表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第一話 春の日

この小説には気分を害するような表現があります。閲覧時お気をつけください。


風が心地よい。



桜が風に揺らされて、花弁を散らしていた。



風に運ばれてきた一枚を手を伸ばしてとる。


まじまじと見て、花弁を掴んでいた手を開くと、それもまた、風に飛ばされていった。


からん、と下駄の音が鳴る。


俺が一歩踏み出せばまた、からん、と。


古い町並みと石畳は、桜で覆い尽くされていて、上から見たらピンク一色だけに見えそうだ。


その位桜は咲いていて、その位この町の中で桜がどれだけ多いのか、それがすぐに見てとれる。


道端にはやはり花見客が居て、酒盛りや弁当などを楽しんでいた。


本当に桜を見に来たのかどうかは定かでは無いが、そのことを言ってしまうと此処に居る人達の殆どが酒盛りやらなんやらを止め、桜を見始めるのだろう。


「お兄さんお兄さん」


殆ど人の居ないところに行き、密かに花見を楽しんでいた俺は、一瞬びくりと肩を震わせた。


「お兄さん」

「ん?」


声のした方にゆっくりと振り向く。


しかしそこには誰も居なかった。


「お兄さん、此方」


上から声がしたのを確かに聞き取った俺は、上を見上げて絶句した。


木の上に少年が座っていた。


結構高い場所だ。


「やっと見つけた。

お兄さんって意外と鈍感?」

「意外と、って。

それより降りろよ。

此処の地主さん、怒ると怖いから。

それに、危ないだろ?」


僕は上を見上げながら話す。


「それに男?なんだろ

どちらにせよ、はしたないからやめろ。」

「男だったら、はしたなくないよ。

後、遊んでたら降りられなくなった」

「此処はそういう趣味を持った人も居るんだよ

ていうか、降りられなくなったのかよ」


俺が少年に諭すように言うと、少年は頬を膨らました。


「お兄さんはそういう趣味を持ってるの?」

「持って無いよ」


少年は少し考える仕草をした。


ややあって、少年が頷く。


「じゃあお兄さん、俺を取ってね」

「と…………!!」


上から少年が落ちてくる。


どさっ



俺は少年がどういう風に落ちてくるか分からなかったくて、思わず目を瞑った。


けど、腹に感じた感触、背中に感じた地面の冷たさからして、俺はどうやら少年をうまく受けとる(?)ことが出来たようだ。


「お兄さん?」


目を開けると、少年がきょとんとした顔で俺を見ていた。


「お兄さん、どっか痛いの?」


腹の上に乗っかられている為、腹が痛いといえば痛い。


どっちかと言うと、苦しいか。


「おーにーいーさーんー」

言いながら少年は、ぺちぺちと頬を叩き始めた。


「起きるから退いてくれ」

「あ、そいで」


納得したように頷いて、少年は俺の腹の上から退いた。


俺は砂を払って立ち上がる。


「どうも」

「はいはい」

「返事は一回って教わらなかったの?」

「教わりましたよ

ほら、降りたんだったら家帰りな」


少年は俺の言葉に首を傾げた。


「家、って何?」

「……はぁ?」

「家って何、食えんの?」

「食えないよ、ていうか、『家』を知らないってことに驚いたよ

何で知らないんだ?」


少年は一瞬考え、笑顔で言った。


「俺、捨て子だから。

俺んとこ借金がやばくてさ、夜逃げばっかしてたの

だから、一ヶ所にとどまった事なんか殆ど無いぜ?」


それは笑顔で言うことじゃないだろう。


「じゃあ、家族は?」

「知らね

気付いたら此処にいた。」


それを言った少年の顔に翳りが生まれる。


「にーちゃんは、結構前に捨てられた。」

「そいつの名前は?」

「そいつとか言うな

……さき

女っぽい名前だったからすぐ覚えた。」


咲樹、って。

俺の名前だ。


「どういう字だよ」


字によってはもしかしたら俺かも知れないぞ。


「花が咲くの、さ、に、難しい方の、き」

「これか?」


がりがりと音を立てながら、地面に字が刻まれていく。


「あ、そう、それ」

「今何歳ぐらいだと思う?」

「お兄さんと同じぐらいだと思う」


どうすんだ、俺。


このまま隠して自分の弟である線がかなり濃いこいつを遠くに置いてくるか?

いや、そんなことしたら確実にお縄につくな。


じゃあ、ばらすか?

ばらしたらばらしたでこいつがショックを受ける気がする…。


「お前の名前は?」

「ん、俺?

恭二」

「恭二……」


母親から聞いた事がある。


生き別れた『恭二』と言う名の弟が居る、と。


「漢字は?

これか?」


俺はそう言って、地面に『恭二』と書く。


「……何で分かんの?」

「…………お前の兄だから?」


何で疑問系なんだ俺。



「……まじで?」

「いや、根拠は無いけど」


こんな偶然、あり得るのだろうか。


「名字は」

「……月風」

「…………同じだ」

「じゃあ、にーちゃん?」

「……弟?」


なんてこった。


俺はこれからどんな生涯を歩んで行くんだ。


「家無いっつったよな」

「ない。」


嫌でも一緒に住むのか。


「はぁ」

「なんだよ」

「何でもねーよ」


それより今気づいたのだが、そうしたら今の親は俺の本当の親じゃないという線が濃くなる。


というよりは、親じゃないんじゃないか。


こういうのは失礼だが。



「なぁ、にーちゃん」

「なんだよ」

「……一緒に住んでい?

にーちゃん家あるんだろ?」

「それについて今俺は考えてるんだよ」

「………………住まさせて」

「……………………」


桜はただ、風に舞う。


弟?の頼みだから受けたいのは山々だが、調べてみて実は違いました、なんてオチは嫌だからな。


さて、どうするか。


「おーい、咲樹ー」


俺が考えていると、遠くから友人の声が聞こえてきた。


そういう趣味を持った奴の声が。



「咲樹ー、返事しろー、って

可愛い仔連れてんじゃん

どうしたよ、目覚めた?」

「目覚めて無い。」

「にーちゃん、誰?」

「せ「川合碩也、だよ

よろしくな可愛い仔」……」


こいつは空気が読めないのか。


読めないからこういう事態に陥るんだな。


「で、何この可愛い仔は」

「弟疑惑がかかってる奴」

「おまっ、弟居たっけ」

「疑惑ってんだろ」

「疑惑、ねぇ」


碩也がぽつりと呟いた。


「な、この仔くれない?」

「は?」

「可愛がってやるからさ、な?」


そういって、恭二の腕を引く。


懐からは包み。


確かに今月危ないが。


「やらん」

「何でさ」

「理由は無い。

以上だ。恭二を返せ」

「へー、恭二っつーのかー」


言いながら恭二の帯を解きはじめた。


「てめっ、何してんだ!!」

「何って、味見しようかと」

「?」


肝心の恭二はきょとんとしてやがるこのやろう!!


「ひゃ、ぁう……っ」

「お、結構敏感?」

「や、にー、ちゃ……ぅ、く…………っ」

「やめろっての、こら」

「ぅにゃ、あ」

「猫みたいな声出して可愛いな」

「人の話を聞け。」


ごん、と鈍い音。


碩也は後頭部を俺に殴られのびた。


柔いな。


「ほら、恭二」

「う、ん……?」


俺は恭二の前を合わせ、帯をしめる。


「行くぞ」

「どこに?」

「どこって、家」

「いい、の……?」

「こんな奴がうじゃうじゃ居るからな、みっちり教えてやる」

「みっちりはやだ」

「我が儘だな」


俺が歩き出すと、恭二はうつ伏せになっている碩也をちらちらと振り返りながらも俺についてきた。


「あんまり気にするとあいつ調子に乗るぜ」

「ほんと?」

「嘘でこんなこと言わねぇよ」


俺のその一言にくすり、と小さく笑い、恭二は俺の手に自分の手を絡めた。


 


桜はやはり、風に舞う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ