第七話 英雄に憧れていた魔王と小さな英雄
次の日、手ごろな依頼を探す為にもう一度あのギルドを訪れていた。
そこにセルナの姿はなかった。
辺りを見回し掲示板へ向かい、掲示板を眺める。
「まぁ、読めないよな。ティア、頼む」
字が読めないので、またティアにそこそこ良いものを見繕ってくれと頼む。
「これなんてどうかしら?ランク的にも、報酬的にも!」
「何て書いてあるんだ?」
「ゴブリンの討伐、第九位階以上、報酬銅貨五枚!」
微妙だが、適当に依頼をこなして地道にランクを上げるしか無い。
「ありがとう、ティア」
「字が読めないのは私のミスだし、偶然良さそうな依頼を見つけただけの事。一々感謝する必要は無いのよ」
「え?ミス?」
女神がそっぽを向いた。
*
それから受付をすませ、金よりもランクを上げる事が優先になった為、行商人に金を払いカートという馬車に乗せて貰い、目的地まで向かう事になった。
しかしその途中。
馬車が止まり、何事かと思い外を見ると人混みが出来ていた。
何が起きているのか気になり、疎らな人混みを縫ってその中心部に足を運ばせる。
その中心にいたのは、大層な身なりをした小太りのおっさんと護衛が三人と一人の女性。
そしてその護衛に捕まっていた少女が一人。
「セルナか……」
既に時間も無く、誰一人協力はしてくれなかったのだろう。
剣一つで決行したみたいだ。
セルナは護衛に捕まってもなお、抵抗し続けている。
「姉様を返せ!」
「返せとは人聞きが悪いですな!これは合意の上での事、そういう不用意な発言は控えなさい!」
その悪意たっぷりの表情から察するに、真実が語られていない事は明白だ。
この群衆の前で、あの露骨な態度が出来るのだからよっぽどの権力者なのだろう。
「ねぇマサト、アイツがセルナの言ってた公爵かな?」
「そうだろうな、そして横にいる女性がセルナの姉だな」
状況とその雰囲気からして、まず間違い無いだろう。
「デュークであるこの私の命を狙うなんて、本来なら極刑ものですよ!少なくともただで済むとお思いではありませんよね?――君達!」
しかし、躊躇しているのか、誰も動き出せずにいる。
雇われの護衛に過ぎず、彼らとしてもこの状況は本意では無いのだろう。
「私の命令が聞けないのか?」
マルムが脅しをかける。
その脅しに屈したのか、重い腰を上げるように、この公衆の面前でセルナを痛ぶりだした。
群衆が騒めき始める。
だが助けようと思う奴はいないだろう、俺もその一人だ。
「お、お待ち下さい、マルム様!確かにこの子は大罪を犯しました。しかし、この子は私の唯一の家族。どうかお慈悲を、罰なら私が代わりにお受け致します」
セルナのお姉さんが必死な説得を始める。
しかし、
「ええ、ええ。これでも慈悲を掛けてるつもりなんですよ」
「そんな……」
慈悲など掛けるつもりなんて更々ないのだろう、セルナの痛ぶられる姿に恍惚とした表情を浮かべている。そしてさらに追い討ちをかける。
「服も剥いてやりなさい、徐々に剥くんですよ?」
胸糞が悪い。
その綺麗な顔や体に容赦ない打撃が加えられ、あられもない姿を晒されていく。
「ね…ぇさま……」
これ以上は見ていられないと思い、俺がその場を去ろうとした時、
「セルナ!」
見兼ねた姉が、セルナの体を守るように覆い被さる。
「いけませんねぇ、ソアラさん?そこを退きなさい」
「セルナの罪はこのような残虐な行いではなく、法のもとで裁かれて然るべきです!」
「犯罪者を匿う事は、例え姉妹であろうと大罪。貴方は少し、ご自分の立場を考えるべきです。君達、ソアラさんを引き剥がしなさい」
護衛の一人がソアラの腕を掴み、セルナから引き離す。
「セルナ、逃げなさい!逃げるのよ!」
そう叫ぶソアラに対し、必死に口を塞ごうとする護衛の男。
この状況下で逃亡など無茶にも程がある。だがそれが姉として出来る、必死な最後の抵抗なのだろう。
「ねぇ……さま」
意識が朦朧としながらも、気力だけで立ち上がるセルナ。
俺に出来る事は無い、依頼もあるし今度こそ踵を返す。
その時、
「私は逃げません」
――俺は逃げない
セルナのその一言で、蘇った記憶が俺の足を再び止める。
「例え足を折られようと……腕を捥がれるようと……どんな辱めを受けようと……私に多くの愛情を注ぎ、守って下さった姉様を……今度は私が守る!」
「ダメよセルナ、逃げなさい!逃げて……お願いだから……」
「私は逃げません」
――俺は逃げない
「例えこの場にいる誰一人として私達を救って下さる方がいなくとも、英雄が居なかったとしても!私は……決して逃げることはしません!」
生前の記憶が次々と蘇っていく。
――例え誰一人としてお前を救わなくても、俺は見て見ぬ振りをする連中のようにはならない。俺がお前を必ず救ってみせる。俺が最後まで絶対に守ってやるから、心配すんな。
"なんで助けてくれるの?"
――別に深い意味はない。俺が勝手にした事だ。だから感謝する必要とかも全然ないからな?
"そう……でも……助けてくれてありがとうね……"
あの後自殺を選択した、俺の記憶の彼女がそう言った。
あの時、ティアに礼を言われた時にも同じような感覚があった。
昔の俺は英雄になりたかったんだ。
それはとても稚拙な事だ。
だが周りに馬鹿にされ、なんと言われようと英雄を目指して突っ走っていたんだ。
目の前の憎しみに駆られて忘れていた、以前の夢。
"英雄になる!"
俺は英雄なんかになるつもりはない。
だが、英雄を助ける事ぐらいなら許されるよな?
そこにいたセルナはもう少女でもなく、貴族の娘の姿でもなく……"小さな英雄"なのだから。
馬鹿な俺が憧れていた英雄だ。
セルナが落とした剣を持ち構える。
「私が……私が姉様の英雄になります!」
「ふん、お涙頂戴の姉妹劇に付き合ってる暇は残念ながらもう無いんです。君達、彼女はどのみち極刑です。この場で公開処刑と行きましょう!」
「なぁティア。あそこにいるのは紛れも無い英雄だよな?」
「ええ、そうね」
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
セルナが剣を構え、立ち向かう。
しかし、容易にいなされ剣を弾かれる。
そしてその反動により、剣を落とす。
「ここまでです、諦めなさい。その二人は第三位階の剣士、貴方がそうそうに勝てる相手では無いのです」
「セルナァァ!!!」
姉の叫びも虚しく、セルナの首元に剣が振り落とされる、
筈だった。
振り落とされる直前に、常人には目にも止まらぬ速さで護衛の腕を掴み、振りかざした剣を止めていた。
「セルナ……お前の依頼受けに来たぜ」
「…………」
セルナは堰が切れたように涙を流す。
「よかったな。セルナという英雄により、お前の姉は救われた」
「……はい」
涙を零しながらセルナは答えた。
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