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1-3 カダ王国の入国審査「先生! バナナはおやつに入るんですか?」

 シフが朝起きると、スィラージが何故かパンツ1枚でひっくり返っていた。

 「起きろ朝だぞー」シフはよっこらしょ。

 「さすがに疲れが残ってるな」ガボルアも身体が重そう。

 「あーよく寝た」スィラージがもにょもにょと服を拾いケツを掻く。まるで自分の家のようにくつろいでいる。ボカン! 思い切り屁をかました。

 「ぐはっ! 目に染みる、臭い!」シフは目頭を抑える。

 ビルが朝飯のトレイを持ってきた「さあ、さっさと食べてくれ。朝飯はみんな大好きジャガイモだぞ」

 「やったぜ♪ だからパパン大好き♪」シフはいつでも楽しそう。

 「……まさか、お前さん、そういう趣味なのか?」ビルが戦慄する。

 「いや、違うけど?」

 無言で眺めるルシールが何とも言えない顔をして、ビルと視線を交わす。

 ビルが気まずそうに顔を逸らした。



 旅人の朝は早い。日の出前には朝食を済ませ、ほとんど日の出と同時に宿を出る。

 今日も快晴。数分で砦の正門に着いた。

 正門の前では兵士が30人ほど整列、朝日を浴びて体操をしていた。

 「1、2、3、4」きびきびとした動き。鍛えられた体が躍動する「5、6、7、8」

 「ほう、こんなところであれを見ることができるとは」シフは知っている。

 「何あの踊り?」ルシールは初見。

 兵士たちが上体を大きく反らせる。

 「うっそマジ、知らないのか?」

 「おっくれてるぅー♪」スィラージはすぐ追撃する。

 「…………」ルシールが眉をしかめる。

 「熱くなるなよベイビー、あれは踊りじゃなくて体操って奴だ。運動する前に体をほぐして怪我を防ぐんだよ」シフが解説する。

 「へえ」

 「ローマの軍隊に最近導入されたというのは聞いていたがな」

 「結構有名なんだよ?」スィラージは得意気。

 「健康増進にも効果があるらしい。うちでも取り入れるべきか考えているところだ」彼は意外にも健康マニアである「金もかからないしな」

 「なるほど」

 「THEワールド」とスィラージ。

 「時よ止まれ」続いてシフ。

 「? さすがのあたしでもクイックタイム(※1)は使えません」

 


 朝礼が終わるのを待って砦に入る。

 カダ王国の入国審査は比較的厳しい。4人は審査官の対面に席を与えられた。

 審査官は40くらいの気さくな男。茶を啜りながら入国申請書に視線を落とし、徐に始める「おはよう。今日も良い天気だな」

 シフは隊長として応じる「そうですね、良い天気です。また暑くなるでしょうね」

 「ああ、暑くなるだろうよ」

 「やっぱそうですか、暑くなると大変ですよね」

 「そ、そうだな」

 「ですよね! 暑くなるとマジ大変ですよね。でもこのあたりは乾燥してるからまだマシなんですよ。もっと南のジャングルなんか行った日にはもう、ジメジメのムシムシで(涙)」

 「そ、それは大変そうだな(汗)」

 「そうなんですよ、だいたいどちらかの暑さなんですよ。死にそうに暑いか、気が狂いそうに暑いか、こりゃもう全く大変ですよね」

 「なんなのこの不毛な会話は……」ルシールが微かに呟く。

 スィラージがにやにやしている。隊長は誰が相手でも変わらない。そこに痺れる憧れる。

 「とりあえず話を進めさせてくれ。ふむ、商用でアラビア半島を回り、アレクサンドリアへ戻る途中か。行きは紅海を船で?」

 「そうです」残念。もっと暑さについて話したかったのに。

 審査官は提出されたギルド身分証明などの書類に目を通す「アレクサンドリアの交易ギルド『ベルドゥラルタ商会』のシフウェヌニクス・フィルサークレアに、スィラージ・コルテストゥーン。同じく傭兵のガボルア・ネルヴァヌフクス、か。お、これはローマ市民権(※2)! を持つパルミラ出身の占星術師ルシール・デュランザルフ殿か。いや、これは失礼を。わが王国とローマ帝国は友好関係にある旨、重々承知しておる。いわば貴方は我が国の客人でもある」

 シフは驚いた。そんなもの持っていたのか。本当の御姫様なのかコイツ? これまで聞いてもはぐらかされてばかりだった。

 「ありがとうございます」ルシールは優雅に一礼。

 「規則ゆえ、一応持ち物検査をさせていただくが?」

 「どうぞ御存分に」

 シフから見ると胡散臭くて仕方ない。

 皆が机上にリュックサックを置く。無論、本当に大切なものは懐に隠したままだ。お互いの反応を見ながら調べは続く。不審があれば徹底的に調べられるのだろう。シフたちもそのあたり心得ている。

 「ところでラクダがいないようだが?」

 「盗まれました。貧乏が、ゆえに」シフはダテ眼鏡に手を添えて何故か決めポーズ。無駄にギリギリの怪しさを攻めていく。

 「それは大変だったな。ラングーンから来たんだろ」

 さらっと流された。残念です。



 十数分後。

 「異常なし。ではカダ王国へようこそ。我が国は皆様を歓迎いたします」

 「ありがとうございます」審査官はルシールを気にしているが、シフが応対する。

 「レグス(港町)滞在は3日ほどかい?」

 「はい、おそらくそれくらいになりましょうか」

 「ふむ、水軍が砂鮫討伐の軍を出しているから、しばらく船が出ないだろうから、まあゆっくりすると良い」

 「砂鮫ですか」

 「カダ湖の北岸で最近増えていてね。一般渡航はお休み中のはずだ」

 審査官が見てくるのでルシールも会話に混ざる「そうですか。残念です」

 「港町で美味いメシでも食べると良い、今の内に」

 「何か懸案事項でも?」

 「別に何がどうということもないが、楽しめる時に楽しんでおくもんだろう、人生という奴は」

 「なるほどそうですね」

 「では、景気とか治安はどうですか」後続の旅人もいないのでシフは話を広げてみる。

 「ん、そうだな。船が出ないから景気は当然イマイチだろうな。あとは……北の、ローマ帝国との国境地帯に砂賊が出るという話があったくらいかな」

 「砂賊ですか」

 砂漠に現れる盗賊のことである。

 審査官が頷く「ローマ人が何人か殺されて、ローマから討伐隊が派遣されたはずだ。正規兵が1個大隊だったか。もう終わってるんじゃないか」

 「へえ」

 ローマ軍正規兵の精強さは有名である。そこらの盗賊など足元にも及ばない。

 「ローマ人を殺すとは馬鹿な奴らですね」

 「まったくだ」

 ローマ市民権を持つ者がそれ以外の者に殺された場合、その追及は厳しい。討伐隊による攻撃は徹底したものになっただろう。

 「さあ、行くとしましょうか下僕たち」ルシールが優雅に会釈する。

 「「サー! イエッサー!」」シフとスィラージはとりあえずノリノリ。



 砦を抜ける廊下を歩きながらスィラージが文句を付ける「しかし下僕はねえよ、お姫様」

 「苦しゅうないぞ、ふっふっふ」

 「まったく、良い性格してるよな」

 「右に同じ。まあ無事に入国できたから良いんだけどさ」

 突然スィラージが開き直る「はーい姫様! ノグソがしたいんですが! いつものように御一緒にどうですか!」

 「死ね」

 「やれやれだな」ガボルアがようやく口を開いた。

 屋外に出ると、東に町が見える。

 「ところでお前さん」シフが女に話を向ける「占星術師だったのか」

 「まあ、一応ね」

 「ふうん、どんな風に占うんだ?」

 「……魔力を込めた六角鉛筆を転がして吉兆を占う、な、なに馬鹿にしてんのよ! 結構当たるんだから!」

 「えーと、占星術ってのはつまり星占いなんだけど?」

 「あら知らないの? 星占いってのは星間に働く力、つまり引力の絡み合いから運命を読む占いなんだけど、鉛筆が転がる力って引力。そう、引力の影響下にあるの。だからそれなりの根拠はあるの。5回同じ目が出たら大吉、とかね」

 「はあ、なるほど……それで結構稼げたのか?」

 「……あんまり」

 スィラージが眼をこする「へへ、生きるって辛いよなあ。あれ、おかしいな、目から水が」

 諭す口調でルシールが言う「魔法は万能ではない。物事はバランスが大切だ」

 「うふ。お前は何を言っちゃってるんだ」シフが笑う。

 「……今に見てなさい」

 「まあ、普通に占い師よりは魔法使いの方が稼げるからな」シフは頷く。

 「それでお前さん、パルミラから来たのか。やっと教えてくれたな」

 「言ってなかったかな」

 「愛と憎しみの坩堝るつぼから来たとか、わけのわからんことを言っていたな、たしか」

 「絶対に言ってないと思うけど」

 スィラージが口を挟む「それは俺のセリフだよ」

 「あっはっは、そうだったかなあ?」




 【※1 クイックタイム】伝説級の有名な魔法。昔話に出てくる賢者の得意技。自分だけ時間の密度を上げ、10倍以上に使うことができる。うまくすれば一呼吸の間に10回攻撃も可能。他者から見れば時を止められたかのように感じる。詳細な魔法式は不明。消費魔力大。これが使える魔法使いが現存するのか定かではない。別名オーバードライブ。

 【※2 ローマ市民権】ローマ帝国の市民に与えられた、政府が保障した諸権利。参政権(選挙権と被選挙権)、婚姻権、所有権、裁判権、控訴権、ローマ軍正規兵になる権利、所得税免除、生活保護、公衆浴場入場権、コロッセウム入場権。ただし女性の場合は参政権無し。皆の憧れと誇り。税制優遇はさておき、それ以外の権利は現代では珍しくもない。これが皆の憧れだったということはそれだけ弱肉強食がまかり通り、理不尽が多かったのだろう。

 主な入手資格は、まず直系の血縁、それから一定以上の資産を有し一定の金額を納めた者、ローマ補助兵役の満期除隊者。また特約事例として、本人だけの権利で子には引き継げないが、帝国領内において医師、教師、魔導を生業とする者。

シフ「こんな本を読むくらいなら『魔法少女キャサリンの憂鬱』見ようぜベイビー。ついでに感想書いてくれるとオラとっても嬉しい」

スィラージ「間違えるてるぞ、『魔法小学生キャサリンの憂鬱』だ」

シフ「げっ! しまった! なんてことだ! さすが! ほんと、何でもよく知ってるよな!」

スィラージ「ぺっ!」

シフ「ほんと、何でもよく知ってるよな!」

スィラージ「…………何でもは知らない。知ってることだけ(○物語)」

シフ「っしゃオラ――――! やったぜ!」ガッツポーズ。

ルシール「あーうるさいなあ」

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