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1ー39 それは死ぬまで戦う山猫のような苛烈さで

 ルシールは折れた指をライトヒールで癒し、手足の拘束をアイスランス・ナイフで切る。頬の血を拭い、手足を伸ばし立ち上がる。

 「ん~つつつ」

 節々が超痛い。

 これからどうするか、ルシールは思案を巡らせた。傍らに倒れた見張りの痙攣がまだ止まらない。血の臭いが酷いので隅に寝かせて何かが入った麻袋をたくさん載せて隠す。袋の中から芋が転がり落ちた。一つ齧って吐き捨てる。土臭い。

 深く細く静かに息をついた。

 船の上は逃げ場が無い。

 全員殺すのはさすがに無理。

 どこに行くか知らないが港で逃げても街の外には砂と湖しかないのではないか。すぐ追い付かれる。知り合いもいない。

 捕虜たちを解放しても戦力になるかわからない。

 カダ王国の総督府や国境警備隊へ駆け込む手もあるが正直信用できない。

 地の利も無い。

 こんな時、先生ならどうするだろう。先生ならまずこんな状況に陥らないか。

 シフならどうするか。いきなり出たとこ勝負をしそうな気がする。周りを巻き込んで無茶でもなんでも形にしてしまう力量が彼にはあった。用意周到だが臨機応変に対応する柔軟性があった。トラブルを楽しんでいる風でもあった。

 名案が浮かないが、もう止まれない。既に出たとこ勝負が始まっている。

 事が露見する前に手を打たねば。そうだ、色仕掛けという手もあったけどもう遅い。しかしミヨルパ(※1)でもあるまいし、あたしにあんな芸当は無理だ。経験不足ですみません。

 積んだ麻袋の一番下が次第に赤く染まる。

 

 カツカツと足音が近付いてくる。

 ルシールは引き戸を押さえる。

 足音が通り過ぎる。それから木戸を開ける音。隣の船倉を誰か訪れたようだ。何かをドサリと下ろす音。

 「うわあああああああああああ!」

 ダン! 何かを叩きつける音が伝わる。

 「ちくしょう殺してやる!」

 「そうかまあ頑張れよ」

 ドカン!

 「父ちゃん!」少年の声が絶望を伝える。その声音には聞き覚えがある。

 「学ぶんだよ、先ずは諦めろ。お前も痛いのは嫌だろう?」

 ルシールは沈黙。その内この船倉にも誰か来るだろう。いずれにせよ猶予は無い。その時が来たら戦う他無い、と思いを巡らせていたら、ガラリ。

 あ、しまった。

 「おーい、真面目にやってるかー?」

 眼前の引き戸が開けられた。兵士のように引き締まった体の男が眼を丸くする。髪が赤い。

 「お前! 何やって」

 黙れ! ルシールは右手を相手へ振りこむ。同時形成のアイスランス・ニードルを相手の喉元に叩きこむ。

 ズバッ!

無印術式の速攻が、一撃で虫の標本のように側壁に縫い付けて有無を言わせない。鮮血が迸った。

 バキン! 強引な術式起動が結界の魔力網に絡んで枷となる。もう仕方ない。魔力網の上限を上回る波動を被せて力技で切断破壊する。パキパキバキンッ! 予想以上に大きな破砕音をあげ、天井の梁から何かの欠片が落ちてくる。結界の触媒だろう。

 階上にも聞こえたか、新たなざわめきと人の動きが伝わってくる。

 早く夜になれば良いのに。

 板の隙間から漏れる光はまだ強い。船内の重苦しい絶望を、吐き気のするような血の臭いと今にも弾けそうな緊張が塗り潰していく。

 魔力残量は7割ってところか、どうしてあたしはこう、何もかも上手く行かないのか。とりあえず死にたくなるよ。

 とりあえず捕虜たちを解放するとしますか。




 黄昏酒場のオープンテラスは今日も喧騒に包まれている。

 シフたちの昼飯はまたも砂鮫料理。バジルと黒辛子を強めに効かしたスープに挑戦。浮かんだ目玉がこちらに何かを訴えている。見た目はアレだが存外イケる。

 「ごふぁあっ!」シフは突然咳き込む。

 「ふごふご!」頭を振ったり呻いたり「んごっ! ふん! ふん! ふぐーっぬぐっぐ!」どうみても尋常ではない。

 その対面の席ではジュルルルルルジュバジュバジュッパン。野獣のような勢いで羹を啜っていた爽やかゲスイケメン(スィラージ)が顔を上げる。

 「突然どうした、頭が狂ったのかい?」

 シフは一息ついて「いや、このネギが鼻に入った」スープの椀には細切れネギが大量に浮かんでいる。

 「脳を疑われるリアクションだったな、ヤバイ奴だぜ」

 「まあ俺は、こういうの食べると大抵鼻に入ってくる病気なんだよ」

 「そんな病気があるの? しかし、そのたびにこんな気でも狂ったようなリアクションしているのか、さすが社長! アレクサンドリアでもそれと知られたファンタスティックビースト! マジパねえぜ!」

 「あっはっはっは、褒めても何も出ないぞ」鼻の穴を片方押さえて「ふん!」 ネギが弾丸のように飛び出しスィラージを襲う! スィラージは躱した! ダメージが無い。

 「汚いなあ、なんて下品な男だ」

 シフの隣、静かに酒を舐めていたガボルアは「はぁーーーー、やれやれ」と常よりもため息が大きい。ごっくんプリーズ。疲れたのかな。

 「その反応、あのルシールみたいだな」シフは言った。

 「順調にいけば5日後にはアレクサンドリアか」ガボルアが訊く。

 「風に恵まれたら、だな。次の仕事はもう少し楽な奴を取ろうかね」

 「大変だからこそ稼げるんじゃねえか」

 「哲学だな」

 スィラージが口を挟む「やっぱ家庭持ちは違うぜ」

 ガボルアが眉を上げる「他に稼ぐ方法が無いからな」

 スィラージが付け加える「だから未だに嫁さんも貰えん」

 「泣ける……俺、泣けるよ。お前のことだけど」シフはもぐもくグビリ。

 「あっはっはっは、黙れ小僧!」

 「んごっ、んごっ、ふごっ」シフはとりあえず豚の鳴き真似をしておく。

 



 薄暗い船内で赤目を光らせ、ルシールは虜囚たちを率いて大立ち回りの真っ最中。ボロボロの貫頭衣は色々際どい事になっているがそれどころではない。矢継ぎ早にアイスランス・アサルトを叩きこむ。アイスランス・ナイフや、そこらの棒をアイス・コーティングで強化して村の男たちに与える。十数人の女子供が羊のように右往左往して邪魔をする。

 無限灯が忙しく揺れている。

 村の男たちが復讐に駆られ特攻を仕掛ける。

 ルシールは協力して逃げようと説いたが駄目だった。武器一つで斬り込み次々死んでいく。

 

 「そこ!」ズバッ!「ぐはっ」「ありがとよ姉ちゃん!」「恩に着る!」「あんたみたいな魔法使いもいるんだな、知らなかったぜ」ドカン! バキン!「死んじゃ駄目だよ!」「させるかよ!」「死ねい!」ズン「ぐふっ」「それは! こっちのセリフだ!」「また来るぞ」「うぎゃーーっ!」「殺す殺す殺してやる!」「ぬおおおおおお! どちくしょう!」バゴ!


 「だから死んじゃ駄目だって言ってんのに!」


 隊長が階下に降りてきた。

 「まったく、何をやっているんだよ、お前らは。明日の朝には港だっていうのに。真面目にやらんか全く。こんなに汚しやがって。借り物だっていうのに」斬ッ! ぶつぶつ言いながら事も無げに村人を一人切り捨てる。

 「奴だ……!」

 「っ、ぶっ殺してやる!」

 村人たちがさらに怒気を漲らせる。

 「ふむ元気の良い連中だ、何か良いことでもあったのか?」

 隊長がルシールを見て笑う「……おいアイツ、手袋(魔法陣刻印)無しじゃねえか、つまり無詠唱、やりやがるぜ」

 ルシールは戦慄する。こういう手合いが一番手強いと知っている。単純に技術や力ではなく、殺人という行為に慣れて動じず躊躇わない手合いが。

 ルシールは無言で赤目を煌めかす。

 切羽詰まれば船を沈めても仕方ない。そこまで彼女は覚悟を決めた。

 また一人、村の男が斬り殺された。

 「あー勿体無い勿体無い」

 拮抗していた戦いが、たった数人の加勢で劣勢に傾く。まるで漁でもするように手慣れた集団戦術で壁際に圧し込まれていく。

 「さすがにもう駄目か」

 「ごめん」ルシールは詫びる。

 「あんたのせいじゃない」

 「こいつだけでも頼んで良いか」爺が子供の中で唯一無傷な少年の肩を掴む。

 「そんなことって」

 「リガル、ムルガナの血を絶やすなよ」

 頭を撫でられ少年リガルが顔を歪めて涙ぐむ。

 「よし行くぞ! 日頃の筋トレの成果を見せてやれ!」

 「「おお!」」村人たちがひときわ大きな喚声を上げた。


 ルシールは闘争を背に「ごめん」少年の手を引いて船尾へ走る。出口は無いが、船体の弱い所を探してアイスランス・アサルトを連弾で叩きこむ。5,6回も叩き込むと舷側の分厚い板が割れ、湖水が噴き出す。人が通り抜けるにはまだ足りない。隙間から幾筋か日光が走る。魔力の消耗で頭が痛い。魔力は残り2割を切ったか。それでも諦めるわけにはいかない。


 「はいちょっとごめんよ」聞き覚えのある男の声がしてドガン! と剣が壁に突き立てられる。

 ルシールがぎくりとして振り向くと男が落ちてきた。驚異的な跳躍力で壁を蹴ってきたらしい。昨夜の戦闘で自分を倒した優男やさおとこだ。

 「それ以上船を壊されたら困んだよ」

 ルシールは少年を背に守る。

 「やらせはせん!」気付いた村人が優男の背後から襲う。

 「邪魔するな」優男は簡単に迎撃、鳩尾を一蹴して血反吐を吐かせる。

 「頼む!」村人がそれでも優男にしがみついた。

 「いい加減にしろ」優男はダン! と村人の頭を踏みつける。破城槌のような衝撃に、村人がくたりとなる。


 ルシールはあまりの惨状に立ち尽くす。

 「……もうやめて」

 それは誰に向けた言葉だったか「もうやめてよ、お願いだから」

 赤目が光る。何でも良いから全力で叩きつけるしかない。

 無印無詠唱で立ち上げられた氷の魔力が形を成す。

 次の瞬間、船内に霧が充満した。暗くなるほど濃密な、寒気を覚えるほど冷たい霧だ。木漏れ日のように差し込む日差しが筋を引く。その中に何か大きなものが顕現するのを見て、優男がぎょっとする。

 少年が叫ぶ「お姉ちゃん!」

 ルシールは術式を解放する「お前ら全員死んでしまえ!」


 火傷やけどするほどの冷気と殺気をまき散らし、何か恐ろしいものが意味と結果を求めて動き出す。


 ルシールは強い目眩めまいに襲われ両手をつく。誰かが叫んだような気がする。不思議と静かだ。意識を失う直前「はあ、行きたかったな、アレクサンドリアに」と呟いた。



【※1 ミヨルパ】ルシールの知人。色っぽくて強かなお姉さん。その内登場予定。

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