間。
こんな時間に人は哲学者になるのだろう、と思う。
マンガや小説で伝え聞く話によると、男子は自慰行為をした後や性行為をしたあとに哲学者になると言う。
ホントだろうか?
ちなみに私は自慰行為をした後に哲学者になるなんて事は、ない。
ふと、私は今日の練習を振り返る。
その長門門司という先輩の第一印象は“デカイ、無愛想なヤツ”だった。
私の身長は中学三年生になっても百四十センチのままで、周囲からの「いつか大きくなる」という言葉も信じなくなった。
その私に対して頭一つ分以上大きい。
それはまるで“ヤツらに支配されていることを思い出した人類”みたいな衝撃。
そして無口で無愛想でコミュニケーション取れなくて。
なんでこんな人がカーリングやってるんだろ?だった。
そして次の印象は“この人、カーリング下手だなぁ”だった。
私達をカメラで撮影していた伊勢原真紀という先輩が言うには、この高校男子カー部(カーリング部の略)には長門先輩と山城先輩の二人しかいないらしい。
そしてこの二人も高校からカーリングを始めた様子で、お世辞にも上手とは言えなかった。
まともに教えてもらった事がないのかもしれない。
部活動と言ってもカーリングホールで行う活動は、校外活動となる。
そしてその責任者と言えば保護者会となるのが通例だった。
その為顧問の先生は存在するが、練習に顔を出さない顧問もいる。
そして顧問の先生にまずカーリングの経験者はおらず、練習は自主練習。
もしくは手が空いている時限定だが、地元の何らかのカーリング団体が指導にあたってくれる。
ただ、地元のカーリング団体はジュニアクラス等も指導しているので、当然ながら忙しい。
そして少人数で多人数を指導する関係上、どうしても一人一人に寄り添った指導は難しい。
ましてや一人一人の特性を把握し、長期的な指導をする事は土台無理な話だった。
場当たり的な指導になってしまったとしても、それを責める事は出来ない。
もう一人の山城玲二という童顔の先輩も、やはり長門先輩と同じくらいの…つまりは下手だった。
確かあの公立高校のカー部は私が小学生の頃は同好会だったはず。
私が小学生の頃は「地元の公立高校にカー部はない」と言われていた。
中学校までカーリングをやっていた者が、地元軽井沢の高校にカーリング目当てで進学するかというと、それはごく稀だと言える。
別の高校に進学した上で、エリートアカデミーやカーリングクラブのジュニア等の団体で続ける事が多い。
だから「軽井沢にある高校=カーリングが強い」は成り立たない。
まぁ最近では数年前に高等部が出来た私立学園のカー部が強いようだが。
あの先輩達はきっと、ろくな指導を受けていないのだろう。
先ほどは伊勢原先輩に「高校生達は下手」等と言ってしまったが…。
ほんの少し、二人の先輩に同情した。
二人の練習を見ていて一番厄介だと感じた事。
それは手で投げる癖がついてしまっている事。
この癖は最初期にカーリングを経験した際、いきなりゲームをやった場合に陥りやすい。
最初はストーンが届かない為、腕で調節してしまうのだ。
最悪なのは腕を一旦引いてから、反動をつけて投げる癖。
こうなると腕はブレるので、スキップの指示した場所とは全く異なる場所にストーンをリリースしてしまう。
はっきり言って、全くの未経験者にイチからカーリングを教える方が遥かに簡単だろう。
否、私が彼らにカーリングを教える事自体がそもそもあり得ない。
無駄な考えをしてしまった。
気が付けば二十リットルのポリタンクはほぼ満タンになっていた。
私は灯油タンクのコックを締め、ポリタンクを運ぶ。
これが情け容赦なく、重い。
そして帰り道もまた寒い。
本当にフォース等という力が使えたら、これくらいのポリタンクは楽に運べるだろうな、と私は考える。
もっとも、そんな力の使い道しか思い付かない私が覚醒するはずもないのだが。
…カーリングに使えたら便利かも。
そんな甘い考えが頭をよぎって、私はぶんぶんと頭を振る。
自室に戻った私は受験生らしくまずは机に向かう。
灯油ヒーターはすぐに部屋を暖めてはくれず、私は分厚い半纏に顔を埋める。
通常の靴下の上に毛糸の靴下を重ね、ボアのついたもこもこスリッパ。
それに半纏という出で立ちは、とても年頃の女の子には見えないだろう。
それがどうした。
女の子らしくしてたって軽井沢の寒さは防げないんだい。
私は誰にともなく呟く。
むふーっと息を吐き出すとまた、眼鏡が曇った。
しばらく参考書とにらめっこし、煮詰まった私は愛用のタブレットPCを取り出す。
どうやら二時間程は勉強していたようだ。
窓は結露で曇り、サッシに水溜まりを作っていた。
明日の朝には凍り付いて開かなくなっているだろう。
薄型のキーボードを展開し、操作を始める。
カーリング協会のホームページで「コーチ講習会のお知らせ」を見た事を思い出したのだ。
カーリング協会のホームページに辿り着き、募集要項を確認する。
条件は十八歳以上、カーリング歴三年以上。
しかも会場は軽井沢。
この他の会場は北海道だったから地理的には恵まれている。
今はもちろん年齢的に無理だが。
将来、地元の企業に就職し、カーリングのコーチをしながら生活する…。
うん、悪くない。
そんな事を私は考えた。
そうしたら、カーリング人口を増やす手伝いが出来るかもしれない。
自分でも意外なのだが、ひょっとしたら私は指導する側が向いているのかも。
私は一旦タブレットPCから目を離して、むふーっと息を吐き出す。
そして。
「っん~。…くはっ」
伸びをひとつ。
そして息抜きにゲームを始める。
最近巷で人気のある、筆やバケツ、エアブラシなど色を塗る道具をモチーフとした武器を使った四vs四の対戦ゲーム。
インクで色を塗りながら陣取り合戦のようにして戦う。
子供が水鉄砲を使って行う遊びに似ている。
戦争を題材とし、殺伐としたFPSとは違い、あくまでペンキの掛け合いなので雰囲気も悪くはない。
ゲームにログインし、対戦相手を待つ。
フレンドプレイヤーがいれば一緒にマッチングしたり、ボイスチャットしながらゲームをする事も出来る。
…生憎と私は野良プレイヤーだが。
マッチングが完了する。
どうやら相手は三名でチームのようだ。
プレイヤーの分身であるアバターを同じ衣装で揃えている。
一方こちらは四名だが全員ソロプレイヤー。
苦労しそうだった。
私が選択した武装はオーソドックスな水鉄砲型のライフル。
それと“カーリング・ボム”の組み合わせを使用している。
これはカーリングストーンの形をした爆弾で一定時間滑走した後に爆発する。
これは私お気に入りの武装だった。
ゲーム開始。
直後こちらのチームの二人が落とされる。
そのまま回線落ちする。
「根性なさすぎ」
本来であれば落とされても一定時間でゲームに復帰出来る。
だがあまりにも実力差があると、やる気をなくし、ゲーム中にログアウトしてしまうプレイヤーもいる。
こうなるとそのプレイヤーは復活しないので、戦力差は如何ともし難く、待っているのは一方的な負け試合だ。
いわゆる“捨てゲー”。
相手に余程の腕前の狙撃手がいるのだろう。
どこから撃たれているかも分からない。
この試合勝てないと悟ったのか、味方チームの三人目も回線落ちする。
これで一対三。
「…よろしい。本懐である」
私は腕まくりをして、舌でチロリと唇を湿らせる。
優勝など経験した事がない私は、いつも敗者だった。
カーリングでも何でも負ける事には慣れている。
だが敗者には敗者なりの楽しみ方というものが存在する。
敗北を経験しないで勝ち上がってきた者は、存外打たれ弱いものだ。
…私の友人(だと私は今でも思っているが)の機屋リューリ。
彼女はそんなタイプだった。
カーリング選手の両親を持ち、父親は地主。
彼女の家に何度も遊びに行ったがそれは贅沢な家だった。
おまけに母親がフィンランド出身で当然リューリもハーフ。
目付きはキツイが充分美人の部類だ。
一方の私は?
中学三年生で身長は百四十どまり。
胸だってブラのサイズはAのまま。
そんな身体で筋トレなんかするから、私の身体に色気など欠片もない。
何かに秀でているわけでもなく、家が金持ちでもないからカーリングでも遠征等には行けない。
私は“一流”にはなれない。
私は“物語の主人公”にはなれない。
…知ってるよ。
そんな事は。
…いかん。
泣けてきた。
これでグレずに暗黒面にも堕ちずに、ひねくれてちょっと腐ってはいるが(別の意味で)踏ん張っている私はエライ。
転んでばっかりだから起き上がり方も上手いぞ。
私はゲームの世界で相手プレイヤーに向かって呟く。
さぁ来い。
私を負かせてみせろ。
野山乃花は何度踏まれてもまた咲くけどな。