01.負けイベは負けるもの
「そおおいやああああああぁぁ!!!」
激しい雄叫び声と共に、まっすぐ剣を突き刺す。
とても、それはそれは長い戦いだった。
日が暮れ、また昇り、また暮れ、また昇り、もうすぐまた日が暮れそうだ。
うめき声をあげながら、とうとう魔王も膝下から崩れ落ちた。
「貴様…!」
魔王の最後の言葉。
もう少しだったのに!とか、私が負けた!?とか。
多分その辺の台詞を吐いて、砂のようにサラーっと消えていくんだろう。
「貴様…!いや、この際お前!おいお前!てめえ!」
どんどん口が悪くなってく魔王なんて初めてみた。
「空気…!!空気読めよ!!!!!!」
「・・・・・・・・・ん?」
「なにポケーっとしてんだよ!く・う・き!空気読めって行ったんだよクソ勇者!」
全く何を言っているのかわからない。
俺は勇者。使命は魔王を倒すこと。
その使命を全うしたまで。
敵ながら天晴れと言われてもおかしくない状況で、こいつは一体何を言っているのだ。
「負けイベなんだよ!この戦闘は!」
「負け…イベ…?何それ?誰それ?」
こいつマジかという顔をして、魔王がヨレヨレと立ち上がる。
「負けイベ!負けイベント!お前、ついさっき旅に出たばっかりで魔王城に来ただろ?」
「そうだけど?なんかまずかった?」
「いや、そこまでは大丈夫だ。そこまではちゃんとシナリオ通りなんだ。」
荒れすぎた息を整えるように、天を仰ぎ、ゆっくりと深く息を吸う。
「問題はそのあとなんだよ!!」
足もふらふらと、今にも倒れてしまいそうな体を魔法の杖で支えて魔法が近寄ってくる。
「なんで俺が『なかなかやるな、だが今のお前では俺に勝てない。出直してくるんだな。』って言ってやってんのに、諦めずに斬りかかってくるんだよ!」
「なんでって、なんか行けそうな気がしたから」
「いけねえんだよ!いけちゃダメなんだよ!」
もはや、魔王戦の雰囲気なんてあったもんじゃない。
魔王も何かを悟ったように、深く肩を落とし、トボトボと背を向けて歩き出した。
もうこいつはダメだ、関わったらダメだ。
この世界の掟も分からんやつに付き合っていたらロクなことがない。
何も言わずにこの場の離れよう。そして、大好きなゼリーでも食って寝よう。
<サクッ…>
魔王の背中に鈍痛が走った。
「背中を向けるなんて、油断しすぎだぜ魔王よ!」
高笑いをする勇者をみて、こいつの方が魔王だよなあと思いながら
諦観の微笑みで魔王は砂のように消えていった。
どこからか、陽気なファンファーレが聞こえる。
どうやらレベルが上がったらしい。
[ リードはLV78へレベルアップした ]
[ リードはスラッシュソードを覚えた ]
[ リードは五月雨斬を覚えた ]
[ リードはオートキュアのスキルを手に入れた ]
[ リードはダンスアタックを覚…]
あぁ、もういい。めんどくさい。
勇者リード、もとい、リュウヤは通知を止めた。
そう、ここはバーチャルRPGの世界。
現実世界で話題をかっさらっている、「スター・トワイライト」の中の世界だ。
世界中の最新ゲームが集まるゲームショーの大目玉として、まるで自分がゲームの世界に入り込んだような体験ができるのだ。
要は、RPG体験シミュレータ。
剣に切られた衝撃も、回復魔法で暖かい光に包まれる感覚も、まるで現実かのように体感できる。
夢のようなゲームじゃないか!
意気揚々とゲームの体験プレイをしているわけだ。
さて、なかなか楽しかった。
魔王も倒したことだし、あとはエンドロールでも流れて、Finとかが見えて。
まぁ、そんなところだろう
・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・?
うんともすんとも言わない。
ゲームを始める時につけた腕時計型のコントローラをいじってみるが、状況が変わることはなかった。
ふと、ゲームを始める前に受けた注意事項と説明を思い出して、この状況に対するヒントがないかを探り始めていた。
・・・
・・
・
「ゲーム内で死んでしまうか、全てクリアすればゲームは終了です。基本的にそれ以外でゲームを終了することはできません。ゲームの中の体感は何時間、何日とかかるようにも思えるかと思いますが、現実世界ではほんの少ししか時間が経っていませんのでご安心ください。ゲーム内の時間でいうと、およそ1年くらいの時間が、現実世界の10分くらいですね。あ、あとゲーム内の女の子に、その、イヤラシイこととかしないでくださいね…!みんな可愛いですけど勇者としての尊厳を守ってください!あとはとにかく楽しんで!以上!いってらっしゃい!」
・
・・
・・・
ダメだ。なんのヒントもない。
死んでないし、女の子にイヤラシイことももちろんしていない。
なんなら、ゲームが始まった瞬間に魔王城の前にいて、まだ女性に出会っていない。おかしい。
そして、今魔王を倒した。
クリア…じゃないのか?これはクリアじゃないのか?
だとしたらなんだ。だとしたらなんだというのだ。
この魔王城の最上階のど真ん中で、魔王が砂のようになってしまった姿を前にして
レベルアップと、もはや無意味な必殺技のスキルの数々を手に入れて
これからどうしろと。俺にどうしろというのだ。
さっき、魔王が怒っていたな…。
『負けイベなんだよ!この戦闘は!』
負けイベ…。
負けてもストーリーが進むあれのことか。
戦闘中に魔王が5回ほど「なかなかやるな」と言っていたけど、もしかしてあれは負けイベの分岐の一つで、あれ以上攻撃したらダメだった!?
と、いうことは…?
ということは…!?
「詰んでる?」
いやいやいやいやいやいやいや。
まだ大丈夫。
確か、死んだらゲーム終われるって言ってた!
適当に外に行って、モンスターと戦ってボーーーっと突っ立ってれば死ねるだろ!
・・・数日後・・・
ペチンッ!ペチンッ!
キュア〜〜♪
ペチンッ!ペチンッ!
キュア〜〜♪
ペチンッ!ペチンッ!
キュア〜〜♪
「レベルが上がって全然攻撃が効かないのと、自然治癒のスキルで全然死ねないんですけど!!!!!!!」
勇者、リードの最弱を目指す旅のはじまりはじまり。