26・五角形
火災鎧の討伐に成功するのと時を同じくして、ストーカークラブも狩りつくされていた。
俺はプレイヤーたちに頭を下げて回ったが、態度はそっけなかった。
だが、暴行されたりすることもなかった。
きっと、これが一番いい距離なのだろうと思う。
その後は、プレイヤーたち総出で町の片づけに入った。
流石に町を再建するというのは不可能だろうと諦めていたところ、予想外のラッキーが起きた。
浄化が始まったのだ。
火災鎧から弾けた虹色の光が、ゆっくりと建物を復活させていった。
本来、町に魔針体が現れることは無いので、浄化の対象にはならない……のだが、データを管理するパラメータシート的には、別に「浄化されない」というパラメータがあるわけではない。
魔針体側に「倒されると浄化のスイッチをオンにする」というパラメータが設定されているのだ。
火災鎧は、魔針体が討伐されたエリアに現れ、そこの魔針体を復活させる仕様を持っているため、「倒されたとき同エリアに魔針体が存在しない場合、浄化のスイッチをオンにする」という特殊なパラメータにチェックが入っている。
これは、魔針体が復活するとエリアの汚染が戻ってしまうが、その魔針体が倒されただけでなく、 火災鎧も倒されないとエリアが浄化されない仕様のためだ。
そして浄化というのは、ゲームデータ的には、「エリア管理番号の一番若い背景を読み込む」という処理に過ぎない。
町は汚染状態が存在しないため、当然管理番号も一つしかない。
そのため、「町のデータが読み込まれ直され」、あらゆる建築物が直ったわけだ。
鍛冶屋や宿屋のNPCたちも無事復帰した。
彼らは非破壊設定がされているので当然と言えば当然だが、いずれにせよ盾にする作戦はもう使えないだろう。
……使う気もいないが。
……人間追い詰められると無茶苦茶やるものだ。
特にゲーム開発者なんてのは、よくやらかす。
未だにブラック自慢をしてるズレた同業者も多いし――
「なーに、考えてんの?」
「うわっ、驚かすなよ!」
座っていた俺の真後ろから、覗き込むように顔を見せてきたクロス。
さかさまの頭から垂れる髪は金色の雨のよう。
「そろそろ行くわよ。偵察組も戻ってくる頃だし」
「ああ」
クロスに促されて、座っていた切り株から起き上がる。
目の前に広がるのは、不気味な植物が生い茂るジャングル。
巨大なウツボカズラがいくつも垂れ下がり、ハエトリソウがぎちぎち葉を鳴らしている。
人間を餌食にするモンスターなのは言うまでもない。
世界最大の花、ラフレシアを更に巨大化させたようなモンスターがうねうねと動き回っているここは、6時エリア。
6時は南方向なので、南国をイメージしたステージになっており、ボスの『アンフィスバエナヴェロキラプトル』も、ジャングルの奥に潜む爬虫類型魔針体だ。
そう、俺たちは当初の予定通り魔針体を全滅させることにした。
そこで6時エリアに侵入し、途中の開けた個所で休憩を取っていたところだった。
レベルデザイン的にもひと休みできるポイントをイメージして、四方が繁みながら、中央は芝生が整い、椅子代わりの切り株が点在させている。
ここから先はけもの道が続いているが、エリアに入るたびにランダムで敵の構成が変わるので、油断できない。ここで一度休憩を挟むのは、仕様意図通りと言える。
と、繁みがガサガサと音を立てた。
「この辺には敵はいなかったヨ~。当たりのルート引いたっぽい☆ んで、なになに~☆ 考え事? 面白い仕様思いついた? Ver.300はアキヤマに独占先行プレイさせちゃう?」
バナナの葉に似た植物の間から出て来たのはアキヤマだ。植物が身長より高いため、コロポックルのようでもある。
ゴールデンらと偵察をしに行っていたはずだから、それが終わったんだろう。
「それは構わないが、考えてたのは全然別件……」
「おっしゃー! 言質とったかんネ~☆」
ガッツポーズする魔女っ子。
これだけの目にあっておきながら、ver.300をプレイする気まんまんなのがすごい。
こういう人でないと、トッププレイヤーになったりは出来ないのかもしれないな……。
「なーに盛り上がってんだ? オレも混ぜろよ」
タオル代わりの布切れで汗を拭きながら、ゴールデンが繁みの奥から現れた。
「別に大した話はしてないよ」
「ふむ……てっきり、祭法王魔の話でもしているのかと」
繁みがしゃべりだしたかと思ったらストリンドベリだった。
暗がりで草木に紛れるとホントにわからないな……。
「祭法王魔ですか? いえ、特には」
「そうそう本当にただの雑談よ。……何か気になることでもあるの?」
「うむ……僕はそのことをずっと考えていたのでね……ちょうどいい機会だ。僕の推論を聞いてほしい。特に、シグマ君に」
「……はい」
ストリンドベリは同業者だ。
それも、俺よりはるかにキャリアがあるように思う。
その推論は、きっと的外れなものではないはずだ。
「祭法王魔は、全ての魔針体を倒した時、教会に発生する光の柱で向かう最終エリア……天空に浮かぶ『文字盤の空中庭園』に居るのは、みんなも知っているだろう」
「そりゃあな。オレたち全員、一度くらいはクリアしてっからな」
全員が頷く。
「うむ。その上でなんだが、言い換えれば、祭法王魔がいるのは町の真上ということになる」
「それがどうしたの?」
「まぁ、慌てない。僕も普段話さないぶん、一度に話を進めるのが苦手なのでね……気になっていたのだよ。祭法王魔がペナルティとして呼び出したのはストーカークラブだったことが」
確かに、回りくどくて何が言いたいのか、よくわからない。
が、みんな茶々を入れずに傾聴する。
「もしアレが「神」として全知全能なら、ストーカークラブ一種類だけである必要はなかったと思うのだよ。あの数だと事故が起きて「ゲームとしてつまらなく」なる。例えば、中ボス格のミニざら石やキングゴブリンでもいいはずだ。それでも、ストーカークラブを呼んだのには理由があるはずだ。いや、むしろ「ストーカークラブしか呼べなかった」のではないだろうか」
あっ、あっ。
何が言いたいのか、わかってきた。
それを俺もすぐには言語化できず、喉の奥でそれが小骨のように引っかかっている感覚。
他のみんなは頭の上に「?」を浮かべたような顔しているが……。
「つまりだね、祭法王魔もゲームのルールに、縛られているのではないかな」
「そうか!」
合点が行った。
小骨が、すぽんと抜けたような快感。
そうだ、アイツがバグを残していたことがずっと気になっていたんだ。
奴自身すらゲームのルールに縛られているというのなら、それも説明がつく……!
だとすれば――
「町に入れるモンスターはストーカークラブだけだ。だからあれしか呼べなかったってことか! そして祭法王魔は、町と同軸にあるエリアにいるから町には来れただけで……実はゲームに縛られた性能しか持っていないのかもしれない!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、じゃあリュウズはどうなるのよ。無敵を解除されたじゃないの!」
「う……」
それはその通りだ。
あれはデバッグ機能でもない限りできないことだ。
「あくまで僕の推論だが……あれは、バグを利用したのだと思う」
「なっ……!」
「そんなバグ、あったっけ? あーしは見たことないけど、どの動画?」
「いいや、僕が個人的に発見しただけだよ。デバッグのような遊び方をするのが趣味でね……詳しい手順は省くが、バグを利用すればリュウズやショップ定員の無敵判定をはがすことができるのだよ。はがしたところで、HP自体が設定されていないようだから、本来なんの意味もないのだが……」
……ううむ。
そういうバグが無いとは言い切れない……というより、ストリンドベリがわざわざ嘘を言うとも思えないからあるんだろう。
「とすると、あの金縛りは「待ち針」ってことか? ほら、あの回復始めるときのいやらしい攻撃」
ゴールデンの言う「待ち針」は、王魔の特殊スキルで、影を待ち針で刺し、プレイヤーの動きを停止させてくる技だ。その間に回復を始めるので、「ゲーム史上、最高に性格の悪いボスの一人」なんてあだ名がついたりした……。
「いやらしい攻撃と感じてくれるのは狙い通りなんだが……確かに、「待ち針」は無敵貫通効果がある。動きを止めても直接攻撃してこない行動パターンだから、例外的にそういう設定にしてある……」
「ちょっと待ちなさいよ。話が見えてこないんだけど。アタシ、これでも学校あんまり行ってないから、頭の回転には自信がないんですけど!」
なぜか自信満々な様子で宣言するクロス。
「王魔が全知全能の神じゃなく、ゲームに縛られているなら、勝ち目はあるってことだ」
「つまり、アイツをぶっ倒すってことね。早く言いなさいよ。うん賛成!」
「オレ、時々、クロスが羨ましくなるぜ……」
「奇遇ね。あーしも☆」
ははは、とみんなが笑いだし、クロスが頬を膨らませる。
頬を膨らませたまま、クロスが胸を小突いてきた。
「っていうか、アンタ、一番大事な事忘れてない?」
「大事な事って何だ?」
「アタシたち『ガーデナー』の仲間になるかってことよ。アンタ、返事してなかったでしょ」
「あ」
そうか。
なし崩し的に一緒に行動していたから完全に忘れていた。
「そうだな。クロスの言うとおりだ」
「で、どうするの? 聞くまでもないとは思うけど、アンタのことだからまたイヤだとか……言わないわよね?」
そう言って来たクロスがあんまりにも不安げで思わず苦笑してしまった。
ふぅ、と深呼吸。
俺も、コミュニケーションがイヤで一人ゲームを作っていた男だ。
緊張しないわけがない。
改めて、全員に向き直る。
クロス、ゴールデン、アキヤマ、ストリンドベリ。
「俺を仲間に入れてくれ」
そして、と続ける。
「みんなで祭法王魔を倒そう!!」
頭を下げる。
……賛同の声がしない。
おそるおそる顔を上げると――
そこにはみんなの笑顔があった。
「あったり前でしょ! よろしくねシグマ!」
クロスが突き出した拳。
「うっし、よろしく!」
「にゃっは・ふー! よろしくっ☆」
「よろしく頼むよ」
ゴールデンが、アキヤマが、ストリンドベリが、触れ合うように拳を突き出す。
俺はそれに拳を重ねた。
五角形に打ち合う拳。
と――
それが六角形になった。




