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1ー38 再会した男。まさかお前は! さあ行こう、約束の地(パチンコ屋)へ

 旅立ちを明日に控え、各自仕事をする。

シフは情報収集に勤しむ。細かい数字などはノートに記入。ナイルの渡船場までは駱駝で2日。間にオアシスは無く常設の野営地がある。宿代は素泊まりで帝国大銅貨5枚。その他食事でプラス4枚くらい。昔より少し高い。道中砂鮫は殆どいない。

 スィラージは食料や水など消耗品を準備。また子供たちに絡まれてガラクタを売り付けられている。今回はホタテマンの人形か(正体不明)。これがまた事務所に飾られ、訳のわからぬ怪しい雰囲気の形成に一役買うのだろう。

 ガボルアは護衛としてシフに近侍。


 シフは砂賊討伐のローマ軍の動向が気になる。

 賊の砦を数日で攻め落とし、今は周辺で残党狩りとのこと。捕虜や奴隷が多く目につくのはそのためだろう。半裸で手を縛られた老若男女の群れ。大量の奴隷が入荷されたので当面賑わうだろう。ベルドゥラルタ商会は奴隷を扱わないので弱い商機だが、帰ったらギルマスに報告しておこう。

 ところで街の近くにはローマ軍の宿営地が作られ、これが今争点となっている。例え一夜限りでも堀と道と塀を堅固に整然と作る宿営地は有名で、その跡地をどう有効利用するか、街の有力者の間で駆け引きが為されているという。

 スィラージは息抜きをしたい「(パチンコ)店あるかな」

 シフは即答「こんなとこにあるわけないだろ」

 「諦めたらそこで試合終了だよ?」

 「もう終了で良いよ」繰り返す話題。転がり次第でたまに本気になりそしてほぼ負ける。刹那のぬか喜びと後悔の連鎖は必然であり真理である。誰が言ったか『失政は政治の本質だ』。立てよ国民ジークジオン!

 シフは諭す「戦いで疲れ傷ついた魂を癒すもの、それはアニメ」

 「あっは、生きていくってのは大変だなあ」




 ルシールはようやく意識を取り戻した。まず覚えたのは折られた指の疼き。腫れている。口の中にあった血の塊を吐き捨てる。幸い歯は折れてない。鼻が片方鼻血で詰まっているので口呼吸。

 ルシールは手足を縛られ、暗い船倉に一人転がされていた。狭い。壁に掛けられた小さな無限灯がぼんやり光っている。軋む船板。波を切る音。カダ湖を進んでいるらしい。風が出たのか結構な揺れ。板の隙間から漏れる光が結構強い。もう昼か。空腹と喉の渇きから今が襲撃の翌日だとわかる。

 人の気配。船倉には木戸の前に椅子が置かれ、男が一人見張りに付いていた。初めて見る古傷だらけの顔だ。退屈そうに欠伸。彼女と目を合わせても表情を変えない。

 彼女は粗末な貫頭衣を着せられていた。文字通り身ぐるみ剥がされ、全ての持ち物を没収されている。手酷くやられ傷だらけだが、犯された形跡だけは無い。

 薄汚れた天井を無表情に見上げる。

 隣の船倉にも大勢いるようだ。壁板の隙間から悪臭と呻きが漏れてくる。悪臭は血と汗と糞尿のものであり、呻きは苦痛と絶望を伝える。

 階上の部屋からは女の悲鳴と、男の哄笑が聞こえてくる。時折激しい物音。何が行われているのか嫌でもわかる。

 吐き気がするような気分の悪さ。それでもルシールは冷静な思考を努力する。長時間の拘束はそれだけで拷問になり消耗が大きい。


 目的地は……帝国ローマかな、やっぱ。奴隷商売は儲かるからなー。つまりアレクサンドリアを通るかも知れない。

 そう思うだけで心中に灯るものがある。

 やめろ、これ以上彼らを巻き込むんじゃない。お前はまた繰り返すつもりか。


 奴隷の主な供給源は戦争の捕虜で、今は大きな戦争が無い。それでも需要は高いから帝国まで行けば高値が付く。

 犯されていない理由もわかる。魔法使いの奴隷は特別の高値が付くからだ。傷だらけにはされたが然るべきところで隷属魔法を掛け、それから治療するつもりなのだろう。さらに身体ではなく精神を凌辱することに無上の喜びを感じるクズが、金持ちや権力者には案外多いことを彼女は知っている。

 寝不足なのか見張りがまた欠伸をした。監視が甘い。やはり魔法陣を使わない無印術式を知らないみたいだ。

 しかし何らかの波動、淀みにも似た束縛を感じる。多分、魔封じの結界だろう。

 どこに楔を打ち込んであるのか知らないが、アタシの力なら多分解除できる。ただし今は船の上、下手に動かず機会を待つべきか。

 頬や腕の血痕を見る。身体を捩るとパリパリと粉になる。スィラージ2号の死を思い出して目頭が熱くなる。

 リンガーはもういない。

 無事だと良いんだけど。



 昨夜。

 ルシールは、本気のアイスランス・フルバーストで一息に10人ほどを打ち倒した。氷の刃が胸や頭に突き刺さった男たちがのたうちまわる。何人かは即死。さらにアイスランス・アサルトを残った相手に容赦無く叩きこんでいく。しかし彼女は急激な魔力消費に目眩を覚えて膝を突く。その場の全員を倒すのはやはり無理だった。

 致命的な隙に男たちが殺到した。

 「殺すなよ!」隊長が叫ぶ。

 彼女は派手に蹴り飛ばされた。衝撃で息が止まる。バキバキバキバキ! 子供のような軽さで藪を転がった。こうなれば荒事で鍛えた男の力に抗う術はない。

 「よーし捉えた!」

 ルシールは両手で顔面を守る。

 思い切りよく飛んだ男がズドンと彼女の上に落ちてくる。どこかの骨が折れる音。

 「がはっ!」ドカッ! バキッ! ガン! 踏まれ蹴られ殴られ指を折られ、彼女は遂に戦闘力を失い拘束された。

 もうどうにでもなれと思った。

 腕を掴まれ強引に引き起こされる。全身の痛みで力が入らない。あちこち切れて顔にも一筋血が垂れる。

 他の男たちもやってきた。負傷者は手当てされ、重傷者はその場でトドメが刺された。指示や段取りに慣れがあり迷いが無い。

 死んだスィラージ2号の傍ら、ルシールはその場で武装解除された。羽交い締めにされて環視の中、全ての持ち物が検められる。リュックサックがひっくり返され、バリバリと簡単に上着が引き裂かれ胸が露になった。

 ぎらついた嗜虐と欲望の視線が注がれる。

 ルシールは尚も反抗的な眼。

 長だけは冷静に観察する。

 「(魔法陣の)刺青は無いのか。良かったなお前、刺青を潰すのはマジに痛いからな」

 「こいつ! 金貨なんか持ってやがるぜ!」男が歓声を上げる。

 茶色の皮財布から帝国金貨初め十数枚の各国銀貨が転がり落ちた。他にはブラックオニキスのペンダント、リュックサックからは各種魔法陣を印した手袋、そしてエメラルドの大粒原石。さらにもうひとつ、一冊の文庫本が落ちた。

 「なんだこりゃ」

 ルシールも一瞬わからない。妙にカラフルな装丁。先日まで読んでいた『不思議なギリシャ英雄群像』ではない。あれはスィラージに貸したままだ。思い出した、代わりに借りた『怪盗タツヤンの電撃結婚』だ。シリーズの35巻。全く読む気にならず、リュックサックの底に落ちていた。

 「それに触るな!」自分でも予想外の衝動が彼女の中に突き上げる。拘束に抗い、文庫本を拾う男の顔面を蹴ろうと足掻く。獰猛に赤目が輝く。

 パン! 痩せた若い男が遠慮無しに頬を叩く。

 彼女は顔を戻して尚睨む。

 バシッ! 男がもう一度痛烈に叩く「大人しくせんか」

 彼女の口中に新しい血の味が広がる。

 「まだ自分の立場って奴がわからんようだな」

 バシィッ! 目眩がしてふらつく。折れた指を掴まれる。

 「ぎっ!」

 「ほらほら大人しくしろ」

 「ぐ! ぐうあっ!」ルシールは激痛に悶絶する。

 「隊長、ヤってしまった方が良くないですか? 大人しくなると思いますが」

 隊長が首を振った「値が下がる。そういう躾をやるのは基本的に買い取りの仕事だからな。ただし」部下を見回す。

 「もう一度言うがEランク相当の女ならその限りではないと明言しておく、好きにしろ」

 「了解しました」

 「それにしてもこの手袋(魔法陣)は素晴らしいな、フルバーストなんて初めて見たぜ」隊長が手袋を値踏みする。


 そうして余りの激痛に意識を失って今。


 ギイィと船板が鳴る。階上から続く女の嗚咽。

 見張りが居眠りを始めた。

 ルシールは変わらず船倉で寝転がっている。放心した顔で取り上げられたライトノベルを思い出す。冒頭の一文がひどかった。

 『今日もタツヤンは純粋無垢な少女の愛を求めて彷徨さまよう。彼はさすらいの夢追い人として悲しい宿命を背負っている。険しく困難な道だ。しかしそれを辛いと思ったことは一度も無い。若い情熱を注ぎ込むに足る素晴らしい宿命だと、心の底から信じているのだ』これで読む気が失せ、完全に忘れていた。

 微笑が込み上げる。スィラージの惚けた言葉が甦る。

 どうしようもなく馬鹿な男たちだった。

 エメラルドの原石を思う。あれを貰った情景を思い出す。シフのすっとぼけた顔はとても忘れられない。ふざけた男だけど芯があった。今はわかる、なんとなく。そして朗らかで優しくてエキセントリック。ついでにムカつく。

 彼らと旅したのがもう随分と昔みたいでひたすらに懐かしい。


 自分から別れたというのに馬鹿みたいだ。


 会いたいなあ、会いたいよ。

 そうだ、もう一度会いたいんだよ、アタシは。


 ポロポロと大粒の涙が溢れてきた。


 また巻き込んでしまうかもしれない。それでも会いたいんだ。どうしようもなく彼らの所に行きたいんだ。シフのくだらない嘘が聞きたいんだ。スィラージが犬に噛まれるところが見たいんだ。

 もう自分の気持ちに抗えない。

 何てことのない、ささやかな願い。しかしそれは色恋よりも強く彼女を突き動かす。

 口許が僅かに綻ぶ。

 「せめて人間らしく」スィラージの台詞を小さく呟く。

 今もって何のネタか知らないけれど。あっさり空虚で気持ち良い言葉だ。


 涙そのままに魔力の循環と残量を確かめる。循環に淀み無く残量は8割以上、結構熟睡できたらしい。


 そうだ、この程度の結界、この程度の痛みと苦しみ。アタシならなんとかできる。


 魔力知覚を最大にして結界の構成を探る。見張りから顔を背けて赤目を隠す。

 部屋に張り巡らされた網状の力場を認識した。中級以上の魔法使いなら大抵魔力を見る術を持つ。

 やはり魔封じの結界だ。効果範囲はこの部屋だけ。張り巡らされた魔力網が魔法の発動を阻害する最も簡易なものだ。力場を見、魔法式を理解する彼女なら対処できる。やがて魔力網の隙間に併せた魔法式を構築し、回復魔法で折れた指の治療を密かに試みる。後ろ手に縛られたままの指を伸ばすと激痛が走り悶絶した。

 見張りが目を覚ました「おい、あっち向いてんじゃねえよ。こっち向かんか」

 ルシールは回復魔法を中断。本当に荒事に慣れた連中だ。切羽詰まった状況で表情を完全に消せる者は少ない。捕虜の監視には有効だろう。

 「何考えてるか知らんが、こっち向いとけよ」見張りがルシールの頭を掴んで向きを変える。

 「なんだその眼は」赤目が鈍く光っている。

 そのまま床にゴツンと抑えつけられる。治療中の指が床に当たってさらなる激痛が走る。

 しかし好機だ。

 ルシールは無印術式無詠唱でアイスランス・ニードルを発動した。先程利用した魔力網の隙間を使えば造作も無い。氷の針を一本打つだけの地味な魔法だが、人ひとりを殺すのに大袈裟な魔法は必要無い。問われるのは覚悟と慣れであり、彼女にはそれがある。

 虚空に音も無く青の魔法力場が生まれ、キリキリと細長いものが生え、そして発射された。

 気付いた時にはもう避けられない。

 ズバッ! 迸る鮮血が船倉の荷袋を彩った。ルシールの頬にも少し飛ぶ。その色は赤目よりもずっと温かい。見張りが倒れた。




 これからあたしは死ぬかもしれない。

 こんなの久しぶりだ。賊共は本当の屑で手練れだ。正直あんまり自信が無くて名案も浮かばない。だけどやらなければ最低な結末を迎えるだろう、間違い無く。隷属魔法でもかけられたら全て終わりだ。

 怖くて体が竦むけどやる時はやる。あたしはそうやって生きてきた。

 ルシールは小声でスィラージのセリフを口ずさむ。

 「エンジン全開パンツァーフォー」意味がわからないけど言ってみた。

久しぶり投稿。見えた結末。もうすぐ第一章完!全体的に改訂しました。


シフ「なんだってーー!」

スィラージ「こいつは大変だ、早く感想を書かないと」

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