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4・理想消失

 呆けた頭で、自分の手の甲をつねってみる。

 痛い。

 痛みが、ある。

 それは、夢やゲームだったら、存在しないはずのものだ。

 ということはつまり――

「あ、あの……」

 振り返ると、そこにリュウズがいた。

 その表情には戸惑いの色が見える。

「……期待してたんだろうが、俺なんてこんなもんだ。万年運動不足のゲーム開発者でしかない」

 リュウズは戦闘能力の全くないキャラクターだから、遠巻きに見るしかできない。

 俺の無様な立ち回りに絶望したことだろう。

「そんな……」

「それより気になることがある」

 俺は胴体を両断された男に視線を移す。

「あれはどういうことだ」

 無意識に語気が強まっていた。

「はい……あれこそがシグマ様の来訪を心待ちにしていた理由」

 リュウズは一度ためらうように眼を伏せ、それから意を決したようにつぶやいた。

「三か月ほど前、たくさんのプレイヤーが召喚されました……実に千二百人のプレイヤーが『ガーデン』に縛られています」

「千二百……!? 生身の人間がか……!」

「……はい。今ではもうその半分ほどになっていますが……」

 な。

 は?

 え?

「どういう意味だ」

「?」

「プレイヤーがこの世界に囚われているというのはわかった。でもなぜ数が半分になったんだ。帰還できたってことか?」

 言いながら、自分でもそれはないとわかっていた。

 それでもそうだと言ってほしかった。

「いいえ……死亡しました」

 聞きたくなかった言葉と共に、見たくなかったものを見させられた。

 リュウズが指さした先には、いくつもの十字。

 先ほどまで、剣だと思っていたものの中に、大量の十字架が混ざっていた。

 ああ、あれは、墓だ。

 そんなもの、『ガーデン』にあるわけがないのに。

「……どうなってる。俺の作った『ガーデン』では人は死んで終わりじゃないはずだ」

 なぜ。

 なぜ、あそこで両断された死体がそのままになっている。

 なぜ墓が必要なんだ!

 死んでも『等しき地』にリポップ(再配置)されてやり直せるのが『ガーデン』だ!

「なぜリポップしない!」

「神がそう定めたから……としか。だからこそ、貴方をお呼びしたのです。もう一人の神と言える貴方を……」

「……そういう……ことか」

 ようやく。

 これでようやく俺も理解できた。

 『ガーデン』は、再挑戦の象徴だ。

 何度やられても立ち上がって勝つ。

 その醍醐味を伝えたいがためのゲームだった。

 それがこんな風に歪められている。

 心が冷えていく。

 腹わたが煮えくり返る。

 許せない……!

 ふざけるな……! ちくしょう……!

「……俺が、取り戻すしかないんだ。『ガーデン』を」

 他の誰かじゃなく。

 ここは俺が否定しないといけない世界だ……!

「シグマ様……」

 初めてリュウズが嬉しそうに顔をほころばせた。

「ははっ」

「……?」

 思わず笑いがこぼれた。

 さっきは、ストーカークラブなんて雑魚に心底怯えていたのに。

 剣どころか、デスクワークで痛めた腰でロクに重いものも持ってないって言うのに。

 ハラが決まると、やれそうな気がしてきたからだ。

 自分の単純さに、自然と笑いが零れていた。

「……ところで、俺は元の世界に帰れるのか?」

 これも、答えは聞くまでもないだろうが。

「……それは……できません。魔物を滅ぼさない限り……誰も出られないのです」

「……俺も例外じゃないってわけだ」

「……申し訳ありません。おそらくは、そうかと……ただ、他のプレイヤーのみなさまが召喚されたとき、神は「魔物を滅ぼせ。さすれば元の世界に戻れるであろう」と言葉を残しておりました」

「魔物を滅ぼせ……つまりクリアってことか。条件としてはシンプルだな。それに……神とやらにも文句の一つも言うためには、クリアの必要があるか……」

 いいさ、やってやる……!

 ラスボスが魔物の元凶だ。それさえ倒せば、魔物は消える。

 まずはそれが先決だ。

 ただ、大事なプレイヤーたちを、こんな悪夢みたいに改変されたところに縛り付けた神は絶対に許さん。

 ……ん?

 プレイヤーをここに呼び出したのは神だ。

 だが俺は――

「……待て。なぜリュウズが俺を呼べたんだ? そんな能力、設定にすら存在してないぞ」

「……わかりません。毎日祈りを捧げていました。『神』が残酷なら『創造主』様におすがりするしかないと思ったのです。その一念が通じたのか、貴方をお呼びすることができたのです。あるいは、シグマ様の力かとも思ったのですが……そうではないようですね」

「そうだな……俺にはそんな力はない」

 俺でも、リュウズでもない、か。

 だが、理屈じゃあなさそうだな。

 まぁ、いいさ。

「『ガーデン』を元に戻すまで、帰らない覚悟はできた。ただ何にせよ、情報がもっとほしい。どこか落ち着ける場所に案内してくれないか? そこでゆっくり話を聞きたい」

「もちろん……ですが少しお待ちください」

 リュウズは、両断された死体に手を合わせ、傍に穴を掘り始めた。

 両手剣をスコップのように器用に使って穴を掘っている。ずいぶん、慣れた様子だが、1200人の半数が亡くなり、それを埋めてきたのだとすれば、慣れるのも自然だろう。

 もちろん俺も手伝い、名も知らぬ男の遺骸を埋めた。

 見ず知らずの人だけど、俺の『ガーデン』を遊んでくれていた人なのは間違いない。

 心からの哀悼を込めて手を合わせる。

 そして、十字に組んだ木を突き立て、墓標とした。

 その十字を見ていて、ふと、気づいた。

 あの金髪の軽装剣士、有名プレイヤーの、†クロスファイア・クロス・クルセイド†じゃないだろうか。

 過去のバージョンで†を名前に使っていたせいで、文字化けを起こしていたのを修正したから特に記憶に残っている。

 ログイン時間も相当な、いわゆる廃人プレイヤーの一人だったが……

 あれが本人だとすれば、他にも有名プレイヤーがいたりするのだろうか?

 『ガーデン』を愛してくれるプレイヤーに会えるのは、どこか楽しみでもあり、怖くもあった――

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