1-30 彼が怒る理由
日の出前。
ルシールは皆が起きる前にひとり宿を出た。魔力気配遮断の効果もあるのか、全員よく寝ていて誰も気付かない。東の空がかすかに白んでいる。中天に瞬く無数の星。
ルシールが歩きだして十数歩。
暗がりから「遅かったな」と声がかかる。
路傍の大石に、シフが腰を下ろしていた「今日も良い天気だな」
「……おはよう」先ほど宿の部屋でシフの寝袋が膨らんでいるのを彼女は確かに見た。詰め物で偽装していたのか。そういう遊び心は変わらない。
「おはよう」
「さすがねえ」
「ネ◯フを甘く見ないで。これがお前の返事か?」シフがまっすぐに見ている。
ルシールは言葉を探すも良いのが見つからず「うん」と小さく頷く「さすがにこれ以上迷惑かけられないから」
「そうか。何があるのか知らないが、それも含めて引き受けようと思っていたんだが」求婚にも等しい言葉をくれる「聞かせてはくれないのか」
彼女は少しだけ俯き沈黙で応える。
「わかったよ。諦める。決めたのなら気持ち良く見送ってやるよ。それが俺の哲学だ。
「ありがとう」
「だから行く前に気持ち良く一発やらせてくれ」わざとらしくカラッとした表情だ。
「こーのカス野郎! 気持ち良いの意味が違うでしょ」
「あっはっはっはっは、好きなんだよ、お前のことが。だからやらせてくれ」言葉は最低だが優しい声。夜明け前の空が綺麗だからか妙に素直だ。
「うふ、これほど最低な口説き文句は初めて聞いたよ」
「一応言うと、本気だぜ?」
「ほんとに?」
「もちろん本気だ。俺が嘘ついたことあったか?」
ルシールは嘆息してとんがり帽子を取る「うふ、毎日嘘だらけだったと思うけど。だから……これで我慢しておきなさい」
声も無く二人の影が重なり、そして離れた。
「……この後どうするんだ」
「とりあえず旅を続けるつもり」
「金は足りるか? あの山の村でだいぶ稼がせてもらったからなあ」懐から何か出てくる。
「だからほら、持ってけ」村でもらったエメラルドの原石の大粒。売っても良いし魔法の触媒にも使えて有用だ。
「りょーかい」ルシールは素直に受け取る。
「どこまで行くのか、なんて聞かない方が良いんだろうな」
「そういうこと」それがお互いのためだと思う「……また会える日が来るかな」
「多分」
「そう?」
シフが軽く頷いた。
「強く望めば会える。人生とはそういうものだ」
ルシールはもう一度抱き付きたくなる気持ちを殺して言った「じゃあね、色々ありがとう。他の二人にもよろしく」
「ああ、元気でな」
ルシールは去った。
シフは、彼女の姿が建物の陰で見えなくなるまで、じっと見送った。
朝が来た。
遅く起きたスィラージが気付く「あの女はどうしたんだ?」
「どうやらフられたらしい。逃げたよ」
「え、そうなのか? あんなに楽しくやってたのに」
「仕方ない、そういうこともあるさ」
「追わなくていいのか?」
シフは首を振る「いい。嫌がる奴を縛り付けてもロクなことにならないからな」自分がそうであるように。
ガボルアも何か言いたそうな顔。
「さあ、ペース上げていくぞ。旅の遅れを取り戻すんだ」
シフが荷物をまとめると、リュックサックの陰から羊皮紙の巻物が出てきた。『エクストラヒール』と但し書きがある。魔法効果を付与したものだ。真にエクストラヒールなら帝国金貨10枚(100万円相当)はくだらない。そして添えられた一通の手紙。
ごめん、ありがとう、さようなら、楽しかったよ。
手紙にはそれだけ書いてあった。
「……あの馬鹿」絞り出すようにシフは言った。
「やっぱ探してくる」スィラージが飛び出していく。
シフは手遅れだと知っている。彼女が去ったのは3時間以上前。多分東へ、王都へ向かったのだろうと思われる。もう近くにはいない。
シフは巻物を開いてみる。詳しくは分からないが赤いインクで複雑な魔法陣が描かれており、薄っすらと青い光に包まれていた。美しい光だ。何かの魔法が込めてあるのは間違いない。
それを黙って巻き直す。淡々と身支度をする。
俺たちは北へ、アレクサンドリアへ帰らなければならない。責任がある。この仕事を放り投げるわけにはいかないのだ。
胸元に下げた袋を押さえる。
この小さなブツを運ぶだけの仕事だが、それを待つ人がいるのだ。
30分ほどでスィラージが帰ってきた。
旅を再開した一行は港町レグスに到着。全員口数が少ない。もう隠れる必要も無くなったので堂々、渡船局で翌朝の定期船の座席を確保した。早速尾行が付いた。スィラージとガボルアには宿で待機を指示し、シフは一人繁華街を歩いた。賑やかな街並み。まだ昼過ぎだ。
どこからか音楽が聞こえてくる。シフは導かれるように音源へ歩く。
広場の片隅、スローテンポなリュートの旋律。さすらいの吟遊詩人(笑)が歌っていた。女だ。年齢不詳。発音に特徴がある。妙に響いてくる声だ。異国情緒がある。聴衆が多い。シフは少し離れた縁石に腰をおろして歌を聞く。
踊れ♪ 踊ろう♪ 踊りましょう♪
あなたはどこまで行きますか♪ 私はどこまで行けばいいですか♪
踊れ♪ 踊ろう♪ 踊りましょう♪
あなたがいつか気付くまで♪ 私が逃げ出すその日まで♪
歌え♪ 歌おう♪ 歌いましょう♪
氷の剣が溶けるまで♪ 大地の怒りが解けるまで♪
歌え♪ 歌おう♪ 歌いましょう♪
いつか別れが来る前に♪ いつか巡り合うその日が来たら♪
いつかきっと♪ 巡り合うその日が来たら♪
胸に沁みる良い歌だ。歌の2番が始まる。
シフはぼんやり物思いにふける。
『楽しかった』か。確かに超楽しかった。いつも楽しいがルシールとガボルアがいた今回の旅は特に楽しかったと思う。
聴衆の中にエルクと名乗ったルシールの追手がいることに気が付いた。相変わらず場違いな高級スーツだ。多分他にも追手がいる。
歌は続く。どちらもそのまま聴く。雰囲気とか趣を大切にできる男。出会いが違ったなら友人になれたかもしれないとシフは思う。歌は佳境。切なさを強調した盛り上がりだ。
「いつかきっと♪ 巡り会うその日が来たら♪」
余韻を残して歌が終わった。拍手と小銭が飛ぶ。
シフは縁石に座ったまま。聴衆が散る。さすらいの吟遊詩人も片付けてどこかに帰っていく。
さて、交渉と戦いの時間だ。最後にもう少しだけ時間を稼いでやろう。そんなことして欲しくないから逃げたのに、とあいつは文句を言うだろうが仕方ない、性格だから勘弁してもらおう。囲まれたか、と辺りを観察しているとスィラージとガボルアがやって来た。ちゃんとそれぞれの武器を持っている。
「来ちまったのか」シフはひとりでもやるつもりだった。
「勘違いしないでよね、ちょっとノグソがしたくなっただけなんだから!」スィラージがシフの手槍を差し出す。既に組み立ててある。
「あっはっはっはっは、意味がわからん」
「ツンデレって奴だよ」
「そんなツンデレがあってたまるか」それからガボルアを見てすまなそうな顔をする。
「気にするな、これも仕事の内だ」
無言で包囲の輪が作られる。その中に一人、明らかにヤバイ雰囲気の奴がいる。例えるなら使い込まれザラザラに錆び付いた剥きだしの刃。殺し屋か? ナイフを真上に投げて遊んでいる。不穏な空気に周囲が遠ざかる。
エルクが進み出る「待っていたぞ、あの女はどうした?」両の手甲をカツンと打ち鳴らす。
シフは挑発する「さあなあ? その辺に隠れているんじゃないのか? 昨日夜這い仕掛けたら超絶怒っていたから」
「え? そうなのか?」スィラージがあっさり騙される。
「素直になった方が身のためだと思うがな」
「男が一度言ったことは曲がらねえ、ってのが世間の常識らしいぜ?」
エルクが首を傾げる「? 何か約束したのか? 俺は聞いてないが」
「……そういえばしてないな」
「あっはっは」スィラージが笑う。
「意味不明」エルクが歩を詰める「とりあえず少し大人しくなってもらおうか。こっちの気も晴れるし。一人くらい死んでも恨むなよ」
シフがまあまあと手を上げる「まあ待てよ、少し話してみないか? お互い得るものがあると思うぜ?」
と、「うおおおおお! っひょー!」ヤバイ目をした男が突っ込んで来た「行っくぞー! 覚悟しやがれ! 豚野郎ども!」
危険を察知したガボルアが前に出る。
両手のナイフだけで飛び込んでくる男の襲撃! バキン! ガボルアはとりあえず弾いた。
「うひょっ♪」シャゴッ! 長い腕がクサリヘビのように跳ねる。
ガボルアは少し驚いた顔。ガキン! 二つ防ぐ。「コイツは」ギン!「俺が相手する」バキキン!
「頼む。気をつけろよ」シフはガボルアに注意を促す。
「言っておくとそいつはヨリバナ。アーガス家のヨリバナだ」エルクが言うと群衆に動揺が走った。
「なんだ知らないのか、ヨリバナを。可哀想に」
「へへっ」ヨリバナと呼ばれた男は、まるで両の腕が別の生き物のように動く。
「!」バキン! ガボルアは無言で応戦する。
「やるじゃねえか!」シャオッ! シャシャッ! ギン!「まだまだ」ダン!「へっへっへっへっへ、面白くなってきやがった」ガ! ガガガガガ!「えへっへっへっへっへっへっへっへ」ガ! ガッガッ! ガガガガガガガ!「ぬ」ズバッ!「おーっとっとっと」ズバッ! ダン! ドゴ!
シフは驚いた「すごいな。ナイフでガボルアとまともにやりあうか」
このヨリバナという男、圧倒的に手数が多く、さらに全て急所を狙うから油断出来ない。
しかし所詮ナイフ。ガボルアはわずかに距離を取ると切り返して攻勢に出た。ナイフでは槍を受け止められない。避けるか受け流すしかない。
「ばよーん!」ヨリバナが奇声を上げて飛び退く。
「なかなかやる」エルクは戦闘に参加しない。この場にいないルシールの奇襲を警戒しているのか。
残り6人はシフとスィラージが相手するしかない。一人一人は大した敵でもないが、さすがに無理がある。囲まれて圧迫される。シフはスィラージと背中合わせ。ガボルアは強敵を前に手が離せない。
「仕方ないルシール!」シフははったりをかける。
次の瞬間、エルクが巻物を広げて構える。何らかの魔法を込めた巻物か。何やら奇異なイラストが描いてある。
スィラージが恐る恐る問う「……あの、今の姿に疑問は無いかな」
エルクは無言。
巻物には魔法陣と、美少女のイラストが描かれていた。込められた魔力で薄っすらと赤く輝いている。美しい。だけどアニメチック美少女のイラスト。それも13歳くらいの美少女。魔法少女のようだ。妙に目が大きい。金髪ツインテール。何かのアニメの登場人物だったと思うが、スィラージは思い出せない。漫画のようなセリフの吹き出しまである。セリフは「悪い子にはお仕置きよ(^^♪」見ているだけで頭が痒くなってくる。
シフは冷静に分析する。この赤い光はルシールの青魔法への対抗策か。逆属性(赤)魔法による魔封じ、もしくは逆行魔法あたりだろう。
「それが切り札ってわけかい?」
スィラージは何故かロボットのような声で話しかける「アナタハ、ハズカシクナイノデスカ」
「あんた勇者だな、俺だったら恥ずかしくてもう家から出れないよ」
スィラージも頷いて「まさに勇者。尊敬に値するよ」
「勇者♪ 勇者♪ わーー♪」シフはとりあえずノリノリで得意の言葉責め。
エルクは嫌そうな顔。
「そろそろ話してみようって気になったようだな」
「なるわけないだろ」
「そりゃ残念」
シフは相手を倒したいわけではない。話し合いをしたいのだ。
ヨリバナが嵐のような攻撃に身を晒している「うっひょらkでいgwtvしsでkっぱpy!」眼前を槍の穂先が通り過ぎるのを面白そうに見る。目が良い。至近で槍が跳ねても躱す。異常なほど身が軽い。恐れをどこかに置き忘れて朗らかに笑う「へっへっへっへっへ、そろそろ俺の番だろ!」
ヨリバナが反撃に転じる。
ガ! ガギンガガガ! ガガキキキキギン! ガガガガガガガガガガガガ! ガガガガガガガガ! 突いて突いて突きまくる。相手に反撃の隙を与えない。さらに速さが増していく。
「うひょよよよよyだおどあyどあよよy!」
「こいつ!」ガボルアは幾つか躱しきれずかすり傷。それでもひたすら防ぐ。目まぐるしく槍が踊って防ぐ。次第に後退。
「おお」スィラージも見惚れる鮮やかな攻防だ。
「あんたすげぇな!」しかし「ぷは!」ヨリバナの息が上がる。
喋るからだ阿保が。
ガボルアは見逃さない。
槍を回転、石突でヨリバナを弾き上げる。
「うげえっ」カエルのような悲鳴。鼻血が噴き出した。
ガボルアは踏み込んで追撃。上段からの振り下ろし「終わりだ!」
「させるかよ!」エルクが2人の間に滑り込む。バキン! 両の手甲でその一撃を受け止めた。
「ぐっ」彼は圧倒的な衝撃に膝をつく。腕が折れたかもしれない。
「ほう」ガボルアが恐ろしい微笑を浮かべる。
「お前!」しかしヨリバナがエルクの脇から突く!
エルクの身体が邪魔でよく見えない。
「ちっ!」ガボルアが舌打ち。
双方踊るように交錯して血が飛んだ。
「ガボルア!」シフは叫ぶ。
「かすり傷だ、問題無い」ガボルアが冷静に間を取る。頬が切れている。
「結構血が出てるけど」スィラージは血が苦手。
「そうか? 問題無いな」
モヒカンたちも叫ぶ「「アニキ!」」
「守れ守れ!」エルクの前に仲間たちが一斉に立ちはだかり呆気なく包囲網が崩れる。
「おいおい、お前らはまったく」エルクが腕をぶら下げて尚立とうと膝を立てる。
シフとスィラージはガボルアの隣へ走り態勢を立て直す。
ヨリバナがエルクを心配する「アニキ! 大丈夫ですか!」
「お前こそ大丈夫か?」
「俺なんかのことよりアニキですよ!」鼻血がボタボタ落ちる。
「大丈夫だ」エルクが立ち上がった。腕は上がらない。
それを見ていたシフは妙な気持ちになってきた。
「おい、あんたは、あの女とは長いのか?」
「? ……半年ほどの付き合いだが」
「そうか……あんたが、仲間に好かれる優しい男だってのはわかった」溜め息「だけどなあ、どうしてもう少し、なんとかできなかったのか?」
エルクは話をわかっていない。
シフはよく分からない怒りが込み上げてきた。頭を掻いて「だから! もう少しアイツをなんとかできなかったのかって言ってんだよ!」
どこからも返事は無い。
「なんだか俺は怒ったぞ!」あの女はたった一人で夜逃げしていった。あまりに寂しい生き方だ。
「こちらにも事情がある」
「うるさい黙れ! そんなもの知るか!」
「……なんだ、あの女はまた逃げ出したのか」
シフ「好きだ! 愛してる! だから感想書いてくれ」
ルシール「茶化さないではいられない病気ね」




