1-6 緊迫の場面でもブレない男たち「だから亀甲縛りはやりすぎだって言ったのに」「お前こそノリノリで美少女描いていたくせに」
渡船局を出た一行は埠頭へ歩く。視界一杯の湖面を滑ってくる風が心地よい。揺れる湖面がキラキラと輝く。往来する小舟の多くは漁船である。さすがに日中の港近辺まで来る砂鮫はいないか。
シフは立ち止まる。美しい湖面だ。何度見ても感動は薄れない。
「綺麗な湖ね」ルシールがポツリと言った。
「一見綺麗に見えてもバイ菌がいっぱいかも」とりあえず何か言わないと気が済まない、それがスィラージである。
「あんたの、その」ルシールが何か言い返そうとするも良い言葉が出て来ないようだ。
「ふ、お前のケツよりは綺麗だと思うぜ」シフは加勢してやる。
「いやいや君には負けるよ」
「しょっちゅう『汚物は消毒だ~』とか言ってるお前のケツが綺麗なわけがないだろ、この汚物ハンターが! あっはっはっはっは」
「あっはっはっはっは、黙れよカス野郎」
シフはルシールへ頷いて見せる。親指を立てて『してやったり』の顔をする。
「……全く嬉しくない反撃をどうもありがとう」
湖岸を見ると長短不揃いな無数の桟橋に無数の船が係留されている。
船はどれも喫水の低い中型以下の平船ばかり。喫水の高い軍船なら高所から一方的に弓で攻撃できるから砂鮫など問題にならないのだが、波の低いカダ湖の民間船は平船しかない。一番大きく見える二層甲板を有する平船が南北航路に使う船だろう。帆柱二つ、下層には片側10本のオール取付口、上甲板には簡単な小屋が並ぶ。明らかに専用の旅客船だ。
「さて、どうしようか」スィラージがシフに問う。
「うーん、どうするかね。個人的に船を雇うっていう手もあるが。一応聞いてみるか?」この港にある程度の船しかないなら、無理に船を出しても自殺行為になるか。
「とりあえずビールっていう手もあるぞ」ガボルアは本当に酒が好き。
「うーん、それは待つしかないって決まったら検討するかな。まだ昼前だぜ?」
「ジプラザ(※1)新台入替の広告があったけど」スィラージが宇宙の神秘を囁いた。
シフはピクリ、振り向いて「この街にもジプラザあったっけ?」
スィラージが頷く「ジプラザレグス店は本日10時開店、絶賛営業中」
「………やめとこうぜ。打たない奴もいるんだし。それでどこにあるんだ?」
ルシールが眉を顰める「うーわ、打ちたそう」
「いや、行かないぜ? ただ異国の街の情報収集も俺たちの仕事だからな」
スィラージがうんうんと首を縦に振る「そう、仕事だ。あの前田慶次も言っていたからな『その街のことを真に知りたければパチンコ屋に行け』、と」
シフは冷静に指摘する「それパチンコ屋じゃなくて酒場じゃなかったっけ?」
「あっはっは、なかなか詳しいじゃないか」
ガボルアが僅かに肩を竦める「やれやれだな」
ルシールが警告を発する「占星術師の第6感が告げている。どうせ負けるからやめておけ、と」
「わかってるよ、冗談だよ冗談」シフは苦笑する。
「だな」スィラージもそれに従う。
シフはそっとスィラージの背後で囁く「チーンジャラジャラ♪ チーンジャラジャラ♪ (パチンコの玉が出る音)」
「あっはっはっはっはっは、すぐに煽るのやめてくれ」
「いた!」
後方で見知らぬ男が叫んだ。ショッキングピンクの気でも狂ったような服を着てスキンヘッドがキラリと光って健康的。手槍を携えている「あの女だ! やったぜベイビーこんちくしょう! アニキ! ついに見つけましたぜ!」
むさ苦しい連中がぞろぞろ出てきた。囲まれていたようだ。全部で四人、四対四か。
「ひゃほっ♪ こいつは御機嫌だぜ、よーし逃がすなよ!」モヒカン金髪。日差しに輝いて眩しい。こいつも手槍。流行っているのか?
「ぐおっほっほっほっほ」
やたら汗っかきな太った男は2丁トンファーで額の汗を拭く。
シフたちは湖岸に押し付ける形で包囲された。
「お前の追手か?」シフは女に問う。
「多分ね」ルシールが固い表情で認める。
「まったくこのクソ忙しい時に」スィラージがこぼす。
「……どこが?」ルシールが冷静に問い返す。
「いや、その、街の情報収集に」
4人目の男が前に出てきた。このクソ暑いのにスーツを着ていた。上等のアルマーニみたいだが砂ぼこりで見る影もない。怪しさと胡散臭さしかない「ようやく追いついたな、ルシール。もう逃げられんぞ」
「……あんたが出てくるってことは、さすがにあの家も本気みたいね」
「そういうことだ。お前は少しやりすぎた。そこの花嫁泥棒共もな」
「うーん、こいつが勝手にくっついてきただけなんだが、信じてくれないよなあ」
金色モヒカンが怒り出す「おいおい、こいつはいったい何を言っちゃってんだよ。今更許されるわけがねえだろ!」
男たちが騒ぎ出すのを、スーツの男が片手で制止する「確かにまったく信じられんな。あれだけ暴れておいて関係無いとか、普通に考えて無理だろう? ああ、俺はエルク。エルク・アーガスザインだ。よろしく」流れるように構える。両手に高そうな手甲を付けている。拳法を使うようだ。
「そりゃ御丁寧にどうも。俺はシフ」シフは平然と名乗り返す。礼節には礼節で応える男である。
「しかし、やっぱどう考えてもやりすぎだろ。ラクダを逃がし、倉庫を荒らし、門を壊すとか、許せるわけがない」
モヒカンが怒る「あと、煙突にヤシの木突っ込むわ、部屋の中で糞をするとか、滅茶苦茶しやがって!」
スキンヘッドが捕捉する「まだあるぜ。オヤジを裸に剥いて亀甲縛りで吊るすとか」
ブッチャーも付け加える「その傍らには何故か美少女の落書き、意味が分かりません。死あるのみ」
「お前らいい加減にしろよな! 片付け大変だったんだからな! このクソ虫どもがァ!」エルクが叫ぶ。熱い男である。
件のオヤジというのがルシールの元婚約者を指す。
シフたちは小声会議。
「君ィ! だから亀甲縛りはやりすぎだって言ったじゃないか!」スィラージが会社員の物真似を始める「どうしてくれるんだこの責任は!」
「お前こそノリノリで美少女描いていたくせに」シフは肩を竦めて言い返す。
「ラクダだけにしておけと俺は言った」ガボルアがうんざりして口を挟む。
「あ、ずるい。煙突にヤシの木を突っ込んだのはあんただよな」
「筋トレだ」
ルシールは自分だけでも逃げるつもりだが、笑いが込み上げて仕方ない。
エルクが深呼吸して調子を整える「ま、とは言っても、こちらとしては無駄な争いは好まん。その女さえ返してくれればそれで終わりにしても良いんだが」
「え、そうかい? あんた男前」シフがルシールを見ると彼女は目を逸らした。
一拍置いてシフは答えた「こんな女どうでもいいです。どうぞ御自由にお連れください」掌を反してどうぞどうぞ。
「お、そうか。あんたが話の分かる男で助かったよ」
「ぐほほ、賢明な選択ですね。しかし暑いですね」ブッチャーが汗をふきふき。
ルシールが唖然として、それから笑う「……マジですか。まあ、仕方無い、のかな」
「……いや? もちろん嘘だよ、きゃ♪ 本気にしたか?」
「こ! この男! どこまで人をおちょくれば!」
「あっはっはっは」
「あんた、馬鹿な男だなあ」エルクが手甲をカツンと鳴らす。
「たまに言われるよ」現実はそれどころではない。カスとか馬鹿とか1時間に1回は言われている。シフは長柄短剣を取りだしたが杖と連結せず、そのまま二刀流、防御重視に構えた。
「あっはっはっはっは、というわけで全員まとめてかかってこい!」スィラージが片手直剣を抜いて叫んだ。
ルシールは言葉が無い。大した見返りも無いのに平然と危険に飛び込む男達だ。諸々の言動も併せてどうかしてるとしか思えない。
ガボルアが槍を回す。槍が唸りを上げビタリと構えられた。
「それカッコいいな。今度俺もやってみよ」シフは感心した。
桟橋を支える杭の周りに小魚が遊ぶ。日差しを受けた水面は、優しく揺れて煌めいている。小魚はさらに小さな小魚を追い回していたが、いきなり現れたナイルパーチにまとめて飲み込まれた。争いはいつも空しい。
「てめえ! こいつ!」ズダン! バキン! バン! パシ! トン! ギン!「ほう?」「こいつ!」「これならどうかな?」ズバ! ザン! ダン! ギン! パシ!「ふおおおおおおおおお」バシ!「まだまだこれからだ!」「この妖刀サンダースが血を吸いたいと泣いているぜ」「あっはっは、お前はいったい何を言っちゃってるんだ」「オラオラ!」「なんのこれしき」「おっと危ない!」ドカン! バキ! ガッ!「ほ」ギン! バギン!「よし」バシ! ガン! ズバ!「やるじゃないか」「甘く見て!」ガン! ドコ! ズガン!「ぐ」「こいつ強いぞ!」ズバ! ビシュッ! ドカン! ドカン! 「ガボ調子に乗りすぎるなよ!」ズン! ゴゴ!「わかってるよ、お前こそ、しっかりお姫様を守ってな!」ズバッ!「ぐは!」ギャラリンッ! ザン!「げはあっ!」「お前は!」「やりやがるな、全員あいつを止めろ」「囲め!」「おいおい新手が来たぞ!」「増員4!」「ひゅおおおお~、おわっちゃあ!」ダン!「もらった!」ドギュ!「ぐっ!」「大丈夫か!」「援護するよ!」キイイイィィィィ「アイスランス・アサルトモード!」ダダダダダダダダダダ!「うわ危ねえ! 味方に当てるんじゃねえよ!」「っていうかまったく当たってねえぞ! 少しは当てろ! 洗濯板!」ガン!「そうだ、しっかりするんだ洗濯板! お前は普通の洗濯板じゃない、やればできる洗濯板だろ!」「ファイトだ洗濯板!」バゴ!「ひゃーっはっはっは洗濯板だってよ」「ぐふふ」「それがどうしたッ! 前言撤回、気にするな! あんなものは脂肪の固まりに過ぎん!」キイイイイイイイイィィィ「あれは!」
ルシールが早口で詠唱。赤目が光る。
「北の主たる極星の光、氷の女王クリッツピューラーの息吹、全ての時と命を凍てつかせよ、我は求むるアイスランス・フルバースト! 死ね死んでしまえ!」ドガドガドガドガドガドガドガドガドガ!
「ぬおおおお!」「うおおおおおお!」「痛い!」「やばい! 避けろ避けろ! 一時撤退だ!」「やばいこっちにも来たぞ!」「うお!」「危険ですね」「ぐっ! ケツに刺さった! 待て、置いてかないでくれ! 親友だろ!」ガキン!「あっは、冗談に決まってんだろ、さあ逃げるぞ」「その前に刺さった奴を抜いてくれ!」「わかった抜くぞ!」「痛くしないでね!」「無茶言うな馬鹿」ズボッ!「うぎゃあああああああああ!」
全員路地を駆けていく。シフたちは最初から逃げるタイミングを狙っていたのだ。洗濯物をひっかけ、バケツを蹴飛ばし、汚物を踏み、ゴミに躓く。何事かと住人が顔を出す。慌ただしい足音と騒がしいやりとりが続く。
一団の先頭をスィラージが走る「あの、俺、ケツに刺さったんだけど。マジヤバい」
二番手はルシール「うるさい! あんたなんかそのまま痔になっちゃえば良いんだよ!」
「その時は治してくれるか?」
「はあん? その時はあんたらの大好きなネギでも刺しときなさい!」
「ひどい女、でもそこが好き♪」
「一応言っとく。色々ありがとう、でも今度言ったら殺すから」
「あっはっは」
「まあまあ、仲良くしろよ、地球もいずれ滅びるからさ。おっとそこを左」シフは三番手を走る。
「なにがまあまあなんだか。あんた覚えときなさいよ、あんたが最初に言い出したよね」
「なんのことだ? お前はいったい何を言っちゃってるんだ? きゃ♪」
「言ってたでしょ、せ、洗濯板とか、くっそおおおおおおおお!」
「「あっはっはっはっはっはっはっはっは」」
「お前らもう少し真面目にやれ」そういうガボルアはいつも通り最後尾。
「そういうあんたも言ってたような気がするんだが」
「うふ」
「もう嫌だ」っと、ルシールの足がもつれた。こけそうになる。
「おっと危ない」シフが一瞬で前に出てルシールの腕を掴む「仕方ない女だ」そのまま背負う。
「ちょ、あんた、これくらい大丈夫だから」じたばた。
「さっきので魔力を使い過ぎたんだろ」それくらいわかる「だから大人しく背負われていろ」そしてまた走り始める。
「一応大丈夫なんだけど」ルシールはシフの肩口に傷を見つけた。マントが裂けて血が滲んでいる。深い傷ではないようだが結構な出血量だ「まあ、あんたがどうしても背負いたいって言うのなら」スィラージにも幾つか傷が見える。
「ああ、そうだ、どうしても背負いたいんだよ」
「そ、それじゃあ仕方ないかな」
「そうだ仕方ないな」
「それとあたしはまだ成長期だから」多分これから育つはず。何事も粘りが肝心である。
「それは嘘だ」スィラージが口を挟む。
「うるさい黙れ」
「うふ」
背負われたまま、ルシールはこっそり魔力を練ってライトヒールをシフの肩口に当てた。5分ほどかかるか。しかし慣れた魔法とはいえ、多少の集中が必要だ。それで揺られたから堪らない。
「ああ気持ち悪い」
「おいおい、頼むからしっかり掴まってくれ」
すぐ後ろを走るガボルアは無言である。
【※1 ジプラザ】パチンコ店グループ。アレクサンドリアに本店を構え、エジプト周辺の都市に支店を置く、エジプトパチンコ業界の雄。遠いところではローマにも支店を置く。基本あまり出さないが、本当に時折、気でも狂ったように出す。シフもスィラージも何度も痛い目にあっている。憎しみの対象。やめたいけどやめられない。
ガボルア「ッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッぷはー! うまい! 感想書いてくれ!」