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10・浄化

 大魔女の骸がミステリーサークルを圧し潰している。

 少しずつ虹色の水に代わって流れ消えていく。その水が触れたステージの溶岩が消えて小川になっていく。

 魔針体の討伐による大地の浄化が始まるのだ。あの虹色が流れ切ったら、ここも毒キノコの森なんかじゃなく、ポルチーニ茸や甘い栗が実る恵みの森になるんだ。

 そんな恵みの森へと変わろうとするステージ最奥で、俺は正座させられていた。

「どんだけ命知らずなんだよ、お前らは」

 筋肉ゴールデンは心底呆れた顔でそう言った。その隣にいるアキヤマも同じだ。ストリンドベリは……表情が読めない。

 お前らというのは、俺と、その隣でむくれているクロスに他ならない。

「特におめーだ、クロス。とんでもねえ無茶しやがって。マグマがアホみたいに強かったから助かったんだ。普通なら死んでる」

「……助けてくれなんて言ってない」

 ぷいと顔を背けるクロス。

 向けた先にいたアキヤマが、真剣な瞳でクロスを見つめた。

「あのね、クロス、これマジな話なの。あーた、ホント、死ぬとこだったんよ? 本気で反省してほしいって、思ってる」

「……やめて。聞きたくない」

 子どものように耳をふさぐクロス。

「あーたねぇ……」

「いい加減にしないか!!」

「ひっ!?」

 そんなクロスを一喝したのはストリンドベリだった。

 ひげが持ち上がるほどの大声だった。

「す、ストリンドベリ……?」

 クロスもここまで叫ぶストリンドベリを見たのは初めてだったのかもしれない。

 一喝に身をすくませながらも、驚きの方が大きいようだった。

「一個しかない命を雑に扱うんじゃない!!」

 ひげの塊であるストリンドベリが、クロスの肩を掴んでぶるぶると震えていた。

 俺は彼の人生に何があったかは知らない。クロスとの関係もよく知らない。

 だが、その言葉は確かにクロスに届いた。と、思う。

 震えているのはストリンドベリだけではなく、クロスもだった。

「……うぐっ……」

 肩を震わせて、泣いていた。

「うぇええええええええええええええ!!」

 ストリンドベリに抱きしめられ、子どものように泣きじゃくった。

「怖かった……! ホントは怖かったあああああああああ!!!」

 毛玉に頭をうずめて、わんわんと泣くクロス。

「ごめんなさい! ごめんなさいいいいい!! うぇええええええ!!」

 彼女の見た目は、パリコレに出るようなトップモデルさながらだが、中身がそうとは限らない。実はもっともっと幼いのかもしれない。

 わからない。何も。

 わからないが……

「なんであーたまで泣いてるのヨ?」

「え?」

 言われて気づいたが、俺もどうやら泣いていたらしい。

「ってゆーか、泣きたいのはコッチよ☆ なんなのもう、あーし、『ガーデン』のトップランカーのつもりだったんだけど、実際に戦うあーた見て自信無くしたわヨもう……」

「おう、なんつーかムダのねえ、すげー動きだったぜあんた。雑魚戦の時とは一段上の集中力つーか……筋力でどうこうなるレベルを超えてるつーか……まるでゲームのキャラそのものって感じだった」

「あ、ああ……たくさんプレイしてきたからな……」

 それくらい俺の人生の中心が『ガーデン』だった。

 自分で調整した敵と戦い続け、気持ちのいいバランスを探す日々だったんだ。

 体さえついてくれば、このくらいは出来る……いや、出来て当然だ。

 彼らと違って、具体的な猶予フレームやAIの思考パターンまで全部把握しているのだから。

「まぁ、聞きてえ話は色々あるが、一度町に戻らねェか? いい筋肉のためには休息も必要だからな」

 筋肉の部分には誰も頷かなかったが、提案自体に反対するものはいなかった。

 帰る前に『剣の小庭』から高レア武器を回収し、俺たちは森の入り口に向かって歩き出した。森は浄化によってモンスターの姿が消え、トレッキングコースのように美しい木々と正常な空気に満ちていた。濃厚なフィトンチッドが肺を満たしていく。

 ところで、クロスはまだ俺の方を見ようともしない。

 詳しい事情を何も知らない今、そっとしておいた方がいいだろう。

 というより、上手く話せる自信がない。自慢じゃないが、青春の大半をゲーム制作に使って女性と話す機会がほとんどなかったんだ。

 ゲームが大ヒットしたのを知るや、それまでほとんど話していないどころか軽く蔑んできていたような同級生の女性がぐいぐい来たりして、人間不信気味になったのもある。

 アキヤマとも「無駄話」をするのはやはり難しかったし、ストリンドベリは無口だし、結局、気づけばゴールデンとばかり話していた。

 ゴールデンは見た目通りの体育会系なので、現実で会ったら苦手なタイプかもしれないが、どうやら社会人らしく、気の使い方がとても上手い人だった。わざわざ俺に合わせて話してくれるのがわかってくすぐったかったが、実際助かった。

 ゴールデンと雑談しつつ、歩いていく。

「ってか、無我夢中だったから実感わかなかったがよ、コレ、すげえことだよな」

「ん? 何がだ?」

「ディレーキア討伐だよ。5時の魔針体までしか倒されてねえ中、10時のコイツを倒しちまったんだから、たぶん町は大騒ぎになるぜ」

「そうか……そうだな」

 言われてみれば、結果的に終盤の最難関ボスを倒してしまったわけだ。

 ラスボスの『祭法王魔』を除けば、一番難易度が高いのはディレーキアだし、更に10時エリアの強力な武器が解放されたわけだから、そういう意味では先に希望が持てる。

「ふぇふぇ……やっぱさー、讃えられるのって、悪い気はしないよネ☆ これが配信出来てたら100万再生は固いから残念ではあるけどサ……」

 アキヤマが幼女のようにスキップをする。いや、幼女がスキップをしているのを見た記憶がない。今のちびっ子たちはスキップするんだろうか?

「おう、結果オーライだが、いい流れだ。筋肉は讃えられるほどキレが増すしな」

 よっ冷蔵庫、とかそういうのだろうか。

「とりあえず、町に戻ったら鶏肉とらねえと」

「それさー、気になってたんだけど、ゲームキャラでも効くのさ☆?」

「攻撃食らったら痛ぇだろ。痛いってことは、生身ってことだ。生身なら筋肉だ。効くに決まってる」

 自信満々に胸を張るゴールデン。

「うーん、そうかにゃ~。もしかしたら、電気信号だけ脳に送って痛いって感じさせてるのかもよ☆」

「いいえ、私も生身だと思うわ」

 それまで口を開いていなかったクロスが急に会話に入ってきた。

「ふむん? どうしてかナ?」

「だって、死んだら死ぬもの」

 死んだら死ぬ。

 言葉としては無茶苦茶だが、確かにその通りだ。

「そう思ってるんなら、無茶しないでヨ……」

「ごめんなさいってば!」

 顔を赤くしてクロスが言う。

 そんなクロスの肩をゴールデンがポンと叩いた。

「つーかよー、オレらもそんな長い付き合いじゃねえし、あんまり踏み込むのも悪ぃと思って聞いてなかったけどよー、そろそろ聞いとかねえとまずい気はしてんだよな」

「な、何をよ」

「お前、なんでそんな死に急ぐんだ? 一秒でも早くここから出たいってことか? 違うよな」

「……!」

 クロスの動きが止まる。自然と、パーティの足も止まっていた。

 ストリンドベリあたりが止めに入るかと思ったが、アキヤマ含め、どちらも動く気配がない。ゴールデンと同じように、今話しておくべきだと思ったのだろうか。

 先ほどストリンドベリの胸で謝りながら泣いていたとはいえ、パーティ全体のわだかまりが消えたとは言い難い。確かに先送りにしていい話ではないのも頷ける。

「ヒーローになりたいってんなら、それはわかる。でも命あっての物種だろ? 正直、クロスがそこまで手柄を上げたがる理由が、オレにはわからねえんだわ」

「……じゃない」

 小さく呟く声が聞こえた。

「なに?」

「……だって……居場所がなくなるじゃない……」

 間。

 そうとしか言えない時間が流れた。

「アタシ、『ガーデン』しか取り柄がないし……」

 何を、言ってるんだ。

 得体のしれない胸の痛みが、ちくちくと響いてくる。

「アタシから『ガーデン』の強さをとったら……どこにもいられなくなる……」

「だから、無茶したってこと? マグマが現れて自分の場所を取られると思ったってことかな?」

 アキヤマの声は、いつになく真剣だった。

 こくりと頷くクロス。

「気持ちは、よーくわかるよ。多分、誰よりも」

 ポンとクロスの肩に手を置く。

「大丈夫だから」

「えっ」

「大丈夫だって言ってんの。わかれヨ☆」

 どう、表現したらいいだろう。

 アキヤマのその言動は、傍から見れば強引な同調圧力のようにも、見えた。

 だけど、それも違う気がする。

 もっと、ずっと優しい何か。

「よーく考えてみ。まずあーし、あーたよりも『ガーデン』廃人。だから、さっき言ったみたいに、あーたの気持ちはわかるし見放したりしない。あーしがあーしを捨てるようなもんだからね、それ☆ それからそこの筋肉」

「おう、筋肉だ!」

 雑に示されたにも関わらずゴールデンはニコニコ笑っていた。

「ほら、何も考えてないっしょ☆ 細かいことなんか気にしやしないって☆」

 すごい説得力だ。

 ゴールデンも注目が集まった途端にポージングしまくってるし。

「ストリンドベリは……まぁ言うまでもないでショ。なんかもうあーたと、じいちゃんと孫みたいな感じだし」

 彼は髭の上からでもわかるくらいニコニコしていた。

「う、うん……」

 クロスの態度も相当軟化してきていた。ように思う。

「……んで、マグマだけど――」

 ちらりと視線を向けてくるアキヤマ。

「この人よくわからんけど、ディレーキアとあんだけやれるってことは、相当な廃人でしょ。しかもこの腕で全く聞いたことがないってことは、配信はおろか協力プレイもやってないコミュ障でしょーよ」

 ひどい言われようだ。

 半分くらい当たってるけど。

「そんな人が、政治力発揮して居場所奪ったりなんかしないって☆」

「確かにそうね……」

 納得するな。

「……うん、わかってる。今度のことは、全部私が悪かった」

 クロスはくるりと俺の方へ向き直った。

「……ごめんなさい。変なことに巻き込んで……そして、ありがとう、助けてくれて」

「あ、いや……気にしないでくれ」

 そう、助けたかったのは事実だが、この世界は俺が作ったもの。

 だから、これは神とやらと俺の問題だ。

 巻き込まれたクロスを責める権利は俺に無い。

「それに、俺はパーティに加わると決めたわけじゃないしな」

「え?」

「おいおい、寂しいこと言うなよ。一緒に戦ったんだ、もう仲間でいいじゃねえか」

 俺とクロスの肩を強引に抱くゴールデン。筋肉の圧がすごい。

「それは……」

 正直、迷っていた。

「マジメな話さー、メリットばっかだと思うよん☆ このアキヤマ58がいるんだからサ。それに、祭法王魔のこと考えたら、ソロプレイって現実的じゃないっショ☆」

 確かに、それはある。

 ラスボスの祭法王魔の難易度は、自分で言うのもなんだが頭がおかしい。

 ソロプレイでのクリアは極めて困難な部類で、当初かなりネットで叩かれた。

 時間が無くてテストプレイを、ボスの行動パターンごとにしか行っておらず、それぞれはなんとかクリア可能なのを確認していたんだが、実際にそれを繋げて戦ってみると、人間の集中力の限界に挑戦するような綱渡りバランスになっていたのだ。

 そのせいで、ゲーム史上最悪のラスボスという話題のたび、ランクインしてしまう……。

 修正しようかとも思ったが、協力プレイでならまだマシになることがわかり、プレイヤーの交流が活発になったので、そのままにすることにしたんだった。

 それでも難易度的には、クリア率3%を切るような鬼畜ボスなのに変わりはない。なぜクリア率がわかるかというと、ゲーム内実績トロフィーには全プレイヤーの取得率がわかり、「ラスボスを倒した」実績トロフィーの取得率が3%以下だったからだ。

 だからこそ、そんな超高難易度に、他のプレイヤーを巻き込みたくない。

「……もう少しだけ、考えさせてくれ」

「うーん、よくわかんねえけど、わかった。俺は待つぜ。いい筋肉を育てるには待つのも大事だ。それと同じだからな。……みんなもそれでいいか?」

 ゴールデンの言葉に頷く一同。

 だましているようで申し訳ない……。

「ま、とりあえず、ディレーキア討伐の打ち上げには参加すんだろ?」

「あ、ああ」

 それくらいなら、構わないだろう。ああいう雰囲気は得意じゃないが。

 そんなことを話しつつ、町へ向かっていると――

「おっ、おいアレ!」

 ゴールデンが大声を上げた。

 指差す先は、剣の門の向こう、町の方角。

 そしてそこから立ち上る黒煙。

 一本ではない。

 次から次に黒煙が立ち上り始めた。

「う、嘘だろ……」

 なんで、なんでこんなことが……

「有り得ない……!」

 俺は、自然と絶望の声を漏らしていた。

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