どうかあなたのそれをちょうだい
ふわふわの金髪にバラのような色の大きな目、真っ白な肌を花びらのような薄紅色に染めた妹は、姉である私も見とれてしまう程美しい笑顔でこう言った。
「ねえ、お姉様、それちょうだい」
その言葉に思わず目を瞬かせた。
「あの、ドロシー、これはお婆様から頂いたもので…」
「そんなの知らないわ。良いでしょう、ちょうだい。代わりにこれあげるわ」
そう言って私の持っていた装飾の華やかな扇子を無理矢理に取り上げ、自分の持っていた地味な扇子を押しつけるとニコニコしながら行ってしまった。
周りもそれを見ていたのに何も言わない。
当然だ。聖女もかくやと言う程の魔力を持ち、美しい妹と違って、王家にしては少ない魔力しか持たず、白い髪に薄い灰色の瞳と地味で不気味な私ではどちらが優遇されているかなんて分かりきっている。
ましてや私は側室の娘で母はもう亡くなっている。
だから、妹が私に何をしようとちゃんと見ることさえせず皆がそっと目を逸らしてしまう。
昔からあの子はそうだった。自分は美しいものばかり持っているのに、何故か私のものを無理矢理に持って行ってしまう。
いくら止めても言うことなんて聞かず、しまいには私の婚約者も惚れさせ、彼は私に婚約破棄をした。
彼は妹に求愛したが振られたらしい。
まあ、そんなのは分かりきっているからいいのだ。
そして私は近いうちに遠い国に供さえ付けずに嫁ぐことが決まっている。
この婚約を取り付けたのも妹らしい。
「なんでなのかしら…」
思わずそんな言葉が口から零れた。
妹がなんで私にこんな事をするのか分からない。
昔は仲が良く、聖女教育が嫌だ、辛いとこっそり庭で泣いている妹を慰めるのは私の役目だった。
だけど、人前では嫌われている私に彼女が関わるのを周りが良しとせず段々と距離が離れていった。
私が18歳、彼女が16歳になった今では先程のように彼女が私の物を取り上げていく時ぐらいしかしゃべりもしない。
なのにこんな風にされる理由が分からない。
私は今日も泣きそうな顔で妹が去って行った方を見つめた。
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先触れの魔法である蝶が入ってきたのを見て手を止めた。
軽やかな声がその蝶から流れる。
『ドロシーよ、今からそちらに向かうわ。準備をしておいてちょうだいね』
言うなり消えたその蝶のいた所を見つめ、軽いため息を吐いた。
今日やるはずだった作業は一切出来なくなるだろう。
この国の聖女と名高い彼女はよく神殿に来るがこうやってわざわざ先触れを出すときの用件は決まっている。
彼女に言われた通りに準備をしながら、彼女の事を考える。
美しく、賢く、慈悲深い、この国を守る結界の魔力の大半をまかなう巫女姫様。
そんな評判の彼女の本当の顔を知っているのは果たしてどれほどいるのだろう。
準備がし終わると同時に彼女が到着したのが、侍従から伝えられた。
程なくしていつも通りの美しい笑みを浮かべたドロシーがやってきた。
「急にごめんなさいね、アルフレッド。やりたいことが出来てしまったの」
「いえ、構いませんよ。ドロシー様の望みなら喜んで」
「ふふ、ありがとう。あなたも案内ありがとう、これから複雑な作業をするから作業が終わるまでお茶を入れにいってくれないかしら。終わったらベルを鳴らすわ」
ドロシーに笑いかけられた侍従はポーッとした顔のまま何度も頷き部屋を出て行った。
途端、彼女の笑みがスッと消え去る。
「これ、どうにかしといてくれる?」
「…セシリア様の物ですよね?」
「ええ、お姉様のよ」
凍えそうな程に冷たい目で美しい装飾の施された扇子を見ている。
それを見てため息を吐きたいのをこらえながら、それを受け取り口を開いた。
「準備は整っています」
「貴方は本当に優秀ね。頼りにしているわ」
普段とは全く違う冷たい笑みを浮かべて、俺が準備した祭壇の方へ歩いていく。
ああ、本当に彼女の本当の顔を知ったら、周りは驚くに違いない。
祭壇の前に立ち、魔力を流したドロシー様の、それはそれは冷たい声がポツリと呟いた。
「愛しい、愛しいお姉様に呪いを送りやがった阿呆を示しなさい…!」
ほとんどの人に知られていない、彼女のこの盛大なシスコンっぷりは。
ドロシー様が深く深く愛する姉であるセシリア様は冷遇され、しかも定期的に命を狙われている。
理由は何というか、娯楽小説にありそうな王家のドロドロの愛憎劇が原因だ。
セシリア様のお母様は元々、先代陛下の側室だった。
それはそれは美しい方でその瞳を見れば誰をも虜にしたという傾国もかくやという方だったらしい。
それはセシリア様のそれは儚く美しい透き通る白い髪と神秘的な銀の目といったご容姿を見れば簡単に察せられる。
先代陛下はご老齢ながらも夢中になり、政務も放って彼女に溺れた。
そして先代陛下が亡くなってからは、今の陛下が無理矢理に彼女を側室にした。
本人はあまりの王家からの執着と周りの女性からの敵意に憔悴し、セシリア様を生んだ後、すぐに儚くなってしまった。
だが、積み重なった今の王妃様と王太后様の憎悪は抑えられなかったらしい。
結果、それは生まれた側室の娘に向かった。
そのあたりで陛下も我に返りようやく周りの状況に気付き、周りの女性の憎悪に怯え、生まれた娘をあまり構うこともせず見ないふりで逃げた。
結果、何も悪くないセシリア様は冷遇され、命を狙われ続けるはめになったのだ。
だが、そんな状況であったセシリア様が今の今まで生き残った理由は、目の前で占星術を使い姉を狙った犯人を暴き出しているドロシー様である。
この王家のクズっぷりはセシリア様への扱いで分かると思うが、それはドロシー様に対しても同じだった。
ドロシー様は王妃様の娘だが、母親は側室への嫉妬で当たり散らすばかりで相手にもしてもらえず、父親は跡継ぎに出来ない女ながら自分や王太子以上に魔力が強いドロシー様への劣等感から彼女を幼い頃から道具のように扱った。
幼い頃から聖女という名ばかりの称号の元、限界まで魔力を搾り取られ、魔力枯渇の辛さで一人泣いていたドロシー様を慰め、少ない魔力で回復魔法を掛けてくれたのがセシリア様であったらしい。
自分も冷遇され、時には使用人のように扱われながらも、少ない私物や滅多に与えられない甘い物をいつも泣いているドロシー様にくれ、優しくしてくれる姉にドロシー様は救われたのだと言う。
だから、その魔力で国のほとんどを結界で覆い、本当の聖女になり、国民感情からか父親や母親が急にドロシー様に甘く接するようになったことで自由が増えたドロシー様は誓ったのだと言う。
これからは私がお姉様を守ると。
結果、今回のように呪いが掛けられた物が送られているのに気付けば、さっさと取り上げ、自分の持っていた見た目は地味だが最高品質の物を差し出し。
評判が最悪な男の婚約者にさせられれば、なりふり構わず誘惑し、姉から引き離し。
姉に一目惚れをした遠い国の第二王子を調べ上げ、姉が幸せになれそうだと判断するや否やさっさと婚約を取り付けた。
人前であからさまに庇うとセシリア様に対する冷遇が更に酷くなると不仲を装い距離を取っているが、知っていれば驚く程に、ドロシー様はセシリア様が大好きで、常に彼女を守り続けている。
それはセシリア様にもとうの昔にそれに気付いていて、妹から守られ続けているのに何も返せないし、距離を取られているせいでお礼を言うことも出来ない自分を不甲斐なく思っている。
知っている自分から見ると、これが男女で血が繋がっていなければ恋愛小説にもなりそうな程の両思いっぷりだ。
占星術で犯人を特定できたらしく晴れやかな顔でこちらを振り返ったドロシー様を少々呆れた思いで見つめる。
「終わりました?」
「うん! 術者とついでにお婆様とお母様に呪い返しして、しばらく動けないくらいに痛めつけたから、多分嫁ぐまでは安心! ざまーみろー!」
そう言ってにこにこ笑いながらくるくる回る姿は可愛らしいのだが、言ってることが怖い。
この人はかなり魔術に精通しているので、この仕返しのえげつなさは自然に察せられる。
絶対に容赦なくやっている。
一頻りくるくる回った後、ふと、気付いたようにこちらを見て、しゅんとする。
「アルフレッド、ごめんね。予定崩れちゃったでしょ。お姉様に呪いかけられたの気付いたら頭に血が上っちゃった。作業に必要な魔力とか注ごうか?」
「いや、俺も魔力は多い方なんで大丈夫ですよ。あなたこそ普段からこき使われてんですから、魔力節約してくださいよ。いーかげん、倒れますよ」
「大丈夫だよ。慣れてるし、この前ね、誕生日にお姉様が疲れを軽減する魔法陣が刺繍されたお守りくれたんだ。お姉様、魔力少ないから大変だっただろうに、すっごく効き目あるのくれたの」
本当に嬉しそうに首に掛けていたそれをドレスの下から引っ張りだして見せてくれる。
一瞬見ただけで、どれだけ時間を掛けたか分かる、丁寧でよく練られた魔法陣が、繊細な糸で美しく刺繍されていた。
この姉妹は本当にお互いが大好き過ぎる。
「…セシリア様が嫁ぐのって、来月でしたよね」
「うん! 少しでも早くなるように色々噂とか流して印象操作して、お母様達にこの婚約はお姉様にとって悪いって思わせたから! 早く国を出られることになって良かったー…」
「貴方、それだけセシリア様の事、好きなんですから、姉妹で交流したらどうですか。隠蔽協力しますよ」
そう言うとちょっとだけ、寂しそうな顔で首を横に振った。
「ありがとう。でも、いいや。私、もっと寂しくなっちゃうし。それに、お姉様は私がこれからも国に残るのすごく気にしてるでしょ、ちゃんと会って、更に心配掛けたくないの」
そう語る彼女の顔は化粧で綺麗に隠されているが、青白いほどに顔色が悪い。よく見ると隈もすごい。
一瞬なら誤魔化せるかもしれないが、長時間向き合えば気付かれてしまうだろう。
彼女は一見甘やかされ、望めば何でも与えられるが、それ以上に酷使され続けているのだ。
「…なんで、貴方は自分のことじゃなくて、セシリア様ばっかりなんですか。自分のこと、ちょっとは気にして良いと思うんですけど」
思わず零れた本音にドロシー様は笑って言った。
「だって、最初にくれたの、お姉様だもの。本当に本当に辛い目に遭ってたのにね、私がいいなって言うとすぐに私に何でもくれちゃうの。魔力少なくて大変なのに私に、高位の魔力回復の術使っちゃうの。私はお姉様にあんなことしてたお母様の娘なのに、ずっとずっとお姉様だけが優しかったの。私が笑えるの、お姉様のおかげなんだよ。辛くて、感情なんて要らないって、笑えなくなってたのにお姉様が私に笑顔をくれたの。だから、返したいの。今度はお姉様を笑顔に、幸せにしてあげたいの」
そう笑う彼女自身幸せと言えないのに、ただ一身に姉の幸せを願う。
思わずこみ上げた感情を抑え込み、いつものように呆れた感じで笑う。
「はいはい、相変わらずシスコンですね。つーか、恩返しなら、俺にもさせてくださいよ。貴方のおかげで今、こんな風にしてられるんですから」
「えー、でも、私のおかげじゃなくて、アルフレッドが優秀だっただけでしょう。私は切欠だけだもん」
「その切欠がなくて、燻ってたんでしょーが。今日のお茶、隣国の仙桃入れてるんで、後で感想お願いしますね」
そう言うと目を瞬かせる。
仙桃はかなり高価な素材で、飲めば、体力は回復し、魔力消費がしばらくは抑えられる。
今のドロシー様にはかなり適した素材だ。
「えっと、すっごくね、嬉しいし、しばらくは楽になると思うんだけど、良いの? 高いよ?」
「貴方のおかげで着いた今の地位で経費で買ってますんで遠慮無くどーぞ」
「えへへ、じゃー、貰う。ありがとう!」
嬉しそうに微笑む彼女がベルを鳴らし、侍従が入ってくる。
お茶は先程言ったように特別製だし、お茶請けは彼女の好物のナッツのタルトだ。
嬉しそうに笑う彼女を見つめながら、自分の分の普通のお茶をすすった。
お茶のおかげか、顔色が少し良くなり、嬉しそうにお礼を言って本日の魔力供給に向かったドロシー様を見送った。
彼女が使った祭壇を片付け、彼女が来なかったらしようとしていた作業に取りかかる。
部屋に特別な措置を施し、外部と空間を遮断する。
その状態で魔法陣を書き、魔力を流すと簡単に相手に繋がった。
『遅かったな。もう少し連絡は早い予定だったが』
「すみませんね、ドロシー様がセシリア様の呪いの対処をしたいと仰ったので、そちらを優先しました」
『なるほど、急務だな。…セシリアは?』
「ドロシー様がしくじる訳ないでしょう。無事ですよ」
『そうだったな。なら、礼も兼ねて、早急に事を進めなければな』
「頼みますよ、王家をひっくり返すなんて俺一人じゃとても出来ないんで」
『いや、そなたならその気になればやれただろう』
その言葉に薄く笑みを浮かべる。
「その気になんてドロシー様の為以外でなりませんよ」
この国は王家を見れば分かるように中々にあれな状態になってきている。
俺は一応は王家傍系の出身だが、生まれる前から神殿に入ることが決められていた。
理由は王家への賄賂のような物だ。
この国は魔力の結界によって守られ、魔力によって動かされている。
税金が高かろうと絶対の安心と利便性に繋がる魔力を捧げる王家や貴族への求心力は高い。
だが実際はドロシー様のように魔力の高いごく一部が神殿に入れられ、犠牲になっている。
腐り切った王家の恩恵には血が繋がっているからといって簡単には与れない。
だから、俺の家族はわざわざ魔力を高くするために生んだ俺を生まれてすぐに神殿に送ったのだ。
自分達が楽をして甘い汁を吸うだけのために。
幼い頃から魔力を供給する電池のような扱いを受けてきた。
何も知らない幼い頃は本で見た家族という物に憧れていたが、現実を知り、自分には魔力以外の何も求められないのだとそう気付いた。
国の為にと施された魔法の教育は自分に取っては簡単で、都市部への魔力を送る魔法陣の改良法などには気付いていたが、この国のためになる事をしたくなくて放っていた。
だけど、魔法陣への興味はあって、供給の度に眺めるのは好きだった。
それに気付いたのはドロシー様だった。
結界に魔力を供給した後、都市部への魔力を送って、疲れたと言う言い訳の元座り込み、魔法陣を眺めていた俺に気付いたのだ。
興味があるの? と、自分が持っていた美しい魔法陣の施されたハンカチを俺にくれた。
もらう理由がないそれに困惑しそれを返しに行った俺に魔法の話を振ってきて、思った以上に興味深いそれについ乗ってしまったのだ。
その結果、優れていることがバレ、国の為にと魔法陣などの改良をする部署に回された。
やる気なんてなかったが、ドロシー様はよく俺の様子を見に来た。歳が近いからと馬鹿みたいな理由で。
最初のうちはドロシー様の事を、お気楽な見た目通りふわふわしたお花畑なお姫様なのだと馬鹿にしていた。
だけど、彼女は本当に賢く、そして、愚かだった。
自分の役割がどれだけの民に影響しているのか理解しており、そのために常に尽力していた。自分を虐げる王家の利に繋がると知りながらも、民は悪くないからと。
常に勉学に励み、魔力をふらふらになるまで注ぎ続ける彼女は、この国が女性に王位を継がせないと決められていなかったら素晴らしい王になっただろう。
それでも、現実では彼女は決して報われず搾取され続ける。
それがムカついて、彼女が供給する結界の魔法陣の改良に段々と真剣に取り組むようになっていった。
それに対して何故か恩を感じ、よく話にくるようになった彼女の姉への感情に気付いたのは必然だっただろう。
最初のうちは全く理解出来なかった。
俺の家族は俺を道具として扱った。
彼女も親からそう扱われている。
それなのに、彼女は姉を驚くほど愛していて、どれだけ自分が辛かろうと姉を助けていた。
誰かに向ける感情にそんな物があるなんて信じられなかった。
だけど、事情を知った俺の前では素を出して、コロコロと表情を変え、言葉や態度を崩し、姉への愛情を示し続ける彼女に少しずつ気持ちが変化していった。
昔、本を読んで憧れたあの感情が本当にあったのだと、衝撃を受けた。
そして、彼女が欲しくなった。
身内に対してあんなにも愛情を示せる彼女が。
あの嬉しそうな笑顔を、溢れんばかりの愛情をどうか自分にも。
彼女が姉を助けるのは昔に姉に救われたから、与えられたからだと言った。
だけど、俺に与えたのは彼女だ。
人に向ける優しさを、親しみを向けられるむず痒さを、傷つけられることが許せない怒りを、昔憧れ諦めた感情への欲を。
全て彼女が俺に与えてしまったのだ。
彼女の愛情を向ける一番は常に姉だった。
だから、あの国の第二王子がセシリア様に興味を示した時、俺の方でも動いたのだ。
あの国は我が国に眠っている資源を欲しがっていた。
しかし、しっかりした外交をしようにもこの国の王族は愚かでしかも無駄にプライドが高く話にならない。
だから、簡単だった。
セシリア様を傷付け続け、かつ、無能でやりにくい王族を引きずり落とし、あの国に友好的な俺が王位に立つ事に、あの第二王子は簡単に賛同した。
今のように何回も連絡を取り、交渉を重ね、この国の今後に取って利になる支援を取り付ける。
セシリア様が嫁ぐ頃には、準備は整っているだろう。
ドロシー様が拘り続けたセシリア様への恩返しはセシリア様が嫁ぐことで完遂されるはずだ。
なら、それが終わった後ならば、俺が彼女を助け出したなら、ドロシー様の愛情を俺に向けることも出来るはずだ。
ねえ、愛しいあの人を救い、そしてあの人から愛情を注がれ続けた妬ましいあの人のお姉様。
あの人のためにしっかり幸せになってください。
そうして、あなたへの感情を今度は俺にちょうだいします。
よくある妹が甘やかされ、姉が冷遇される話だと思ったら、シスコンでしたという風にしようとしたら、腹黒ヒーローの暗躍話になってた。
何でだろう……