1-5 刮目せよ! これが! 今どきパスタのナウでイケてる食べ方だ!
飲み過ぎた一行は翌朝は遅くまで惰眠に身を任せた。
そして始まる宿の女主人とその大きな息子のバトル。うるさくてそれぞれ目を覚ました。
「このバカ息子! もう今月の小遣い使い切ったのかい! あたしゃもう許さんよ!」
「そ、そんなこと言われても折角中段チェリー引いたのにたったの1500枚で終わる台が悪いんだよ」魔法少女パチスロの話だろう。シフとスィラージにはわかる。
「この! 馬鹿野郎がぁーー!」
「ひ、ひぃーー、お助けー!」
どかん! ドカッ! バキ! 物騒な物音が続く。
スィラージが沈痛な面持ちで言う「あれ、おかしいな目から水が……」
「わかる、俺……わかるよ」シフは賛同する。
「自業自得としか言いようがない……おはよう」ルシールが欠伸をして身体を起こす。何というか自由な女だ。
ガボルアは既に身支度(起きて布団を畳むだけ)を終えてぱくぱくモグモグごっくんプリーズ。朝飯は定番の茹でたジャガイモと塩である。
まずは渡船場に行って情報収集だ。
既に11時過ぎ、一行は港へ歩いていく。太陽がまぶしい。大きな青空市場。ナツメヤシが山と積まれていた。干し魚に樽詰ビールが目を引く。賑やかだ。
「そうだ、格好良いパスタの食べ方教えてやろうか」毎度シフの話は脈絡が無い。
スィラージが常に話題を拾う「いいよ、どうせろくでもないし」
「同じく」ルシールも頷く。
「そんなことないって。頼むから聞いてくれ、ねえちょっとお願い!」
ルシールが溜め息をつく「はあ、じゃあどうぞ」
「やった♪ では心して聞けよ。チュルッ、チュルッ、ちゅるるるるるるるるるっぷえるりぃrrrrryryっろp、ぷあっはっはっはっはっは」
「あっはっはっはっは、やっぱろくでもない。聞いて損したよ」ルシールも大口開けて笑う。
「ふっふーん、そのネタ、昔聞いたぞ。確か牛丼で」スィラージが指摘する。
「俺の時はカレーだったな」ガボルアも指摘する。
「ところで、そういえば今なんのアニメ録画してるんだい? そろそろ教えてくれても良いんじゃないのかな?」シフはコロコロ話題を変える。スィラージがアレクサンドリアの自宅でアニメの録画予約をセットしていることを、シフは知っている。
「負けそうになるとすぐに話題を変えるんだから、この男は」スィラージが嫌そうな顔。
「別にそんなことは無いんだが、カス野郎、いいから教えろよ」
「あっはっは、それ教えるとなんか良いことあるのか?」
「アニメエリートの動向は常にチェックしておかないといけねえんだよ」
「でも最近は君の方がアニメエリートだと思うけど」
「いえいえお前に比べれば俺如き。このアニメエリートはいっつも! 俺に内緒で! こっそりと! こっそりと見てるからなッ! 油断できん!」
「あっはっは、それそんなに怒られることなのか」
「でもまあ『いたいけな魔法少女が頑張って戦う』っていういつものパターンなんだろうけどな、きゃ♪」
「ごおおおおおおおおおおおお!」
「あっはっはっはっはっは、もちろん俺も大好きだ」
「ところで……あたし、魔法少女なんだけど」ルシールが少し照れた顔でシフを見る。
スィラージが速攻否定する「はあん? 貴様如きが魔法少女? ぺっ! 100年早いわ、このたわけ(※1)! 保育園からやり直してこい!」
「そうだそうだ! 寝ぐせひどいぞ」シフも追撃。
「はあ?」ルシールが頭を触る「……カス野郎どもが。ぺっ!」どうも反応が他のメンバーに似てきた。
「あっはっはっはっはっはっは」シフもスィラージも嬉しそう。
「やれやれだな」ガボルアがいつものセリフ。
港のカダ王立渡船局は、上等の赤煉瓦を用いた立派な建物だった。今は交易が止められているせいか静かである。入っていくと受付で書類仕事をしていた係員が顔を上げた。眼鏡をかけて髪を刈りこんだ、小綺麗な身なりの若い男だ。
「いらっしゃい、北へ行く船かい?」穏やかで理性的な表情だ。
シフが代表して話す「そうですね、北へ渡りたいんですが」
「入国審査で聞いたと思うけど、カダ湖南北線は砂鮫退治でお休み中、まだ船は出ないんだ」
「そうか、いつになったら出せるのか、見込みはついているのかい?」
「昔、同じようなことがあって水軍が出たときは一ヶ月ほどで終わったんだけど、今回はまだ10日ほどしか経ってないからなあ」
「もう少しかかるか」砂鮫は砂漠だけではない。ああ見えて泳ぎが得意で水辺で生きる群れも多い。水辺に生きる砂鮫は毒を持つ個体が多いとも言われる。数が多いと本当に危ない。
「まあ、そういうことになるな。ビール飲んでのんびりしたら。この街の特産だよ? 食べ物もいろいろあるし」
「そうか、仕方ないか。しかし飲み会は昨日やったし、今日はさすがにどうかな」
ガボルアがうんうんと頷いて何かをアピール「俺は大丈夫だと思うぞ?」何が?
「ああ、そうだ。北の、ローマからの砂賊討伐隊はどうなったとか話は来てるかな」
「ん、ふむ。あの話か」係員が意味ありげに目を細める。
勿体ぶった表情は、多くの国を旅したシフにとって見慣れたサインだ。
「そうそう、とっても気になって気になって夜も眠れないんだ(笑)」言いながら帝国銀貨を一枚、パチリと机上に置いた。人差し指を銀貨から離さない。
係員は微かに笑みを浮かべ「それはちょっと言いすぎだろう」ふわふわと手を伸ばして取ろうとする。
「そうでもないぜ?」シフは銀貨を机上で走らせる。係員の手が切なく空振る。
「なるほど。旅人に便宜を図るのも俺の仕事だからな。知りたいなら、幾らでも教えてあげよう」
「ありがとう。とっても助かるよ」銀貨から指が離れた。
「まあ、ローマの討伐隊は規模としては3個中隊300人。砂賊は搔き集めても100人に足りない程度だったからな。大した損害も出さず、あっという間に蹴散らしたって話だ。それが渡船中止になる直前の話で、今は残党狩りのはずだが。もしかしたら、それも終わって引き揚げているかもしれんな」国境近辺に他国の軍が展開しようとも、係員の表情に危機感は無い。地中海世界一円を支配するローマ帝国は群を抜いて強大だが、この頃は安易な領土拡張を寧ろ避けた。周辺諸国は大抵それを知っている。
「なるほど、やっぱローマ軍は強いねえ。これで安心して北を目指せるよ。この国も安心だね」
「中隊長(百人隊長)に大したやり手がいるって話だよ」
「へえ」シフは眼を細める。多分、その部隊はアレクサンドリアの東、ニコポリスの基地からから派遣されてきたのだろうが、やり手と聞いて連想される名前がある。『閃光』とか『鉄壁』などの異名を持つ、優れた中隊長や大隊長が居るのだ。
「あと、国境の砦では正規兵1個大隊と聞いたけど?」
「ああ、それは補助兵300人を合わせた人数のことだね。大隊規模でも正規編成(※2)という奴だ」
「なるほど。ところでそれと」他にも穀物相場、道の状況など情報を聞いておく。
スィラージも口を挟む「香辛料の良い店も教えてもらえるかな」
「そこまではわからんよ。俺はお母さんじゃないんだ」
シフはじっと係員を見詰め、係員が怪訝な表情で見返す。
シフは唐突に猫なで声で言う「パパン……好き!」
「ぷっ!」
「あの夜が忘れられないから教えて?」
「あっはっはっは、意味がわからない。おかしな人だなあ。香辛料か。俺が好きなザーター(※3)を売る店で良いのか?」
「だがそこが良い!」スィラージが喰い付く。
シフは誇る「見たか? これが真のスキンシップという奴だ」
「それは違う」ルシールがとりあえず否定した。
【※1 たわけ(戯け)】正常でない、常識外れの行為をすることを罵る言葉。ふざけること。愚か者を言うことも。この場合は『たわけ者』。江戸時代まではよく使われた。罵詈雑言辞典より抜粋。シフとスィラージはアニメで憶えた。
【※2 ローマ帝国の大隊】1個大隊あたり6個中隊600人が通常編成。市民権を持たない下層民や外国人から成る補助兵部隊も当たり前に協同するが、補助兵の人数が正規兵を上回る編成はしない。
【※3 ザーター】エジプトを含む中東地域に伝わる伝統的なミックス・スパイス。ふりかけに似る。基本的材料は、白ゴマ、タイムパウダー、スーマックパウダーの3種。家庭の味としてアレンジ多数。食べ方は、オリーブオイルと混ぜ、パンに付ける。またはピザ生地に乗せて焼く。
ルシールはもじもじ「あ、あの……感想かいてくれると嬉しいかな♪」
シフ「なんだか気持ち悪いぞ」
ルシール「うるさい黙れ」