8・竜喰いの魔女
魔針体が支配するエリアはピザのようにカットされた領域だ。
それが12個ならぶことで円形に世界を形作っている。
それぞれの境界線は黒い半透明の壁によって遮られており、魔針体を倒すと、文字盤として見たときに時計回りである右隣の壁のみ消滅する。
そのため、クリア前のエリアへの侵入はサイドからは出来ない。
真正面から突破することになる。
逆に言えば、真正面からならどの順番でクリアしてもいい。
よく攻略動画などでも「逆打ち」と名付けられた反時計回りの攻略が公開されている。あるいは、12時から攻略して1時に横から入るというシステムの裏をかいた「殴り込み」も人気がある。
話が逸れた。
とにかく、クロスが10時の魔針体に挑むなら、それは正面突破しか有り得ないということだ。
だから俺たちも急いで正面に向かった。
各エリアの正面は、『等しき地』から任意の時方向に行けばすぐにつく。
そこは黒い壁が扇型の先端部分をカットした形で覆っており、ちょうどショートケーキのザッハトルテを一口食べたような形状だ。そのせいで動画サイトなどでは、エリアに入ろうとするだけで「飯テロ」とか「ザッハトルテ買ってくる」といったコメントがつく。
そんなザッハトルテの前面には、それを断ち切るように巨大な剣が落ちてきており、剣によって切り裂かれた断面からエリアに侵入することになる。
「足跡は続いてんな。やっぱアイツホントに中に入ってるぞ」
ゴールデンがザッハトルテ奥の地面を指して言う。
大魔女ディレーキアの支配領域はキノコの森だ。
大量の胞子がタンポポの綿毛のように飛び交い、足元は大小さまざまなキノコが生い茂っているが、食用には適さない……というか全部毒キノコである。
ディレーキアを倒さない限り、この毒キノコだらけの森は浄化されない。逆に倒してしまえば全部食用キノコに変わる。設定上はマツタケやトリュフもたくさん置いているので、そういう意味では生身でこの世界に入っている以上、ここが浄化されるメリットはでかい。
クロスが称賛を得ようとするなら、確かにここは最適かもしれない。
「わかってると思うが、「順打ち」じゃねえから武器のランクが追いついてねえ。ここは力士のオレが前に出るぜ」
ゴールデンの言うことは一理ある。
武器はこの世界の至る所に突き刺さっている剣だ。それをプレイヤーは好きに拾って使うことができる。
ただ、武器のランクは12時に向かうほど強くなる。
そして、それぞれエリアの中でも高ランク武器は、ボスである魔針体を倒した奥に存在しているのだ。
つまり、今の俺たちは相当に格落ちの武器を手に戦う羽目になる。一応、道中に落ちている剣の中にはそれなりに性能が高いものもあるし、時間こそかかるが初期装備でも勝てるように作っているので、完全に詰むようなレベルデザインにはなっていない。だからこそ「逆打ち」が出来るわけだ。
とはいえ、10時ともなると敵の強さは苛烈。
確かに力士は「逆打ち」最適解だし、頼りになる。
力士は剣を装備できない代わりに、攻撃力が最初から高めに設定されている。
そしてクリティカルヒットが出れば相手の防御力を貫通する。クリティカルの出やすさは、相手の弱点に正確に命中した際に、確率で計算される。その計算式は、モンスターを倒した数やその強さの累積値で基本値を上昇させるものだ。つまり、歴戦の力士ほど同じ素手でも強力な攻撃を放つことができるようになっていく。
ゴールデンは、よほど戦闘経験を積んでこの基本値を底上げしているのだろう。
「マッソーーー!!」
10時エリアだというのに、敵を簡単に蹴散らしていく。
ストリンドベリの支援魔法が非常に有効的なのもある。
彼のアバターは髭に埋まっていてジョブがわからなかったが、実際にはドルイドだったのだ。
ドルイドは女性しかなれない魔女に対して、男性にしかなれないジョブとして用意してある、表裏一体の職種だ。
魔女が攻撃補助を得意とするなら、ドルイドは防御補助を得意とする。
ストリンドベリの老獪なフォローで、ゴールデンは適宜スピードアップやディフェンスアップの魔法によって強化されていく。
「にゃっは・ふ~☆ どうヨ~あーしの後方軍師面ムーブ☆ あー聞こえるわ。再生数がガンガン上がっていくカウンタの音☆ いや、配信してないんだけどネ☆!」
アキヤマが一人ノリツッコミしながら胸を張るが、確かに的確な支援だ。
支援効果が切れる直前に重ね掛けして、MP(魔法力)を節約しつつ、味方を危機にさらさない。 流石は『ガーデン』のトップランカー。
俺も負けていられない。
俯瞰、オン。
自分の脳内のスイッチを切り替える。
まさに鳥になって後方の空から自分の背を見下ろしている感覚。
正面には、キノコ人間マタマタタンゴが三体。全身からキノコを生え散らかした木人であり、ボクサーもかくやというパンチを放ってくる強敵だ。熟練のプレイヤーでも囲まれればゲームオーバーになる。
そのマタマタタンゴをステップで同一射線上に誘導。
一体を壁とすることで実質的な一対一を作り出す。
そうなれば後はカンタンだ。
コイツのモーションから猶予フレーム(隙)から全部頭に入っている。
腕を振り上げたら、ここは待ち。攻撃は一発入るくらいの猶予フレームは設けているが、トドメでない限りは反撃をくらってしまうタイミング。
バックステップで振り下ろしを回避すれば、更に相手の隙が大きくなる。そこに剣を胸目掛けて突き入れる。
急所にヒットしたマタマタタンゴが、ゴムを焼いたような悲鳴を立てた。刺している間はダメージが継続するからほとんど仕留めたようなものだが、コイツの後ろにはまだ二匹いる。
よく見てみれば、更にその後ろは沼があった。実はそこは浄化後の泉に当たる場所なのだが、今は紫色で泡立つ不潔な水が溜まっている。沼の幅は20メートルほどで汚染物質は滞留しているが、浄化後は正常な小川まで出来るようになっている。
「ラッキー!」
急所命中で硬直している一匹目に体当たり。
「ゴールデン! 押すのを手伝ってくれ!」
「お、おう! 筋肉の活かし時だぜ!」
ゴールデンの力を借り、二人で体当たり。
吹っ飛ばされた一匹目が、後ろの二匹を巻き込んで沼に落ちて行った。
三匹はもがくがすぐに沈んでいった。さながら蟻地獄に吸い込まれる蟻だ。
ちなみに、ここに敵を突き落とすとゲーム内実績トロフィー「ホールインワン」がもらえる。
この実績トロフィーはプラットフォームの機能であり、ゲーム自体の機能で表示しているわけではない。つまり、ゲーム機側の機能を使って実績というのは運用されているわけだ。
ポコッと実績トロフィーがポップアップしないあたり、プラットフォーム系の仕組みは再現されていないらしい。あくまで俺の作った範囲の再現ということだろうか。
この辺、突き詰めて考察したいところだが、その余裕もない。
10番目のエリアにふさわしい敵のラッシュ。虫や獣が次々押し寄せる。
巨大な毒蛾が襲ってくるのでジャンプして上から切り伏せる。コイツは弱いが下から攻撃すると毒の鱗粉をまき散らす。上から倒すか遠距離攻撃がベスト。
返す刀で横に迫っていた白い猿を斬り、そのまま剣を足元に盛り上がってきた土を突き刺す。
すると、角のあるモグラが飛びだして来るので、そいつごと串刺しにする形で猿を貫く。猿とモグラの絶命を確認して剣を引き抜いた。
「ふぅ……」
ようやく敵の攻撃がひと段落した。
流石に敵が無限湧きして押し寄せるレベルデザインにはしていない。敵のリポップはボリューム(特定範囲)の切り替え時に起こるから、その内部的な切り分けを覚えていれば、敵の追撃を発生させず休憩ができる。
俯瞰をオフにする。
頭痛がし始めていたので、いずれにせよ休憩は必須だった。
「アンタ……ほんと、めちゃくちゃ強ぇな……そんな筋肉も多くねえのに」
呆けた顔で肩を叩いてきたのはゴールデン。
「ねー。こんなに上手かったら、あーしも商売上がったりヨ。……ホント、あーたが配信者じゃなくてよかった……っていうか、あーた、動きがゲームそのものじゃないのヨ? ホントはゲーム再現してみた系の動画配信者なんじゃないの?」
困り顔で言うのはアキヤマ58。
「違う違う……」
自分を俯瞰で見ながら操作しているイメージだと伝えたら、真剣に驚かれた。
この世界にきた人間だったらみんな出来るというような類でもないらしい。
まぁ、多用すると頭痛がひどいし、やらずに済むならそれにこしたことはないだろう。
「それより、クロスはどこまで行ってるんだろうな?」
10時エリアは、主に二通りのルートがある。
敵は少ないが遠回りのAルート、敵は多いが近道のBルート。
俺たちはBルートを選んでいた。
これは、もしBルートをクロスが選んでいた場合、こっちからでないと合流に時間がかかりすぎることと、仮にAを選んでいたら先回りできるためだ。
「こりゃ、Aから行ったのかもしれねえな。全然姿が見えてこねえ」
キノコの森の奥を手で双眼鏡のポーズをとって見つめてから首を振るゴールデン。
「かもネー。だったら先回りもできそうかな☆」
「どうだろうね。あの子の性格だ。脇目もふらずに一気に森を抜けているかもしれない」
「きょ、きょうは妙に喋るんだな、ストリンドベリ」
「普段は僕がしゃべるまでもないということだよ。それより、先を急ごう。先回りできるならそれに越したことはないだろうからな」
ストリンドベリの真剣な物言いに一同が頷いた、その直後――
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
森を揺るがす咆哮。
羽根を持つ幸運な虫たちが一斉に飛び去る。地を這う虫や獣たちも、慌てて入り口方面に逃げていく。
「おいマジかよ……!」
ゴールデンの言葉に全面的に賛成。
あの咆哮は、ボス戦開始の合図。「竜の叫び声」だ。
「いくらなんでも早すぎる! すぐに酒場を出て追いかけたんだぞ!」
俺が作ったゲームだ。
どれが最短ルートかなんかわかっている。
だが、こんなにボスに早く着くことなんて有り得ない。
そこで「あっ」と声を出したのがアキヤマ58。帽子が浮かぶほどの驚きぶりだった。
「そーいえば、クロスって確か、このステージの最短記録持ってなかったっけ! ほら、あの沼にモンスター落としてその上を走っていくやつ!」
「あっ!」
今度は俺が声を上げる番だった。
確かに、その動画は見たことがある。
想定していないショートカットだったが、バグではないし、再現性がほとんどなかったので気に留めていなかった。
複数のモンスターがちょうどいい場所に落ちないと成立しないうえに、沈むまでの時間が短く、タイミングが非常に難しい。どうしても運が最後まで絡むテクニックなのだ。
ちょっとでもミスしたら、すぐにゲームオーバー。
ミスが本当に死に繋がるこの世界で、そんな命知らずの行動をする人間がいるなんて想像だにしていなかった。
「何でそこまでするんだ!」
わけがわからないが、休んでるわけにはいかない。
俺だけでなく、全員が一斉に走り出した。
足が折れてもいい。
とにかく間に合ってくれ――!
そうして駆け抜けた森の先、開けた平野――正確には踏み潰されて圧縮された大地――に、それは居た。
「……!」
これほどか。
初めてディレーキアを生で見た感想はその一言だった。
蛇がネズミを丸呑みにする映像を見たことがあるだろうか。
そのネズミが竜で、丸呑みにしているのがディレーキアだ。
ボス戦開始時に聞こえる「竜の叫び声」とは、開始デモで、まずボスのように現れた竜を、後から降ってきた魔女が丸呑みにした際の断末魔なのだ。
ティラノサウルスほどもある竜が丸呑みにされようとしているので、魔女の喉がカエルのように膨らんでいて、口の端から見えている竜の首が苦悶の叫び声を上げている。
黒いレースが重なった、巨大なアミガサタケのようなドレスの上に、枯れ木のような髪がばらばらとしだれ下がっている。こちらに気づいていないので横顔しか見えないが、いかにもというワシ鼻が 魔女であることを強烈に主張する。
何より特徴的なのはその体格。
体長18メートル。そう聞くと小さく見えるかもしれない。
実際、それは人間の10倍のサイズであり、テレビアニメの人気スーパーロボットと同じサイズだ。人間なんか簡単に踏みつぶせるサイズなのだ。
巨大すぎる。