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1-7 彼の提案、彼女の願い

 一行はとりあえず民家の陰に潜んだ。座り込んで治療に当たる。シフは派手に破れたマントを捨てた。なんだか魚臭い。漁具が干してある。漁師の家らしい。

 スィラージの尻もここでライトヒールが当てられた。

 「そこじゃない、もっと下」うつ伏せになったスィラージが文句をつける。

 「これで我慢しなさい」

 「マジかよ、そこじゃないってのに」局部を触らせようとする男。ゲスである。

 「しかし凄かったな、フルバーストは」シフは話題を切り替える。

 「冗談じゃない。俺のケツは汚れちまったよ」

 「尊い犠牲を乗り越えて俺たちは進まねばならん」

 「やれやれ」無傷のガボルアが周囲の警戒に立つ「しかしあのエルクとかいう男。なかなかの使い手だったな」

 「それでもあんたなら勝てた、だろう?」

 「そうだな、1対1なら問題無く」

 とはいえガボルアほどの男が一度は体勢を崩したのだ。それなりの力量だったと言えよう。新手に囲まれた時は少し危なかった。やはり魔法使いがいると全然違う。

 「走ったら腹減った……」治療を終えたルシールが、レモングラスの切れ端を鞄から取り出して齧る。通常生で食べるものではない。

 「どんな時でも腹が減るか、若さだな」ガボルアが呟く。

 「まあ、お昼過ぎだし」スィラージがうつ伏せのまま言った。



 近くの民家が何やら騒がしい。多分漁師とその妻だ。

 「あんた! またパチンコ行ったね! もう行かないって、この前言ったでしょ!」

 「え、なんのことだ? そんなもん行ってないぞ?」

 「嘘! じゃあこれのお金どうしたの? この腹筋を鍛えるっていう訳の分からん道具。これ買うお金どっから出てきたって言うの!」

 パリン!

 「そ、そ、それは毎月の小遣いを貯めて買ったんだ、よ」

 「そんなすぐばれるような嘘ついて! あたしがごまかされると思ってんの? は! 舐められたもんね!」

 ガシャン!

 「お、落ち着け! 頼む、落ち着いてくれ! わかった、俺が悪かった! 認める! 俺はパチンコに行った! だから落ち着いてくれ! 頼む! すまん! 悪かった!」

 「……今度行ったら実家に帰るからね! わかった!?」

 「ははーっ! わかりました! もう二度と行きません!」

 「ところでそこ! いつも散らかすなって言ってるでしょ! 早くその割れた皿片付けなさいよ!」

 「はい! 今すぐに!」

 シフは呟いた「……女って怖い」

 「俺もそう思う」スィラージが同意する。

 ルシールが慨嘆する「まったく、どうして男はギャンブル狂ばかりなのかな」

 「仕方ないさ、男って奴はスリルが無いと生きていけない生き物なんだよ」スィラージが男のサガを説明する。

 シフもウンウンと頷く「そうだぜルシール。お前さんが知らないだけで巷の男はほとんど全員ギャンブル狂なんだよ」

 「それは違う」ガボルアが冷静な指摘を入れる。

 「はあ……」ルシールがボキッとレモングラスの茎を噛み切った。

 「そしてここまで怒られても(パチンコを)打ちに行ってしまう。それが男……くっ、泣かせやがるぜ」シフは漁師に哀悼の意を捧げる「さて、そろそろ行くか」

 「それがいい。これ以上この家の話を聞きたくない」ガボルアが頷いた。



 一行は追跡者を警戒し裏道を宿へ向かう。通りのざわめきが聞こえる。

 戦闘の影響だろう。たしかに、そこら中に氷の刃が突き立った有様は耳目を引く。

 シフは聞き耳を立てる。

 「港によ、裁きの雷が落ちたらしい」

 「怖いのう、昨年も一人やられたばかりじゃろう」

 「鮫は出るし、砂賊も出るし、良いこと無いねえ」

 ところでスィラージの歩き方がおかしい。尻の傷が完治していないのか、痔になったかしたのだろう。

 宿に着いて女主人からパンを買う。固い。

 シフはスィラージを偵察に出した。

 スィラージは貧しい旅人に変装した。顔を汚して髪を乱し虚ろな顔になる。あの爽やかゲスイケメンはどこに行ったのかと思うほど、彼は変装が上手い。

 「股間を汚すのがポイントなんだぜ」彼は下劣な捨てセリフを吐いて出ていった。

 宿の表玄関をシフが見張り、裏口はガボルアが見張る。ルシールには少しでも魔力を回復させるべく、寝室で瞑想させる。シフとガボルアは交代で見張り荷物をまとめる。中古のマントを女主人から買う。



 荷造りも終わり、シフは庭の木陰から外の様子を窺う。30分ほどもそうしていただろうか。彼は近くの木陰に黒猫が昼寝しているのを見つけた。するすると近寄って背中から抱きかかえる。黒猫が「にゃん?」と鳴いた「♪」抱いたままベンチに座り膝に乗せる。さわさわと背中を撫でる。黒猫は気にしない様子で丸まる。毛並みはツヤツヤかつすべすべ。栄養状態が良いのだろう。まだ若いオスである。一般に毛色で性格がわかるというが、黒毛の場合は『控えめ、しっとり。人間や環境をよく観察してくれる、空気の読める猫』である。この黒猫もそれに近いか。少しマッサージしても嫌がらない。息を吹きかけると穏やかに見詰めてくる。昼間だから瞳が細い。全く鳴かない。多分下ろしてほしい時には鳴くのだろう。宿の女主人との交流が窺える。撫でているだけで幸せな気持ちが湧いてきた。よーし、ギヤを上げろ! 手櫛で強めにマッサージだ! これでもくらえ! 黒いしっぽがパタパタ振れる。気持ち良いのか? 気持ち良いのだろう。猫の気持ちを想像してみる「こんなの初めて~。悔しい! でも感じちゃう♪」うむ、穏やかで良い猫だ。背筋にコリコリと手を滑らせたり、しっぽの付け根を重点的に揉んだりすると、気持ち良さそうに体を預けてきた。喉をゴロゴロ鳴らす。その信頼に応えるのは人として当然の務めである。


 と、そんな感じでシフが全力で黒猫を慈しんでいると、スィラージが帰ってきた。昨日見たパンをひとつ持っている。

 「それまた買ったのか?」

 「いや? 昨日と同じ子供がくれた」

 「そうか」

 「お金が入ったんだとさ」

 「そうか」シフは少し笑った。

 皆で今後の予定を話し合う。黒猫が逃げようとしたので捕まえると諦めて膝に丸まった。

 「奴ら、港を押さえていやがる。他にも仲間がいた」

 「そうか、あちらさんの人数はどれくらい?」

 「10人ほどだな」

 「なるほど」やはり分が悪い。

 「逃げるか?」ガボルアが問う。

 「そりゃ逃げるだろう」戦いは避ける。必要以上に恐れはしないから煽ってみたり遊んでみたりするが、避けられる戦いならば避ける。それがこの一行を率いるシフという男だ。

 「不意を突けば潰せると思うが」ガボルアの力量なら可能だろう。

 「それは本当に最後の手かな。とりあえずやめとこう」

 「港を押さえられた以上、戦いは避けられんだろ」

 「確かにそうなる。逃げてもあまり解決にはならないしな。しばらく考えてみるか。どうせ船が出るまで待つしかないんだから」

 渡船再開までこの街に潜伏し続けても、全く外出しないわけにもいかない。この街にいる限りいつか見つかってしまうだろう。そして目的地を知られたと考えると、港を押さえるのは当然の一手だ。船中で狙われでもしたら逃げ場が無い。

 ルシールの表情が硬い。さすがに今度こそ追い出されるのではないかと思っているのだろう。

 「そんな顔するな。一応聞くけどあの連中に捕まりたくないんだろう?」どんな事情があるのか知らないがシフは言う。

 ルシールが躊躇いがちに頷く。

 「それなら、だ。お前さんをこのまま連れて行くのは良いんだが、ひとつ条件がある」

 スィラージが戦慄する「おお、さすが鬼畜の隊長だぜ。俺たちに出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる! 憧れるゥ!」

 「あっはっはっはっは、お前は何を想像しているんだよ。そんな想像するお前こそ鬼畜」

 シフはルシールを見て続ける「条件ってのはあれだ。スィラージおすすめのアニメを今度一緒に見てやってくれ」

 「え?」

 「間違えた」シフは少し口ごもる「お前さんとスィラージの話だからな。お前らがいつもテレビのチャンネル争いするの、うるさくて敵わないんだよ」

 「……そんなんでいいの」

 「そういうことだ。約束は守れよ」スィラージが嬉しそう「アニメの深淵を叩き込んでやる」

 ルシールは消え入りそうな声で応える「相変わらず、安定の馬鹿ね」

 「うむ。そしてもうひとつ」

 「え?」

 スィラージも驚く「条件は一つって言ったよな?」

 「まあ、お約束という奴だな。おい婆さんや」

 ルシールが嘆息する「はあ、なんですか、お爺さん」

 「お前さん、うちの組に、フィルサークレア・キャラバンに入らないか。入れば仲間だ。全力で守る」ギルドではなく、ギルドと契約しているシフの組織のことだ。構成員はシフとスィラージの二人だけだが。

 「それはなかなか良いね」スィラージも頷いた。

 「だろう? 我ながらナイスな提案だぜ。お前さんなら大歓迎だ」

 「…………あたしの目的地がアレクサンドリアだと話した覚えはないけれど」

 「確かにそうだな。それでも聞こう。どうする?」

 「……少し考えさせてもらっても良いかな」

 シフは気にしない「まあ、良いさ。どうせ船が出るまで待つしかないんだ。ゆっくり考えてくれ。とりあえずの予定としては、今夜、この街を離れる」 

 「どこ行く?」スィラージが機嫌良く問う。

 「東かな」逃げるなら先ず東。このレグスという港町の東には穀倉地帯があり、その南と南東には森が広がっている。街も村も幾つかある。さらに穀倉地帯を湖岸に沿って東へ進むとやがて王都にたどり着く「他の街で様子を見よう」

 シフは膝の黒猫にマッサージを再開する。やり過ぎなくらいに揉んで揉んで揉みまくり。普通なら逃げそうなものだがされるがまま。気持ち良さそう。

 ルシールもその背を撫でた「どうして逃げないのこれ」

 「こう見えても俺は猫検(※1)3級だからな」

 ガボルアは何も言わず平静な顔で眺めているが、わずかに口元が綻んでいる。

 「早くメシにしようぜ、マジヤバい」スィラージが訴えた。お前はまだ食べるのか。




 【※1 猫検】正式名称『猫取り扱い技能検定』。創設者はルキウス・リキニウス・ルクルス(通称ルクルス)。BC118~BC56。共和制ローマ後期の優秀な将軍で、趣味人としても名高い人物。優雅な猫の交配に情熱を燃やし、後進の育成から市場の拡大まで支援を惜しまなかった。彼の死後、この資格はフラクシヌス財団が権利と運営を継いだ。ローマ、カポア、シラクサ、アレクサンドリア、アテネで講座と認定試験が開催されている。ちなみに現代においても猫検は実在する。古代ローマから続く由緒ある検定だという説が昭和初期の文献にあるが知る者は少ない。

シフ「頼む! 一生のお願いだから感想書いてくれると嬉しいぜ」

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