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6・酒場

 酒場。そこは西部劇に出てくるような、バーカウンターとテーブルに加え、バルコニーのようにせり出した二階席からなる大型の木造建築。

 それはゲームにおけるオンラインロビーのようなスポットだ。

『等しき地』はゲームの中でももっとも大きいエリアであり、召喚時に最初に呼び出される草原だけではなく、ゲーム中で唯一、『町』が存在する。特別な名前はない。一つしか町がないので、差別化名称が必要ないのだ。

 この町は12時方向全てに大通りがあり、その両脇を民家が埋めている。無数の小路で別の大通りに行くことは容易だが、基本的にはさほどどの通りも変わらない見た目だ。

 特別な施設としては、教会と宿屋、それに鍛冶屋と酒場が存在する。

 民家についてだが、ゲーム都合でほとんど人の姿は無い。一番大きなエリアということもあって処理負荷が高く、処理落ちしかねないので、モブをあんまり出せなかったのだ。

 ゲームで想定していない規模のプレイヤーがいる現在、彼らは宿屋には入り切れないので思い思いの空き家に住んでいるようだ。ケガの功名か。

 さて話を戻すと酒場である。

 ここは、魔針体と戦うプレイヤーたちが集まる場所だ。

 本ゲームではチャット機能は採用していないので、オンラインロビーと言っても交流は限定的だ。

 そうしている理由は二つあって、一つはボイスチャットなどでコミュニケーションを密に取りながら遊ぶゲームは他にいくらでもあり、そこで業界をけん引する横綱と勝負するメリットはないこと、もう一つはプレイヤー本人の力量でクリアする醍醐味を味わってほしいので他者とのかかわりを限定的にしているからだ。

 そのためこのオンラインロビーは、どちらかというと救済措置としての意味合いが強い。

 どうしてもクリアできないプレイヤーは、酒場の掲示板に救助依頼を出して冒険に出る。

 するとそれを見たプレイヤーが、そのエリアに助けにいくわけだ。

 ゲーム的な視点で言えば、フレンドのエリアコードを掲示板から取得して、そのエリアを訪問することになる。

 まさに助っ人であり、その助っ人がなんでもかんでも指示してしまうとプレイの楽しみもなくなってしまうから、チャットを実装しなかった。

 この仕組みは、パーティプレイには不向きだが、シャイなプレイヤーに好評で、おかげでプレイ人口が増えた面もある。

 で、『ガーデン』はプレイヤーごとに12の魔針体が存在している処理であり、誰かがそれを倒したからと言って、その魔針体が別のプレイヤーのゲームから消えることは無い仕組みになっている。

 そういう意味では、ゲームにおいて各プレイヤーの世界を共有しているのは、酒場のみと言えるかもしれない。

 ただ、この世界では少し違う。

 先ほども言った通り、プレイヤーは空き家に住んでいて、酒場以外の世界も共有している。

 だから魔針体は誰かが倒せばいい。

 誰だって、できれば命はかけたくない。

 しかし、『ガーデン』は魔物が存在するだけで汚染区画が増えていき、それは魔物の血でしか清められないから、座しているだけではジリ貧になってしまう。

 魔針体を倒せば、その区画の汚染度は一気に下がり、安全性は高まる。

 それでもその状態で放置していると隣接するエリアの汚染度が拡大し、生存可能域が減ってしまう。汚染度が上がれば食物などの物資は手に入らなくなってしまう。

 ゲームの中ではなくゲームを模造した世界であるここでは、腹は減る。

 ほとんどフレーバー的要素として用意していた食事システムが、生存に直接かかわってくるわけだ。

 しかも、文字盤の中央にあたる『等しき地』は基本的に安全エリアだが、その円形の面積は汚染度に比例し増減するから、最悪の汚染度だと酒場や教会などのユニーク建築物の中以外全てで敵が出現し始めてしまう。

 汚染は反時計回りに進行するから、次のエリアを攻略することが一番の安定となる。

 つまり、現状維持をするためであっても戦わざるを得ない。

 それでも他人にそれを任せて戦いを拒否するプレイヤーはいるだろうが……

 いずれにせよ、現状の攻略度はしばらく停滞していたらしい。

 そのため、俺が魔針体討伐をしたことが知れ渡ると、酒場では大騒ぎになっていた。

『ガーデン』では蜂蜜酒がメインだ。蜂蜜に水を混ぜるだけで勝手に発酵してアルコールになる蜂蜜酒は、疲弊した世界観に合っていると思ったからそう設定したんだった。

 そんな蜂蜜酒をがぶ飲みして、百人近い人間が大騒ぎしている。

 酒場の広さはライブハウスを参考にして制作したから、物理的に入れるのはわかっていたが、これはカオスだ。

 大量の戦士たちが入り乱れて酒を浴びるように飲んでいる。キャラメイクで美男美女以外を作る人は少ないから、美形だらけで非現実さが増している。パリコレが飲み会になったような有り様だった。

「英雄にカンパーイ!」

「おおー!!」

 なんて勝手に盛り上がって大騒ぎだ。

 逆に言えば、それだけ事態が停滞していた証明だろう。

 無理やり酒を飲まされそうになるが、それには辟易して逃げ出す。

 ボス戦での俯瞰の使い過ぎでまだ頭がくらくらしているのだ。酒なんて冗談じゃない。

 何より、こういう陽のオーラは苦手だ。ずっと一人で生きて来たしな……。

 幸い、シグマの見た目は、デフォルトに近いシンプルなものだ。他にもキャラメイクにこだわりのないプレイヤーはいるから、人混みに紛れれば逃げられる。

 ゲームだとプレイヤーネームが頭上にずっと出ているが、ここだと流石にそれはないようで……俺が魔針体を倒したなんて言わなければよかったと後悔している。言わなきゃこんなことにはならなかったし。

 ただ、俺が制作者の童時雨磨だというのは言っていない。

 俺が彼らを閉じ込めたわけじゃないが、『ガーデン』で命のやり取りをさせられているのだ、制作者なんて殺しても殺したりないだろう。

 少なくとも、ラスボスを倒すまでは明かすつもりはない。

 とにかく、目立つのを避ける意味でも、早く脱出したかったが、入り口の前には集団がたむろしているので、落ち着くまでは無理そうだった。

 仕方ないので酒場の奥の、人の少ないテーブルがある方へ向かっていく。

「よう」

 すると、そのテーブルから手招きされた。

 俺に声をかけたのは首がないくらい筋肉ムキムキで黒髪の短髪、色黒の大男だった。見た目としてはラグビーの外国人選手が一番近い。

 ジョブとしては力士になるだろう。力士はver.2.00からの追加ジョブで、もともと鎧剣士と軽装剣士の二種類しかなかったver.1.00から、大幅に増やした職種の一つだ。『剣の庭』にあって、素手で戦う特殊なジョブだが、そのぶん攻撃力は折り紙付きだ。

「よう、ってば」

「俺に用か?」

「ああ、用だ。まぁ座んなよ」

 ここで断っても面倒なことになるかもしれない。

 促されるままに空いた椅子に座って、改めてそのテーブルを見てみると、座っているのは大男の他に2人だった。不思議なメンツ、というのが正直な感想だった。

 統一感がないというか、クセのあるキャラメイクをしている。

 一人は、毛玉としか言えない、ひげの塊。キャラメイク時に設定できる髭と髪の毛の量を最大にしているのだろうが、もう人間に見えない。これではジョブすらわからない。

 魔女のコスプレをした小学生……といった風体の人もいる。ぶかぶかの帽子とローブをまとっているが、これはキャラメイク時の身長のゲージを最小まで設定した結果だろう。

 こちらのジョブはわかりやすい。間違いなく魔女だ。

 魔女もver.2.00からの追加ジョブで、多彩な魔法を使えるが、攻撃力は低いので上級者向けだ。実装意図としては、クリア後の2週目と、別プレイヤーの救助要請をサポートしやすい支援型のジョブとして設けたものだ。

 いずれからも受ける印象としては、上級者の風格があった。

「あんただろ? 首狩りサンシャインを倒したのは」

「……ああ」

 嘘をついて揉めるのも避けたい。トラブルを解消できるようなコミュニケーション力はないからな……ここは素直に答えておいた。

「オレァ、筋肉ゴールデン」

「え?」

「筋肉ゴールデン、がプレイヤーネームだよ。ゴールデンとでも呼んでくれ」

 すごいのつけてるな……クロスとはまた違う意味で。

「まぁ、オレァ、プレイヤーん中じゃ別に有名でもないし、面食らうのもわかるがな。ははは」

 ゴールデンが、マッスル全開の笑顔で笑う。

 もちろん、ゲームにこんなボディビル大会特有の表情パターンは存在しないし、やはりゲームの3Dモデルに宿ったのではなく、3Dモデルを元にした生身なのを実感する。

「でもよ、こいつは知ってるんじゃねえか?」

 ゴールデンが指し示したのは、魔女っ子だった。

 知ってる?

 有名プレイヤーということだろうか。

 小柄な魔女の有名プレイヤーと言えば――

「あ」

「流石に知ってるよナ~」

 にんまりと魔女っ子が笑う。

「まさか……アキヤマ58?」

「せいっかいっ☆ にゃっは・ふ~!!」

 バン、と指鉄砲を撃つ真似をする魔女っ子。

 アキヤマ58と言えば、有名プレイヤーどころではない。

 ver.2.00を世界最速で攻略し、ゲーム内イベントやゲームショウでのタイムアタック勝負などでも優勝をかっさらっていった最強プレイヤーだ。

 19歳の女子大生だという話で、生放送もアイドル的人気がある。熱狂的ファンも多くて、広告収入だけで暮らしているとか聞いたことがある。

 口癖の「にゃっは・ふ~!」がトレンド入りしたこともあったな。

 ただ、最近は「口調がコロコロ変わるけど、自分のキャラ付けを覚えてないのでは」とか「時々出る暴言が魅力」とか「実はアラサーでは」といった、面白配信者枠で愛されていた気がする……。

 確かに、ちょっとなんか動作の端々に昭和感が……。

「ちなみに、隣の毛むくじゃらはストリンドベリだぜ」

「ストリンドベリ……!」

 こちらも有名プレイヤーの一人。

 プレイ自体の腕はそうでもないが、どうやら中の人は凄腕のプログラマーらしく、彼のツイッターアカウントでは『ガーデン』のプログラムに関する考察がよくされていた。鋭い指摘も多く、修正箇所の参考にしたものだ。

 むしろ、向こうではアキヤマより、ストリンドベリのアカウントの方に張り付いていたな……。

 そのストリンドベリは一言もしゃべらずに会釈するだけだった。

 確か、ツイッターやブログでは饒舌だけどリアルでは全然喋らない……みたいにつぶやいていた気がする。

「あともう一人パーティにいるんだけど、出かけてるのナ。戻ってきたら紹介するぜい☆」

「ああ」

 それが誰にせよ、この集団にいるんだ。ハイレベルなプレイヤーなのだろう。

「で、アンタはなんて名前なんだい?」

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