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9・死闘

 ゲームでは画面に入りきれないくらいの巨大ボスとして配置したが、ここまで巨大だという実感はなかった。

 だって、まだ俺たちは森側にいて魔女と接敵していないのに、視界に収まってないのだ。

 それが、地面に両手を叩きつけて暴れまわっている。

「これ、ありえないっショ……」

 頬を引きつらせてアキヤマ58が言う。

「マジでこれ作ったヤツ何考えてたんだよ……」

 すまんゴールデン。

 同感だ。

「クロスはどこだ!」

 ストリンドベリがひげもじゃの口を開いて叫ぶ。

 それで巨大さに飲まれていたことに気づく。

 ディレーキアの体が巨大すぎてよく見えない……!

 おそらく魔女の向こうにいると思うのだが、近づかないとわからない。

 いや、まだ彼女は無事なはずだ。まだ間に合う!

 こちらに大魔女が向かってこないということは、奥に別のプレイヤーがいるときの挙動設定だからだ――!

「俺が行く!」

 背中に止める声を聞いたような気がしたが、止まることなく走る。

 ディレーキアのローブは幾重にも重なって足元まで覆っているので、股下はぐれない。一応言っておくが、くぐったところで足が無から生えているだけで、下着はおろか腰すらも存在していない。見えるところだけ作る、3Dモデルあるあるだ。

 脇を一気に駆け上がる。足元にはキノコや木々が微塵に踏み砕かれているため、子どもの履くサンダルのように空気の圧を足裏に感じる。背景は見た目のイメージのみ伝えて発注していたが、実際に踏むとこういう感触なのか……と、そんなことはどうでもいい。

 余計なことを考えるな。集中しろ!

 クロスの命がかかってる!

 だが俯瞰はオンにできない。

 間合いを取らずに俯瞰などしようものなら、ディレーキアの巨体ゆえに余計視野が狭くなってしまう。

 そのディレーキアは喚き声を上げながら、掌で地面に叩き続けている。

 これはこの魔女の攻撃パターンの一つ。ライフが80パーセント以上残っているときに自分の正面に敵が接近した際に高確率で発生するもの。

「……クロスは正面にいる!」

 頭上でちらつく巨腕をかいくぐり、一気に前へ。

 瞬間、目に入ったのは、倒れている人影。自動車事故のように吹っ飛ばされて地面を擦り、そのまま遠くで倒れている。

 生きているか、ここからではわからない。

 意識を失っているだけかもしれない。

 だが、もし追撃されたら確実に死ぬ。

 本ゲームのモンスターは、プレイヤーのライフがゼロになっても、必ずしもすぐに攻撃を止めたりはしない。モーションによっては、あまりに不自然に見えてしまうためだ。

 つまり、このままだとクロスが追い打ちを食らって確実に死ぬ! あのジョブはボスクラスだと二撃食らったら死ぬ体力しかないんだ!

「こっちだ!!」

 俺はディレーキアの横っ腹を剣で斬り裂いた。

 ゴムタイヤにバットをぶつけたかのような、強烈な弾力。

 剣を振りぬくのがやっとで、あまりに力を込めるものだから、切っ先が抜けた際に体が持っていかれるような感覚すら覚える。

『オギャアアアアアアアアアアアアア!!』

 痛みに魔女が叫び声を上げた。怪獣の鳴き声のように聞こえるそれは、人間とは異なる言語という設定だ。だが、今はそんなことはどうでもいい。

 もっと集中しろ……!

 俺の方に気づいた大魔女は、両掌に光を集め出した。

 周囲に呪文らしき文様が帯状に現れ、その掌に集まっていく。

「おい、やべえぞ! 「煮えたぎる槍」だ!」

 背後で筋肉ゴールデンの叫びが聞こえた。わかってる!

 呪文が煮えたぎる36本のろうそくになって弾幕シューティングのように突っ込んでくる攻撃だ。

 安全地帯はない。全部見切ってかわすしかない!

 集中力が切れた瞬間に、一発くらい二発くらい、と連続ヒットでお陀仏という性格の悪い攻撃を、必死の体捌きでかわしていく。8、9……ろうそく表面で爆ぜるしぶきが肌を撫でて熱を感じるが無視して突き進む。15……16……。

 コイツをクロスから引きはがすどころじゃない。19……20……攻撃が凄まじすぎる。

 ゴールデンたちも近づけないだろう。22……24……。

 槍は放射状に飛ぶから離れればかわしやすい。だがそれだと追撃できず、連発されてしまう。26、27……引けない。

「あああああああっ!」

 35、36本目を前転で一気に回避。

 そのままの勢いでディレーキアの前に回りこむ。

「こっちだ!!」

 剣を振り回し、ディレーキアを引き付ける。こいつの思考AIは、もっとも近くで動く相手を優先的に追いかける。

 クロスが気絶している今、俺が引き付けておけば、ゴールデンたちがクロスを助け出してくれるはずだ。

 ディレーキアが髪の毛を針のように伸ばして突き刺そうとしてくる攻撃を、切り払いながら、奥のスペースへと誘導していく。ステージの最奥にはボス討伐後に高レベル武器がドロップする『剣の小庭リトルガーデン』のためにミステリーサークルのように開けた野――いわば空き空間がある。

 そこまで引きずり込めばいい。デフォルトのバトルエリアより狭く、戦うのは大変だがそんなこと気にしている場合じゃない。理論上、『剣の小庭』で全ボスを倒すことができるし、ゲーム内実績トロフィーでも「サークルクラッシャー」はその方法でしかとれない。

 大丈夫、テストプレイでは何度だってクリアした。俺を信じろ。俺は開発者だ!

 ディレーキアの呼び出す、ろうそくが頭にしだれかかったカボチャの怪物――ランタン・ランタンの群れをカチ割り、ディレーキアの足の小指に剣撃を叩きこんでいく。

 魔女め、痛かったらしく、まんまとオレに近づいてくる。小指と他の部位でダメージに差異はないが、気分は悪いか。

 上手く『剣の小庭』まで釣り出せたな。頼むぞゴールデンたち。

「――俯瞰、オン」

 意識を俯瞰状態にスイッチする。

 ミステリーサークルの上で戦う自分、そして画面の半分を占有する大魔女ディレーキア。

 さぁ、気合を入れろ。気合をいれてリラックスだ。

 なぁに、倒す必要はない。時間さえ稼げばいいんだ。

「ダンスのお相手してもらおうか、ma001」

 データ管理番号ma001――大魔女ディレーキアは竜を口からはみ出させたまま、怒りに燃える目で火の玉や煮えたぎるろうそくを次々と放ってきた。

 全部はかわしきれない。ダメージは蓄積していく。構うものか。死ななきゃ安い。

 かわす、斬る、かわす、斬る、斬る、危ない欲をかいた、痛い、かわす、斬る――

『ピギャアアアアアアアアアア!!』

 呪文の破壊力で地面が割れ、マグマが噴き出してくる。

 ダメージ段階で変わるステージ演出、早いな。

アイツの体力が半分以下になった時のはずだ。まだそこまで攻撃は――

……ああそうか、クロスも相当にダメージを与えていたんだ。

「すごい」

 思わず声を漏らしていた。

 本当にすごい奴だ、クロス。たった一人で、半分近くまでコイツの体力を削っていたのか。

 もともと死なせる気はなかったけど。

 でも、絶対に助けなくては、と心に誓う。

 斬る。突く。斬る。かわす。かわす。斬る。かわす。かわす。斬る。

 一心不乱だった。

 俯瞰する世界が白く見えるようだった。

 ああ、これは単なる疲労ではなくて、脳が俯瞰という日常には存在しない異常な処理負荷を抑えるために、他の処理をストップさせているのだ。

 色が消え、時間の感覚が消えていく。

 視界の端を筋肉ゴールデンが駆け抜けていく。いいぞ。クロスを助けてくれ。

 俺はコイツの相手をする。気を引き続けないといけない。

 おっと危ない、魔女の手の中で生まれた攻撃判定の広い「貫きの枯れ枝」攻撃がその枝を伸ばして突き刺そうとしてくる。細い枝は剣で切り払って、幹は体を回転させて前進すると同時にかわす。

 そうして飛び込んだ魔女の懐ではちょうど手が下がっている。よし、じゃあここを攻撃だ。

 一発、二発。大丈夫、ギリギリで三発は入るように作ってる。

 っと、痛いな。ああ、枝をかわしきれてなかったのか。脇腹が痛む。

 まぁいいや、耐えられる痛みだ。俯瞰する視界の端でアキヤマとストリンドベリが見えたから、俺にバフ(能力上昇)効果魔法をかけてくれたか、敵にデバフ(能力減衰)効果魔法をかけてくれたのか、あるいは両方か。

 ああ、楽しいな。

 攻撃と回避のバランス。気持ちいい。

 攻撃、攻撃、回避、攻撃、回避、回避、攻撃――

 ただ難しいんじゃなく、気持ちいいバランスを目指してきたんだ。

 タンタンタタタンタンタタンタン……

 こうもテンポがかみ合うか。

 ああ、俺が作ったんだから当たり前か。

 ダメだ集中しろ、斬れ斬れ。

 よーし、どんどん攻撃が当たるぞ。

 おっと攻撃だ。

 かわせかわせかわせ長いなかわせもう少し攻撃密度が小さくてもよかったかかわせかわかわせ――

「あれっ……」

 俯瞰画面の中で、誰か倒れている。

 ああ、「煮えたぎる槍」の33本目をかわしきれなかったのか。

 このままだと34、35本目が連続ヒットして死んでしまうぞ。

 起きろ。

 違う、ああ、あれは俺だ。

 倒れてるのは俺だ。

 道理で口の中に藁の味がすると思った。

 気づいてしまえば俯瞰はオフになる。

 反動なのか、急に頭の中でブリキのバケツが乱打されているような、激しい頭痛が襲ってくる。胃がきゅうきゅうと絞まり、吐き気がこみ上げてくる。

 なんとか顔を上げるが、正面にはまた呪文の帯を掌に集める大魔女。

 ああ、やばいなコレ。体力がもうない。

 これは死――

 と――

「っしゃおらァ!」

 黒髪色黒の大男が視界の端から猛スピードで突っ込んできた。

 その勢いで倒れた俺を吹っ飛ばして追撃を強引に断ち切る。転がるように、いや転がって吹っ飛ぶ俺。

 さっきまで自分がいた空間にマグマのように熱されたろうそくが2本突き刺さっている。

 おい、何をしてるんだ、ゴールデン。

 ダメじゃないか、クロスを助けないと。

「動くんじゃねえ! ヘイトがお前に向く! 筋肉ゥヘイトコントロォォォルッ!」

 ポージングを決めて魔女の注意を引くゴールデン。

 ヘイト? なんのヘイトだ?

 ああ、ボスのターゲッティング優先度のことか。ゲーム内用語じゃないもんな。

 いや、そんなことはどうでもいい。クロスのほうに行け。

 ……ダメだ。声が出ない。

 そうか、俺は「ショック状態」なのか。いつも1人でテストプレイしていたから完全に忘れていた。

 複数プレイヤーがいる際は、体力がゼロになっても即死にはならずに、一度だけ一定時間「ショック状態」で動けなくなるんだ。その一定時間内に仲間が回復してくれれば助かる。

 考えてみればクロスもそうだ。

じゃあ彼女は助かったのか。

 そう思った瞬間、金の長髪がはためき、軽装剣士の女性が飛びだした。

「もう、まだ動いちゃダメだってばっ!」

 小動物のようにトコトコ駆けてきたのはアキヤマだ。

「にゃっは・ふ~!」

 手に捧げ持つ杖が赤と青の二重の魔法陣を描き、軽装戦士の足に青、大剣に赤の呪をまとわせる。ダブルスキル――ゲームでは高度なコマンド入力を必要とする同時発動技だ。こんなに慌ててる中でサラッと使うなんて、やっぱりアキヤマはすごい。

「こうなったらもう倒すっきゃないヨ☆」

「ん」

 振り向くアキヤマの視線の先には毛玉のようなストリンドベリ。

 彼はトネリコの杖に緑色の魔法を集中させて、蛍の群れのように拡散させた。緑の小さな光球がディレーキアにまとわりついていく。

 敵の防御力を減衰させる「蛍舞い」だ。

 その光の群れを押しのけるように金髪の軽装剣士が大剣をディレーキアの足の甲に突き刺す。

 大魔女が恐竜のような鳴き声で呻く。

 怒り狂い、振り下ろした掌を受け止めたのはゴールデン。

「おおおっ! 筋肉ガードッ!!」

 非魔力攻撃に対するジャストガード。特定のタイミングでガードすることでダメージを無効化して相手に隙を生む技だ。力士の基本スキルだが、非常にシビアなタイミングであり、成功させたことより大魔女相手に仕掛けた度胸がすごい。

 ゴールデンが腕を受け止めたことで、それは伸びきっていた。

「もらったっ!」

 軽装剣士はその腕の上を駆けがっていき――

「うああああああああああああああああっ!!」

 魔女の胸目掛けて大剣を突き刺した。

「おおおおおお、いい場面☆ ああもう、配信したかったあああああああああ!!」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』

 ディレーキアの断末魔がアキヤマのアレな叫びと混じって森を揺らす。キノコの胞子が吹き上がり、タンポポの綿毛のように森から吹き上がった。

 それが奥まったここまで飛んでくる中、ふわりと降りてきたクロスは、やっぱり女神のように、美しかった。

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