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7・偽り

「俺は……」

 一瞬、迷う。

 だが、やはりシグマを使うべきではないだろう。

 ただ、呼ばれたときすぐ反応できるよう、大きく変えないほうがよさそうだ。

「俺は、マグマだ」

「へぇ、いい名前じゃねえか」

「マグマ……ナ~」

 じい、とアキヤマが射るような視線を向けてきた。

「首狩りサンシャインを倒すほどのプレイヤーなのに、全然聞いたことないんだけど、そこんとこドーヨ?」

 ……鋭い。

「俺がここに来たのは2週間くらい前だからな。知らなくても不思議じゃないさ」

「……ほー、まだ新人が召喚されてたの? とっくに打ち止めだと思ってたけど……だとしてもいきなり魔針体を倒せるプレイヤーなんかよっぽどの上位プレイヤーだと思うんだけどナー」

 アキヤマの声にはやや疑いの色があるが、俺は別の事を考えていた。

 彼女たちが召喚されたのは、リュウズが言っていたように3カ月ほど前のはずだ。

 だが、アキヤマやストリンドベリのような有名プレイヤーのSNSアカウントが停止したという記憶はない。

 特にストリンドベリのツイッターはよく確認していたから間違いない。

 少なくとも、俺と彼らがこの世界に取り込まれたのは、最大でも半日くらいのラグしかないはずだ。

 ここと現実とで、時間の流れが違うということだろうか……?

「ん☆ どったの?」

「あ、いやすまん。少し考え事をしていた。俺が知られていないのは……単に俺がオフライン専門だったからだろう」

 『ガーデン』はオフラインでも遊ぶことが出来る。オフ専のプレイヤーもそこそこ多いゲームだ。

「ふーん、そういうヒトもいるっちゃいるよネ~……ってかあーしより強いプレイヤーがいるとかフツーに困るんですけど。主に再生数的な意味で」

 ボソッと呟いたその声は、妙にリアルだった。

「……正直、今回のはマグレみたいなもんだ。再現性はないだろう」

「ふーん、アヤシー……でももしホントは有名配信者とかだったらコラボよろ~☆ 最近、放送もマンネリなのよね……早くver.300出ないかにゃ~」

「は、はは……」

「おいおい、んなことより、本題に入ろうぜ」

「あ、そうだった。単刀直入に言うナ? あーしたちのパーティ『ガーデナー』の仲間にならない? ないない?」

 舌っ足らずな口ぶりで、アキヤマ58が言う。この喋りも人気の理由の一つだったように思う。

 それはともかく……仲間か。

 悩みどころだ。

 正直、他の人間を命の取り合いに巻き込みたくない。

 だが、後半の魔針体は、複数人で戦うほうが楽な敵も多いのだ。

「ガーデナー……?」

 考える時間が欲しかったので、とりあえず適当な質問をする。

「深い意味はねぇよ。このゲームにゃパーティ名をつける機能はないからな。ただ便宜上パーティ名がねえと困るんで、つけた名だ。『ガーデン』だから『ガーデナー』。簡単だろ」

「なるほど、パーティー名か……」

 これは盲点だった。

 自分がソロばかりだから気づかなかったが、パーティ名を決める機能があってもいい。

 もし戻れたら追加を検討しよう。

「アンタが『ガーデナー』に入ってくれるなら助かるんだが」

「なぜ……俺が?」

「わざわざ説明するまでもないだろ。魔針体を倒せる人間なんかそりゃ仲間に入れたいだろうよ」

「魔針体たちの討伐は、チームでやってるのか?」

「そりゃ、そーでしょ。ゲームと違ってエリア人数制限はないんだし、人数が多いほど有利になるじゃないかヨー☆」

「まぁ、確かにな……」

 ゲームはあんまりMMORPGのように、パーティ前提にはしたくなかったので、助っ人として別プレイヤーのエリアに入れるのは同時に2人までに制限している。つまり最大3人プレイを適正人数だと定義した仕様だ。

 あくまで個人のスキルアップがゲーム攻略の楽しさに繋がるようにしたかったのだ。

 ただ、時々、期間限定イベントで全員参加型の討伐クエストをすることはあり、システム上多人数プレイが不可能というわけじゃない。普段はふさいでいるだけだ。

 何にせよ、適正人数が1~3のゲームで、多人数で戦えるのは圧倒的に有利だろう。

 戦略としては理に適っている。

 理には適っているが……。

「あーしたちも、『ざらざら石』と『サテライトモルフォジオ』の討伐には参加したのナ☆」

 『ざらざら石』は3時の、『サテライトモルフォジオ』は4時の魔針体だ。それぞれ、巨石に四本足が生えた妖怪チックなゆるキャラ風味のボスと、美しい青の羽根を持ち毒鱗粉をまき散らす蝶で、飛行タイプのボスだ。

 どちらも巨大エネミーだし、多人数プレイで戦うのに向いている。

「まぁ、流石にボスと同時に戦うのは10人未満だったけどな。ゲームと違ってフレンドリーファイアしたら人殺しになっちまう。アタッカーを交代しながら、ちくちく削ってたってわけだ」

「そういうことか。だから首狩りサンシャインはまだ倒されていなかったのか。あれはバトルステージが狭いから……」

 首狩りサンシャインのいる『狭き谷』はその名の通り道幅の狭い渓谷だ。

 そのため、ソロプレイに向いている。

 これは、助っ人ばかりに頼って欲しくないので、中盤に1人で挑むボスを配置したかったため、そういう仕様にしている。

「そ☆ ぶっちゃけアイツは飛ばして、6時の『アンフィスバエナヴェロキラプトル』討伐を進めてたんだけど……こっちも上手く行ってなくてネー……」

「アキヤマほどのプレイヤーでも苦戦してるのか?」

「あのねー、これがゲームだったら誰にも負けない自信はあるヨ? 制作者にだって負けないつもり☆ でも、カラダ動かすこと自体向いてないのナー。それに一発死だけはイヤだしナ~。……ってか有り得んでしょ、即死とか」

「はは……そうだな」

 彼女の言い分は正しい。

 自分が体を動かす以上、向き不向きはあるし、命がかかっている恐怖心はある。

 俺も慣れたつもりだが、未だにあのストーカークラブのハサミが夢に出てくることがある……。

「そこでオレの出番ってわけだ。オレァ言っちゃなんだが、ゲームはあんまりやらねえ。ちょっと気分転換にやったこのゲームに取り込まれちまったが、プレイヤーとしての経験は全然だ。だけどよ、現実で鍛えてたおかげで、体動かすのには慣れてるからな」

 そうか。俺はゲームの腕ばかり考えていたが、ここだともともとの体術やスポーツ経験も重要になってくるわけだ。……俺自身は学生生活の大半が帰宅部だったが……。

「力のゴールデン、プレイスキルのあーしって、なかなかいいパーティでしょ? おまけにストリンドベリがいるからね。援護はもちろん、ゲームのバグを上手いこと利用して有利な立ち回りを教えてくれるのナ☆ ……リアルだったらバグ使うのとか邪道だけど」

 は?

 いま、何と言った?

「バグを利用……?」

「にゃっは・ふー! そうなのナ。当たり判定の抜けとか、ゲームのまま残ってるのヨ☆」

 ちょっと、待て。

 だとすれば、『神』とやらは、本当にゲームの仕様まで取り込んで世界にしたってことか?

 全知全能とは……違うようだ。

 もしそうなら、バグなんか消して世界を作るはずだ。

 いや、あるいは、バグすらも再現してしまう完璧主義者か……?

 これは、重要な情報な気がする……。

 それはそれとして、バグを利用されてると言われるのは、開発者として恥ずかしい……。

 本来取り去ってないといけないものだからな……。

 まぁ、残ってるものがあるのも把握してるけど……。ここまで複雑化した現代のゲームでバグを完全にゼロにするのは、現実的じゃない。

「とにかく、魔針体を一人で倒すような強者がいるんなら、仲間にしない手はないわけだ。オレたちは攻略を諦めてないからな。……向こうでやることも残ってる」

 オレたち、ということは、諦めている者も少なくないということか。

 命がけで攻略してまで帰りたいと思わないのは自然だ。

 だからこそ、魔針体が倒されてこれだけ大騒ぎになるのかもしれない。棚からぼたもちの最たるところと言えるだろう。

 アキヤマたちはそうでないからこそ、必要以上に大騒ぎしていないのだ。

 だとしても――

「……考えさせてくれ」

「ふぇ☆ ……それマジで言ってる?」

 面食らった様子の一同。

「なんでだ? 悪い話じゃないと思うぜ。こう言っちゃなんだが、オレらより腕が立つグループもねえと思うし、本気で脱出したいんなら一択だろ」

「他人を巻き込みたくない」

「あ? そりゃどういう意――」

 と、ゴールデンが言葉を言い切る前に、割って入る影があった。

「おたんこなすびっ!」

 その人物はテーブルに両手をドンと乗せ、俺を睨みつけて来た。

 吸い込まれそうな青い瞳。

 酒場のランタンの灯りに当たって光を散らす金色の髪――

「アタシたちじゃ力不足って言いたいワケ?」

 †クロスファイア・クロス・クルセイド†が、怒りに顔を染めて、そこに居た。

 そうか、もう一人居ると言っていたのは、クロスのことだったのか。

 考えてみれば、アキヤマほどではないにしろ、クロスも有名なプレイヤー。組んでいてもおかしくはない。

 それはともかく誤解は解きたい。

「いや、そういう意味では……」

「じゃあどういう意味?」

「それは……」

 よく考えたら、巻き込みたくないというのは俺が制作者だからだ。

 でも、それを言うわけにはいかない。

 しまった……どうするか。

 悩んで無言になった間を肯定と捉えたらしい。

 クロスは顔をより茹でダコのように真っ赤にしていた。

「魔針体を倒したからって調子に乗らないで! 首狩りサンシャインくらい……アタシだって倒せたし!」

「お、おい、やめねェかクロス……」

 ゴールデンが止めに入ろうとするが、彼女は冷静さを完全に失っていた。

「だったらアタシは……10時の魔針体・『竜喰いの魔女ディレーキア』を倒して見せるわ!」

「は?」

 俺だけではなく、他のパーティメンバーもその発言に固まった。

 ディレーキアは大魔女とも称される大型ボスで、殺意の高い攻撃を次々に繰り出す。

 ソロでの討伐はゲーム中でもトップクラスに困難な魔針体だ。

 実を言うと、11時の魔針体である『絶対騎士アルヴァレンティン』より強くなってしまったパラメータ設定ミスの産物だ。

 だが、その高い難易度がウケたので、今日に至るまでその凶悪な性能は据え置きにしている。

 終盤最大の壁が『竜喰いの魔女ディレーキア』なのだ。

 軽装剣士では二発攻撃を食らっただけで死んでしまう。

「待て! 自殺行為だ!」

「そうだぜ! 何を張り合ってやがんだ! お前だって2時の魔針体を倒しただろうが!」

「う、うるさい! 黙って見てて! そんなおたんこなすびより役に立つって、証明してみせるから!」

 こちらの制止も聞かず、クロスは踵を返して雑踏の中に飛び込んでいった。

「あ~! もう! 何やってんだよ! アイツには相談してなかったけど、別に悪い話じゃねぇだろ……ガキじゃあるまいし」

 頭を抱えるゴールデン。

「……子どもなのかもしれないよ」

「あ?」

 そこで初めて毛玉――ストリンドベリが口を開いた。

「僕らは見た目こそゲームキャラだがね、中身は小学生かもしれんじゃないか。あの子にとって、パーティのエースというのには、それだけ思い入れが強かったのかもしれない」

 さぁ、と立ち上がるストリンドベリ。

「ダダっ子を迎えに行ってやらねばならんだろう。帰って来ない子を見るのはもうたくさんなのでな」

 その言葉には、言いようのない重さがあった。

 ストリンドベリの人生に何があったのか、余人にはわからない。

 それにそれを聞いている時間もない。

「よし、追いかけるぞ」

「え?」

 ゴールデンとアキヤマが目を丸くした。

「来てくれるのか?」

「そりゃあ、行くだろう」

 人の命がかかっているんだ。

 それも、俺の『ガーデン』を遊んでくれているプレイヤーだ。

 俺が行かなくてどうする。

「ありがてえ、助かるぜ!」

 クロスを追いかけて俺たちは駆けだした。

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