天然令嬢は気付かない
謙譲語等おかしな文が散見すると思います…。ぬるい目で見逃して頂ければ幸いです……。
皆様初めまして。わたくしはシェリル・アンバー。公爵家の長女で、アメトリン王国第一王子ウィルフォード殿下の婚約者です。貴族や一部の平民の通う学園に通っており、あと9ヶ月で卒業となります。
「まぁ、あの方達はまた…」
「え? どうかなさったの?」
「シェリル様…」
昼食を摂る為食堂への移動中、お友達のオリビア様が窓の外を見て、険しい顔をなさっております。その視線を辿ってみると、殿下が数人と談笑しておいででした。
ウィルフォード殿下と宰相子息のセドリック・アイオライト様、騎士団長子息のレオナルド・カーネリアン様、侯爵子息のカール・マラカイト様。それに加えて、最近子爵家に引き取られ、この春から学園へ編入してきたアリエス・パール様がいらっしゃいました。
「あら、皆様仲が良さそうで……いい事ですわね」
学園に入ってからは特に公務と勉強が忙しいらしく、最高学年になってからは特に不機嫌な表情が多かった殿下の笑顔は久しぶりで、微笑みがこぼれます。貴族としてのマナーがまだ身についていない等の噂のあるアリエス様ですが、貴族の腹芸で疲れ切っている殿下には丁度良い息抜きになるのでしょう。
「シェリル様……あの状態を放置していて宜しいのでしょうか?……一部から不満の声が聞こえたりするのですが……」
「何故? 息抜きは必要ですし、色々な方と交流するのは良い事でしょう?」
「ですが…婚約者のいらっしゃる異性への距離としては近すぎます」
「そうですわね……でも、平民の方々の距離だとあの位普通なのかもしれないし……もう少しマナーを学ばれたら適切な距離になるのではないかしら?」
「し…しかし……」
「特にわたくしは気になりませんし、もう少し慣れるまで見守る、でいいと思いますわ」
「………シェリル様がそうおっしゃるのであれば……」
「さ、行きましょう? 休憩時間が終わってしまうわ」
「はい、行きましょう」
お昼を頂きながら、先程の自分の言葉をふと思い出しました。
『色々な方と交流』
学園に入ってからも、今まで通りの人間関係が多く、少し増えても伯爵家以上。子爵家・男爵家の方との交流は少なかった事に気付きました。一部伯爵家以下とは学園外での夜会や茶会では殆ど会う機会も無い為、気にした事もありませんでしたが、そもそも学園とはそう言った方々との交流すべき場所である、と言う事を失念しておりました。
きっと殿下方もそれに気付き、アリエス様の近くで情報収集等されているのですね! では、わたくしもそれに倣わなければ!
「オリビア様」
「はい、何でしょう?」
「オリビア様はこの学園で、子爵家以下のお知り合いはいらっしゃる?」
「え…と、はい、おります。数人ですが…」
「まぁ、素晴らしいわ! 是非紹介して下さらない?」
「…えぇ?! 急にどうされたんですか?!」
「先程の殿下方を見ていて思ったのです。色々な方と交流してみたい、と。思い返してみればわたくしの交友関係は少し狭く感じましたし、直接お話をしてみたいのです!」
「はぁ…そう言う事でしたら……ご協力致します」
「色々なお話を伺いたいので、男女は問いませんが、男性の場合は婚約者様伝手等、女性同伴でお願い出来れば、と思いますわ」
「それが良いと思います。会う場所等はどうしましょうか?」
「そうですわね…少人数から進めたいので、放課後サロンを借りて、ちょっとしたお茶会形式で行う様に手配しますわ」
「それが良いですね」
「ご案内をわたくしから直接では……緊張させてしまうと思うので、オリビア様にお願いする様になりますが…」
「お任せ下さい。最初は私の友人から始めて、その後は数珠つなぎでご紹介頂きましょう」
「素敵! それであれば沢山の方とお話しできそうですわね」
「それで…出来れば…私は毎回参加させて頂きたいです」
「勿論ですわ! オリビア様がいらっしゃるなら安心ですわ!」
「ふふっ、ありがとうございます」
これで色々な方からお話が聞けますわ。楽しみですわ!
交流目的のお茶会を始めて早3ヶ月。順調に情報収集は進んでおります。
妃教育で各領地の名産品や特産物なども習いましたが、実際に聞くのとはまた違った部分があり、とても勉強になります。地元で流行っているお菓子や織物・小物等、王都には中々入ってこない情報も面白く、週2回のお茶会をとても楽しく過ごしています。
ちなみに本日のお茶会には、宰相子息のセドリック様がいらっしゃっております。何故。
「セドリック様…何かございましたか?」
「いや、シェリル嬢が面白いお茶会をしていると聞いてね。是非参加させてもらおうと思って」
「……申し訳ございません、シェリル様…」
気付けば後ろでオリビア様が小さくなっておいででした。
「オリビア様?! どうなさったの?!」
「……セドリック様に捕まり、押し切られる形で連れてきてしまいました…申し訳ございません…」
「仕方ないわ……セドリック様だもの……」
身を寄せ合いこそこそと喋るわたくし達にセドリック様は笑顔で小首を傾げてみせます。笑顔でゴリ押すのがデフォルトな方には逆らえる気がしません。
「で? 参加しても良いよね?」
「……はい、どうぞそちらに」
「シェリル嬢の隣で良い?」
「えっ?!……どうぞ……」
何で?! と言ってしまいそうな声をぐっと押し込み、諾を返します。
参加者を思い浮かべて、他の方の近くには置けない、と咄嗟に思ってしまいました。幼い頃から知っている私でも笑顔が怖いんです。萎縮されてはお話が聞けないんです。
お茶会が無事に開始し、1時間位経った頃賑やかな集団がやってきました。
「セドリック、こんな所に居たのか」
「これは殿下、どうしました?」
「アリエスがセドリックが居ないのは何でだ、皆と一緒が良いと言い出してな。手分けして探していたのだが、ここに居るという情報があって迎えに来たんだ」
「あ~! セド様いた~! 一緒にお茶しましょう~」
「アリエス嬢……その呼び方はやめて下さいと何回も申し上げております」
「いいじゃないですか~愛称って何か愛がこもってる感じがするでしょう?」
「ですから、やめて下さいと申し上げております」
「固いんだから~! ね、早く行こう?」
「いえ、私はこちらのお茶会に参加しておりますので、ご遠慮致します」
「何の茶会なんだ?」
「わたくし主催の茶会でございます、殿下」
ようやく口を開く機会が訪れました。
立ち上がり、簡易の礼を致します。
「シェリルの茶会か…」
少し不機嫌の様に眉間に皺を寄せられます。……何かご不興を買う事がありましたでしょうか??
「低位貴族を中心にしているようだが、アリエスを招待しないのは何故だ? 爪弾きにしているのか?」
「え? その様な事はございません。茶会にご招待していないのは確かですが、他にも未だご招待していない方も沢山おりますし、殿下がお話を伺っていると思いましたので、急がなくてもとは思いましたが…」
爪弾き、とは。そんな事考えた事もありませんでした。
もしかしてわたくしは、殿下の中で悪い印象になっているのでしょうか?
「……では、私達もこちらの茶会に参加させて貰おうか」
「ウィル様?!」
突然の殿下の提案に、アリエス様が動揺します。
「偶には違う場所でも良いだろう?」
「でも……シェリル様が…」
遠目から拝見した事はありましたが、近くで見ると小柄な体に大きな瞳で小動物の様に可愛らしい方ですわね。
「ご参加頂けるなら嬉しいですわ! 整えますので少々お待ちくださいな」
少し怯えられてる様な気がしますが、お話を伺えるのは嬉しいので、頑張りますわ!
「では、改めまして。主催はわたくしシェリルとシトリン伯爵家のオリビア様、今回の参加者のラリマー子爵家のクロード様とコーラル男爵家のセリナ様です。お二人は婚約者ですの」
「シトリン伯爵家オリビアです、よろしくお願いします」
「お初にお目にかかります、ラリマー子爵家嫡男クロードでございます」
「お目にかかれて光栄です、コーラル男爵家セリナと申します」
皆様一度立ち上がり、簡易の礼をされます。
「ウィルフォード殿下とセドリック様、レオナルド様、カール様は皆様もうご存じと思いますので、パール子爵家のアリエス様です」
「……よろしく…お願いします…」
アリエス様はどこか浮かない顔のまま俯き加減でいらっしゃいます。
「それで? 茶会では何の話をしているんだ?」
具合でも悪いのかと口を開こうとした所、殿下からお声がかかります。
「一番は各領地についてですわ」
「…は?」
簡潔に返した所、殿下がぽかんとしたお顔をされます。
「アリエス様と殿下方が一緒に居るのを見て、色々な方と交流したい、妃教育や学園での授業で習っているものではカバーできない部分、詳しい内容を知りたいと思ったのです!」
しっかり説明しなければ! と拳を握り熱弁します!
「今回は…先程少し伺ったんですが、ラリマー子爵領では粘土質の土の産出が多いので、陶器の技術が高いのは知っていたのですが、コーラル男爵領のガラス技術と組み合わせて新しいタイルを作っているのは初めて知りました! それで、陶器の色付けや色ガラスを作るのに使う染料について、シトリン伯爵領との連携はどうかと薦めていたんです」
「……そうか」
殿下方がいらっしゃる前までのお話を簡単にお話しします。
少し殿下が引き気味に見えるのは気のせいでしょうか?
せっかくですから、アリエス様のお話も伺いましょう!
「アリエス様のパール子爵領では、確か綿織物の産出がメインと思いますが、領内での綿花の作付はどの位の割合で行われているのでしょうか? 織物や染物はどの様に行われているのでしょう?」
「えっ……?! それ……は……分かりません……」
つい勢いのまま話をしてしまいました! 引き取られてすぐ学園に入られたアリエス様は、まだ領地についてお勉強が不十分だったのかもしれません。
「申し訳ございません。つい、気が急いてしまって…」
「……いえ…」
「あ、では、領内で流行している物についてはいかがでしょう? 食べ物や小物、デザインなど何でも良いですわ!」
「………」
あら、もしかして領内で暮らされていたのでは無いのでしょうか? また失敗ですわ!
「えっ……と、王都内でもいいですわ! アリエス様が気になっている物とか聞きたいです」
「………」
……完全に沈黙されてしまいました…。俯いたまま少し震えてらっしゃいます。
「……アリエス?」
殿下がアリエス様を覗き込みます。
「どうして……どうしてそんな難しい話ばかりするんですか?! 私の話を聞いてどうするんですか? 馬鹿にしたいんですか?!」
「…えぇ?!」
震えからの突然の爆発です! どうしましょう!
「平民の話を聞いて憐れみたいんですか? 見下したいんですか? そんな話聞いて何になるんですか?!」
「アリエス様、落ち着いて下さい! わたくし、そんな事全然思っておりませんわ!」
顔を真っ赤にして声を荒げるアリエス様に、どうしていいのか分かりません!
「嘘つかないで! どうせ平民上がりと心の中で見下しているんでしょう? ウィル様と一緒に居る私を妬んで意地悪をしたいんでしょう?」
「意地悪なんてとんでもないですわ! 直接見に行く事の出来ない場所の事を知りたいだけですわ!」
見下したりなんてとんでもない! 誤解を解かなければ!
……そう慌てている脇から、セリナ様の声がかかります。
「アリエス様、落ち着いて下さいませ」
「うるさい!」
条件反射の様にアリエス様が怒声で返されます。
荒々しい言葉に慣れていないわたくしは、少しビックリしました。
「あ、そうでした。『平民上がりの男爵令嬢ごとき』が話しかけてはいけませんでしたね」
「……は?」
そんな中、平然とセリナ様が返されます。
……だいぶ不穏な内容をさらりとおっしゃいました……?
「憶えてらっしゃいませんか? アリエス様が編入して来た際にお声がけさせて頂いた所、そのようにおっしゃったのですよ」
ふっ…と笑みを貼り付けたままセリナ様がおっしゃいます。
「そん…な事! 言ってないわ!」
焦った様に、少し顔色を悪くしたアリエス様が返されます。
「男爵・子爵の違いはあれど、平民から貴族になる事の大変な部分や変えていかなければいけない部分など、僭越ながらお教え出来れば、と思ったのですが、『一緒にしないで』『あなたとは違う』『私に話しかけないで』と取り付く島もありませんでした」
「嘘!嘘よ!」
切なげな表情で、不穏な内容を続けるセリナ様に、焦りが隠せないアリエス様が更に声を荒げます。
「アリエス……皆が無視する、平民上がりと馬鹿にする、遠巻きに何か言われていると言っていたのは……」
「本当よ! ウィル様、私を信じて!」
殿下が信じられないものを見る目で、アリエス様を捉えます。
アリエス様は縋る様に、胸の前で両手を組み、殿下を見つめます。
「無視と遠巻きは本当でしょうね。ただ、“平民上がりだから” が理由ではありませんが」
しかし、その中セリナ様は続けます。
「どういうことだ?」
「アリエス様の言動のせいです。貴族としてのマナーも学ばない、注意されれば逆に言い返し、果ては下位の者を馬鹿にした発言をし、『私にはウィル様たちがついているから』『自分は相手にされないからって…嫉妬?』と得意気な顔をする。……そんな方に近付きたい方が居るとお思いですか…?」
セリナ様は心底不思議そうな顔を作り、首を傾げます。
「………」
皆様に沈黙が流れます。殿下方…セドリック様以外の方の表情が険しく……顎に手を当てたり、腕組みをしたり、考え込まれている様です。
「ウィル様! セド様! レオ君! カール様! そんな嘘信じないで!」
アリエス様はセリナ様の発言を嘘と断言し、皆様に縋る目を向けます。
どう口を挟めば良いかと思っている中、オリビア様が口を開きます。
「……不敬を覚悟で申し上げますが、殿下方はアリエス様とどういった関係なのでしょうか?」
「………」
険しい顔のまま、殿下方の目線がオリビア様に向けられます。
「恋愛対象なのでしょうか? それとも保護対象、友人関係、色々あると思いますが、この機会に是非お聞かせ頂ければと思います」
「オ…オリビア様っ」
突然の発言内容にわたくしが動揺します。
「良い機会ではありませんか。明言して頂ければ対応に困る事も無くなります」
「それは……」
……言われてみれば確かにそうです。皆様から聞かれる事も最近多くなってきておりますし、確認する良い機会なのかもしれません。
少し考え込みそうになった所に、はい、と手を上げた状態のセドリック様の声がかかります。
「とりあえず、私は特段なんの感情もありません。偶に馴れ馴れし過ぎるのと、セド様呼びを無くして頂ければ更に問題ありません」
「セド様?!」
何故わたくしに満面の笑みを向けられるのでしょう。
アリエス様の悲鳴が聞こえました。
「ですから、私の事は家名で呼ぶようにと何度も申し上げております」
「だって…!」
追い縋るアリエス様を無視する様に、セドリック様は顔をレオナルド様に向けます。
「レオナルドは? どうなんです?」
真っ直ぐな気質のレオナルド様の眉間には、皺が寄ったままです。
「俺は……無視されたり、嫌がらせをされていると聞いて……知ったからには守らなければ……と思っていたのだが……」
「レオ君! 本当なの! 私何もしていない!」
青い顔のまま、アリエス様は悲鳴の様に声を上げます。
「…………しかし……」
「レオ君!!」
セリナ様の語った内容に対するアリエス様の態度に思う所があったのか、更に悩みを深くしたレオナルド様は、顔を俯け、アリエス様を見る事はありません。
考え込んだレオナルド様を流し、セドリック様はカール様に水を向けます。
「カールは?」
「……貴族女性の陰湿さが怖いのは知っているし、平民の癖が抜け切らないアリエスを可愛らしいと思ってはいたけど………わざとマナーを無視していたのなら……話は別かな」
「カール様!」
こちらも少し難しい顔をして、言葉を選びながら続けられます。
「それにもし、自分に都合の良い様に、脅しの後ろ盾として僕達を使っていたのなら、それは常識を疑う」
「違います! そんな事してない!!」
セリナ様の語られた内容に引っかかる部分が多くあった様で、最後は真顔でアリエス様を見据えられます。
そんな顔を向けられた事が無いのか、アリエス様は青い顔を横に振りながらカール様に訴えます。
「殿下」
最後に殿下に順番が回ってきました。
「………色々聞いて、だいぶ混乱している。……最初は観察対象だった。貴族女性ではありえない言動が多く、面白いと思っていた。コロコロ変わる表情に可愛らしいとは思っていたが……よくよく考えれば、随所にシェリルを貶める意図を感じた。明言は避けていたが、シェリルに嫌がらせをされていると思わせ、嫌悪感を与える様な発言が多かった……」
片手で額を押さえながら、少し俯き気味に言葉を絞り出すように話されます。
「ウィル様!!」
殿下に縋るような声を上げるアリエス様には顔を向けられません。
「………何故、その事を確認もせず信じていたのだろう……よく分からない嫌悪が募っていたのだろう………。……リルはそんな事する筈が無いのに」
「殿下……」
少し悔しそうな顔をされ、額を押さえていた手を外されます。
そして、小さく呟かれた愛称に少し動悸が早まります。
「すまない、シェリル。私はどうかしていたようだ。これからレオ達がアリエスと交流するのは構わないが、私は個人的な交流も、同席もしない。……シェリル以外の特定の異性と一緒に居るのは完全に悪手だった……すまない、シェリル」
こちらに顔を向けられた殿下は、久しぶりにスッキリとしたお顔とお声の様に感じました。
「そんな! ウィル様!」
「その愛称も止めてもらおう。誤解の元だったな」
「嫌! どうして!」
「シェリルの婚約者として相応しい行動では無かった。私が離れ、貴族としてのマナーを身に着ければ、周囲の反応は改善するのではないか? 私達が近くに居る事こそが一番の原因だと思う」
「そんな……っ」
縋る瞳のアリエス様に、殿下はハッキリと拒否を示されます。
「そうですね。だから何度か、いい加減に独り立ちをさせろ、と進言してたのに “初めて目の前に現れた分かりやすい弱者を護る” 事に執着し過ぎていて、全く聞き入れてくれませんでしたよね」
「ぐぅ……」
そこに口を挟んだセドリック様に対し、殿下が口ごもります。
「そもそも、今この学園は平民や遠縁から貴族に引き取られた女性は多いんですよ! 殿下や私達側近候補との接点を作るには、年回りの近い “娘” は都合良いんですから。“息子” はよっぽど有能で無い限り側近には上がれませんしね。“娘” なら器量が良く話が上手ければどうにかなりますからね」
続けるセドリック様に殿下方の声が続きます。
「……そうだったのか…」
「知らなかった……」
「………聞いたような聞かなかったような………」
「………………この国の次世代、これで大丈夫か……?」
殿下、レオナルド様、カール様の順に続いた声に、セドリック様の表情が曇ります。そして、少しいたずらを思い付いた様に笑い、セドリック様が続けます。
「でも殿下、無理しなくて良いんですよ? 心配ならアリエス嬢と一緒に居ても。私がシェリル嬢の傍におりますから安心して下さい」
「…………それのどこが安心なんだ…?」
セドリック様の確実に裏のある笑みを向けられた殿下が、眉を顰め、低い声で返されます。
「シェリル嬢の茶会は有意義ですし、是非私も毎回参加させて頂きたい。……シェリル嬢の隣で」
「セ…セドリック様……それは…」
断固拒否したいです。何故隣限定なのでしょう。何を企んでいるのか分からないので怖いです。
「ふざけるな! それなら、その場所は私が相応しいだろう!」
「え~? そうですか~? ここ半年の行動でそれ言います~?」
「うっ……」
殿下の怒声に対し、軽くセドリック様が返されます。
「シェリル嬢も怒っていいんですよ~?」
「え? わたくしが? 何に対してですの?」
「………え?」
突然振られた内容にきょとんとしてしまいます。
そんなわたくしの返答に、セドリック様も殿下もぽかんとした表情をされています。
「わたくし、怒らなければならない事ございました?」
「シェリル様…」
あたふたするわたくしに、オリビア様の少し呆れを含んだ声がかかります。
「え? え? オリビア様? 何ですの?」
「“女の色香に迷い、婚約者を蔑ろにした” ように見える方や、“嘘をついて貶めようとした” 方に対しては、怒っても良い案件と思います」
「…………」
オリビア様の語られた内容に、殿下が少し居心地の悪い様な顔で視線を泳がせます。
「その内容ではそうですが……わたくしに実害もありませんし、殿下はその様な方ではないですし……」
「シェリル…」
少しほっとした様な表情に戻った殿下と視線が合います。
「シェリル嬢甘くない? ここ半年不機嫌な顔見せられたり、冷たい態度をとられた事もあったでしょ?」
「公務等でお疲れなのだと思ってましたし、何かご不興を買う行動をしてしまったかと考える事はありましたが……しかし、それだけで蔑ろにされたとは思いませんし、わたくしに悪い所があればハッキリ言って頂けると思っておりました」
「ぐぅ……」
セドリック様の言葉に思い当たる部分もありますが、実際婚約者として不当な扱いを受けたと訴える程の事もありませんでしたし……。
ふと見ると殿下は下唇を噛み、胸のあたりを掴んで俯いてしまいました。胸に痛みでもあるのでしょうか?
「……はぁ……信頼し過ぎじゃない?」
「そうですか? 婚約者として、信頼するのは当たり前では?」
「………」
「………」
セドリック様の問いに答えますが、殿下共々無言で返されました。
「信頼できない方とは結婚生活も無理と思いますし…」
「………」
「………」
続けましたが、無言も続きます。
「逆に信頼をされていないと感じたら、自分の身の振り方を考えますね」
「………本当にすまない………危なかった…」
「………殿下はもっと諸々の事、特にシェリル嬢に本気で感謝すべきです……」
「………そうだな……」
殿下の謝罪の後、小声で何か続けられましたが、聞こえませんでした。
セドリック様と何を話されているのでしょう?
「殿下? どうされました? わたくし、何か……」
「いや、シェリルは何も悪くない。自己嫌悪だ」
「あーあ、残念~。後釜狙おうと思ってたのに~」
「セドリック!」
「冗談ですよ、殿下。……我が主の隣にはシェリル嬢に居ていただかないとね」
「……ふん」
殿下の苦笑の後に、セドリック様の爆弾発言がありましたが、冗談がきついです。
「…………何よ……」
「?………アリエス様?」
「何なのよ! あんた!! ウィル様の隣に居るのに相応しいのは私でしょう?! 何であんたが婚約者のままなの?! 私が! ウィル様と結婚するの!!」
先程まで動きが無かったアリエス様が突然声を上げられました。
………殿下と……結婚?
「アリエス嬢……流石にそれは妄想が過ぎる」
「イタいを通り越して怖いよ……?」
「うわぁ……」
「それは、ありえない」
アリエス様の発言に対しレオナルド様、カール様、セドリック様、殿下が冷静な声をかけられます。セドリック様は完全に引いています。
「何で?! だって皆可愛いって言ってくれたじゃない! 攻略は順調な筈なのに何で?!」
……攻略とは……?
「私はヒロインなのよ! その女との婚約破棄して、ウィル様と結ばれるのは私でしょう?! そうじゃなきゃおかしい!!」
……ヒロインとは……?……婚約破棄……?
アリエス様の発言内容に動揺していると殿下がすっと立ち上がられます。
「アリエス・パール子爵令嬢」
「っっ!」
「私の行動で誤解を与えてしまったのなら謝罪しよう。しかし、シェリルとの婚約破棄などありえないし、まして君との婚姻など以ての外だ」
いつもより冷たい平坦な声でアリエス様に声をかけられます。
「ど…どうしてそんなヒドい事言うの…? 私の方がいいでしょう? そんないつも同じ笑顔で感情表に出さない女なんかより! 表情がコロコロ変わって可愛いって言ってくれたじゃない!」
「確かに言った。しかし、女性に対してと言うよりも、子供が可愛いと言う意味合いだ。……幼い頃は皆、表情が豊かで……楽しかったから」
「そんな……」
泣きそうな顔で、縋る様に手を伸ばそうとするアリエス様に殿下は首を横に振り、拒絶を示されます。
「それに、私の隣を任せられるのはシェリルだけだと再認識した。私は……守られるだけの存在は要らない。共に同じ方向を向き、時には後ろを任せられる様な信頼を、関係を、シェリルとなら築いていけると思う」
「……いや…」
わたくしにとっては嬉しい殿下の言葉に、信じたくないという様にアリエス様は耳を塞ぎます。
「あと、先程から君は、シェリルに対する暴言も度が過ぎている。学園の中とは言え、公爵令嬢に対する発言として不敬が過ぎる」
「殿下……わたくしは……」
「これは正さなければならない問題だよ、シェリル」
「………はい」
わたくしに関しては……と言うつもりでしたが、口を挟んではいけない部分だったようです。
「アリエス・パール子爵令嬢、君は少し頭を冷やした方がいい。学園長に謹慎を進言する。寮の部屋に戻り、沙汰を待つがいい」
「いやっ……ウィル様っ!」
「………次、その呼び方をしたら……どうなるか、わかるな?………連れていけ」
少し眉を寄せ、後ろに控えていた護衛に指示を出されます。
「いやぁぁっ! 何で?! ヒロインなのに! 幸せになりたかっただけなのにっ!」
「静かにしなさい」
「………アリエス様……」
護衛に引きずられる様に、アリエス様が連れていかれます。
どうしてこんな事になってしまったんでしょう……。
「シェリルは気にしなくて良い……これは、私の責任だからね。………多分、私が思っているよりも学園内……もしかしたらそれ以外でも、私の評判は落ちているのだろう。これから、少し頑張って挽回しなければ、シェリルに顔向けできないな」
少し疲れた様な笑みで殿下が話されます。殿下の評判が落ちているなんて……!
「そんな事ございません! わたくしに出来る事なら何でもお申し付け下さいませ!」
「ありがとう、シェリル。……私は本当に……」
「殿下?」
わたくしに微笑んでお礼を言われた殿下ですが、少し俯かれて続けられた言葉は尻すぼみになってしまい、微妙に聞き取れません。
首を傾げるわたくしに、顔を上げた殿下が探る様な表情をされます。
「………子供の頃の様に、リルと呼んでもいいかな?」
「……はい…そう呼んで頂けるなら……嬉しいです」
思いがけない言葉に胸が温かくなります。幼い頃、まだ妃教育が始まる前に呼んで頂いた以来の呼び名に嬉しさが溢れます。
「……リル……私の事も、殿下ではなく、昔の様に名前で……ウィルと、呼んでもらえないか?」
「えっ…あの……ウィル…様」
「あぁ……うん。……やっぱり、リルにそう呼んでもらえるのは良いな……」
「………っ」
殿下からの依頼に頑張って応えたものの、ふわりとした微笑みに胸がきゅんとします。……わたくし、どうしたのでしょう…?
「リル、この茶会は毎日の開催なのか?」
「あ……いえ、週に2回を目安に行っております」
自分の感情に疑問を感じている間に、殿下が話題を変えられます。
「そうか……これからこの茶会に参加出来ればと思うが、私達二人が揃っていては参加者が緊張してしまうかな?」
「そう…ですね」
わたくしとオリビア様だけでも緊張される方もいらっしゃるので、そこに殿下もでは……お話を伺う前に茶会が終わってしまいそうです。
「なら、この茶会以外の放課後は私の所に来てくれるかい? 茶会での話やこれからの話、私達はもっと話さなければいけない事が色々ありそうだからね」
「はい! 喜んで!」
殿下とお話が出来るのは嬉しい事です。今までの茶会の内容もちゃんとまとめてご報告しなければ!
「………という事でセドリック、お前も茶会の参加は不可だ」
「えぇ?! それは横暴では?!」
「私が参加出来ないのに、お前だけ参加を許せる訳がないだろう」
わたくしが決意を固めている間に、セドリック様の茶会への参加禁止が決まりました。素晴らしいです、殿下!
「いいじゃないですか! シェリル嬢に近付こうとする不埒な男も追い払えますよ!」
「え? その様な方はいらっしゃいませんよ? 男性は婚約者同伴が条件ですし」
「えぇー…その辺りは抜かりないんですねー……」
「勿論ですわ! わたくしの変な噂で、殿下の評判を傷付ける訳にはまいりませんから!」
「うぅ…っ」
セドリック様へ殿下の婚約者としての心得を力説していた所、殿下がまた胸を押さえて俯かれます。
「殿下? どうなさいました? 顔色が……」
「……リルが名前呼んでくれたら治る……」
「えぇ?!……ウ…ウィル様……」
「ありがとう、リル……好きだよ……」
あたふたと殿下に近付き、腕に手を添えるかどうかで頬に柔らかい感触がありました。…………キス…されました……?
「……っっ! ウィル様!!」
「ははっ、さ、私達は学園長の所に行かなければね。茶会を台無しにしてしまって申し訳なかった。次の茶会には、差し入れをさせて貰うよ」
多分真っ赤になっている頬を手で押さえて、殿下に抗議します!
しかし、軽く流されてしまいました。
「……ありがとうございます、ウィル様」
「じゃあ、明日リルは私の所に来るんだよ?」
「はい、伺います」
微笑みのまま念を押され、追加で抗議もできませんでした。
「よろしくね。……セドリック、お前も来るんだ」
「どうしてですか?! 私は最初から茶会の参加者ですよ?!」
「いいから! 早く来い!」
「横暴が過ぎる……じゃあね、シェリル嬢。またね」
「はい、セドリック様」
セドリック様が強制的に連れていかれました。
「……色々、済まなかった……」
「……ごめんね?」
「レオナルド様、カール様、わたくしに謝罪など…!」
「……では、俺も今度茶会へ差し入れをさせて貰う」
「僕も。美味しいお茶とお菓子、期待してて」
「それは……楽しみにしております」
「では、失礼する」
「またね」
「はい、レオナルド様、カール様」
レオナルド様とカール様が軽く頭を下げられ、殿下に続きます。
何か……どっと緊張が緩和した感じがします。
「……嵐の様な時間でしたね」
「はっ!……皆様申し訳ありません!」
オリビア様の言葉にはっと我に返ります。
「いいのですよ、シェリル様。……殿下方の目も覚めたようですし」
「そうですよ。………アリエス様も……ふふっ」
「オ……オリビア様? セリナ様?」
オリビア様もセリナ様も微笑みが少し黒い感じがするのですが……。
「まぁまぁ、お気になさらず。殿下とシェリル様が仲良くされる様を見せていれば、殿下の評判など直ぐに回復するでしょう」
「そ……そうでしょうか……?」
「そうですよ。この半年がちょっと不思議な事が起こっていただけです。………原因が排除されれば、問題は無くなります」
「ク…クロード様? 何か……雰囲気が……」
「ん? 何か?」
「い……いえ……何でも……」
クロード様も黒い笑みを浮かべてらっしゃいます……。
………セドリック様と通ずるものを感じてしまいます……。
少しの現実逃避の後、ふと気になっていた事を思い出しました。
「そういえば……アリエス様が言っていた、『ヒロイン』とか『攻略』とは何なんでしょう?」
「さぁ……物語の主人公にでもなったつもりだったのでは?」
首を傾げてオリビア様が考察されます。
「ああ、確かに女主人公の事をヒロインと呼ぶ小説もありますね」
「攻略は……考えたくないですが、落とす過程……ですかね」
「落とす…過程?」
「自分に恋愛感情を向けさせる為の『攻略』かと。……実際少しだけ、上手く行きかけてはいたようですし」
「……戦略を立てて、相手を落とす、と」
「何と言うか…ヒロインとは凄く…アグレッシブな方……なんでしょうか……」
「そうでなければ、殿下の前であの振る舞いは出来ないでしょう。平民同士なら許される言動をあの様に続ける心の強さは……ある意味尊敬します」
「……ですわね……」
そんな計算を重ねて殿下方に近付いていたのでしょうか……。
少し悲しい感じがいたします………。
………………と、物思いに耽っている場合ではありませんでしたね。
「あ、あの、本日の茶会は中途半端になってしまいましたし、次回は今回の仕切り直しをさせて頂けませんか?」
今回の茶会は……有意義ではありましたが、本来の目的からは離れすぎていましたからね。
「まぁ、光栄です!」
「是非参加させて頂きます」
「殿下からの差し入れもありますしね」
「もう! オリビア様ったら!」
「ふふっ……美味しく頂きましょう」
「そうですわね」
「楽しみです」
「では、次回も宜しくお願いしますね」
皆様からの同意も頂きましたし、次回の茶会が楽しみですわ!
誤字報告ありがとうございます。今回特に多くて申し訳無い……。本当に本当にありがたいです…。
◇蛇足◇
ヒロインは乙女ゲーム通りの世界だと思い込んでる転生者です。
個々の設定が違うのに、顔・名前・肩書で確定と思い込み、違和感は総スルーで攻略は順調と突き進んでいます。
しかし、微妙にヒロイン補正が有った為、悪役令嬢予定だったシェリルへの嫌悪感を植え付けるのは成功しますが、完全では無かったので、殿下達は正気に戻りました。
◆活動報告にある三人の会話文掲載しました。
4/20日間異世界(恋愛)ランキング1位?!Σ(゜Д゜)マジデスカ?!Σ( ̄□ ̄|||)
身に余る光栄ありがとうございます~~これからも頑張ります~~!