1-26 毎度必ず4回ヤる。人はそれをスポーティーセックスと呼んだ(笑)
時は少し遡る。アーガス家から派遣されてきたエルク・アーガスザインが、ルシールたちを見失ってから4日ほど経った日のこと。
朝からエルクはレグスの娼館で女を抱いていた。朝は早朝割引が利くので狙い目だ。今日の相手は王国内の漁村から売られてきた女。田舎娘にしては整った顔立ちで、しっとりと退廃的な眼差しは色気を含む。肌は荒れている。諦観を漂わせ、慣れた様子で他人事のように自分を笑う。
「それがあたしの人生ってわけよ」と。
そしてそれが良かろうが悪かろうが、エルクはセックスのノルマは4回だと昔から公言して憚らない男だ。
息を乱した女が云う「しかしあんたすごいね。ここまで割り切って全力で遊ぶ男は久しぶりだよ」
逞しい身体に汗を浮かべエルクは淡々と話す「かつて人はこれをスポーティーセックスと呼んだ」
「ぷ、あっはっはっはっはっはっは。そりゃ良いね。ぴったりだよ」
「そうか? まあダイエットには有効だろ」ぱたんとベッドにひっくり返る。
「しかしイイ身体してるよね。あんた何かやってんの?」細マッチョなエルクの見事に割れた腹筋を、女がさわさわ撫でる。
「ああ、俺は拳法使いだからな」
「ふうん、なるほどねえ」身体を起こし、冷やしたレモネードを口に含む。
「さてもう一回やるか」
「まさかまだやるの」女が戦く。
「すまん、さすがに冗談だ。嫌な仕事の時はこれくらいの気晴らしが無いとな」エルクは表情の変化が少なくわかりづらい。
「そうなんだ。大変ね」
「……それなりに、な」
一瞬、窓を小さな影が横切った。燕だろうか。
何故か最初は怯えていた女だが、馴染んだ今はそうでもない。
怯えられていた理由に彼は気付かない。マントの血痕と血の臭い。そして全身から漂う危険人物の気配。昨夜の事件の噂。
部下に対しては緩やかな統制であたるエルクだが、昨夜は一悶着あった。この街で新しく雇った男たちの怠慢が明らかになったのだ。部下の話では巡回の当番をさぼって酒を飲んでいたらしい。彼らはエルクの戦う姿を見ていない。これまで声を荒げることも無く優しくしていたから甘く見たのだろう。この仕事は舐められたら終わりだ。だから対処を躊躇わない。
以下回想。場所は宿の部屋。詰問するのはエルク一人。他の部下には別室待機を指示。
解放された窓から心地良く冷えた夜気が滑りこんでいる。身体の大きな荒くれ者が2人酒を飲んでいる。
「お前らには充分な前金を払ったはずだが」エルクは静かに問う。
「まあ、あんたも飲みなよ」おかっぱ頭の男が言う。
エルクは無言で一息に干してカッと杯をテーブルに置く。強いだけでまずい蜂蜜酒だ。雑味が多すぎる。少し顔をしかめる。
「うえっへっへ、良い飲みっぷりだぜ」
「それで? お前らの言い分を聞こうか」
隻眼スキンヘッドの男が答える「足りねえんだよ、敵に魔法使いが居るなんて聞いてなかったぜ」
「そうだぜ? 普通、危険手当が出るんじゃないのか」
「普通出るよなあ?」
「なるほど危険手当か」
「見ろよ、こいつなんかケツが二つに割れちまったんだぜ?」
「ほらよく見ろ、本当に割れてるだろ、ぎゃっはっはっはっは」汚いケツだ。
「何も仕事しないとかいうわけじゃねえんだ。ただあんまり安い仕事は労働基準法? 違反じゃねかと思ってな」
「ふうん」エルクは何だかもう面倒臭くなった。殺気で威圧するのも手間だ。いきなり踏み込んでチョッピングライト(打ち下ろしの右)を相手の頬骨に叩きこむ。
「ごはっ!」どんがらがっしゃん! 椅子と一緒におかっぱ頭がひっくり返る。
「て、てめえ! いきなり!」隻眼スキンヘッドがナイフ片手に立ち上がる。
「すまん、面倒になっちまった」エルクはゆらりと歩を進める。やる気の無い眼差しだ。
「なんだそりゃ! もう少し本気で説得してみろよ! 何事も話し合いが大切だって子供の頃教えてもらわなかったのか!」
エルクは冷笑を浮かべる「ありがたい御高説」
「舐めやがって!」隻眼スキンヘッドがナイフを突き出してくる。
エルクは合わせて踏み込む「遅いんだよ」流れるように回転、右の高速裏拳を相手の顔面に叩きこむ。
「げばっ!」隻眼スキンヘッドの鼻が折れて鼻血が噴き出した。一撃でひっくり返り気絶する。
「……決まった」エルクは右拳を突き出したまま静止。余韻を大切にする男である「ふう、さあてお待ちかね、お仕置きの時間だ」つまらなそうに独り言。拷問は嫌いだが、見せしめはやっておかないとつけあがる奴が現れる。経験則だ。
彼は二人とも手早く椅子に縛り付けて「さあ、起きろ」頭に酒を浴びせ、おかっぱ頭の頬を軽く叩く。
「う……うあ?」
「ようやく起きたか。寝坊した奴にはおしおきだな」相手の鼻を摘まんで思い切り捻る。ぶちぶちと何かが引き裂かれる音。
「ぎあっ!」鼻血が勢いよく噴き出す。
「今度からしっかり起きるんだぞ。寝坊は社会人として失格だからな」暴れる手を抑えて指を数本、これも思い切り捩じり上げる。今度は骨が折れそれから何かが切れる音。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」縛り付けられた椅子ごと倒れ、血まみれになってのたうち回る。
「ふむ、こんなところか」エルクは隻眼スキンヘッドに顔を向ける。
「ところでお前……もう起きてるよな?」
びくり、椅子でだらりと気絶したフリをしていた隻眼スキンヘッドの全身が、大きく震えた。いつの間にか汗だく。
エルクが隻眼スキンヘッドの肩をポンと叩く「なあ、これは親切で言うんだが」耳元で優しくささやく。
汗だくの隻眼スキンヘッドがギリギリと目を開く。恐ろしいが見ずにはいられない。
「左右の視力が揃ってないと大変だよな……揃えてやろうか」
制裁は10分ほどで終わった。二人の絶叫が屋外まで響き、近隣の住人にまで恐怖を擦り込んだ。
エルクはそれから他の部下を呼んで片付けを指示。以前からの部下たちはこういう時無駄口を叩かず粛々と働いてくれる。
「まずい酒飲んだらなんか気分悪い。飲みなおすか」まだ元気にのたうち回る男たちが運び出されていくのをエルクは呼び止めて「ちょいとごめんよ」汚れた手を相手の服で拭う「まったく俺も甘い。こういう時は鼻を削いだり耳を切り落としたりするもんだが」目を潰すのは勘弁してやった。
しかし床を汚し椅子を壊してしまった。賠償金それに迷惑料が要る。嫌になる。
レグスの港でルシールたちを見失ったエルクは、彼らが村を出たところまでは突き止めた。その行方は今もわからない。
しかしそれでも彼らの目的地を北だと判断した。渡船局の係員に金を掴ませ聞き出した。最初、帝国銀貨を数枚見せても「うーん、知らないな」とか言うから、アーガス家の名前を出し「7歳になる娘さんがいるらしいが、可愛い盛りだねえ」と脅しを入れたら折れた。状況証拠も多く多分間違いない。
カダ湖の北岸の街ダブネルまで行けばナイル河までもう少し。奴らがどこまで行くのか知らないが、ナイル河の船に乗られてしまえば厄介だ。もうそこはローマ帝国の支配下となり、アーガス家といえど無茶はできない。それまでに勝負するのが望ましい。
北へ向かうには、カダ湖の西岸を北上する昔ながらの陸路もあるが、今は砂鮫の営巣地が無数にある危険地帯と化しており論外。
東へ、王都を経由してカダ湖の東岸を回る道は未だ開拓されていない。砂嵐が多くて難儀することが知られている。
さらに東へ、アスマラの東から紅海に出る道もあるが、北を目指すのならあまりにも迂遠すぎる。
結局はカダ湖南北航路しかないのだ。
だから港を、特に渡船局を押さえ金を掴ませた。定期船とは別に船を雇う手もあるから港を牛耳る組合からも協力を取り付けた。油断はできないが、あとは網に掛かるのを待てばいい。
カダ湖北岸の砂鮫討伐作戦は未だ終わらず、南北航路の休止は継続中。朝夕2回、渡船局へ現状確認をして船が出ないなら、街と港に巡回を出す。できることといえばそれくらい。路銀は充分持たされている。エルクは部下たちに交代で休暇を許した。自身は基本待機だが常に所在を明らかにしておく。
そして正午、娼館を後にしたエルクは居酒屋に行く。暑い。日差しが強いのはいつものことだが、この辺りは湿度が比較的高めで雲がある。ずっと南東には山影が見えるし、湖が近い。その影響だろう。
モヒカンのラゴウが言う「アニキ。あいつら現れませんね」部下たちを取りまとめる副長の役を任せている。口癖は『ひゃっはー』。見た目はアレだが律儀で信用できる。
「そうだな。あんまり暇だから、ビールの飲み過ぎで腹ァ出てきたぜ。困ったもんだ」エルクはぐびぐび。
「そんな。スタイリッシュでお洒落さん、アーガス家の誇るファッションリーダーたるアニキの腹が出て来るなんて」もぐもぐ。
「誰がファッションリーダーだよ。ここのビールは美味いからなあ。けしからん」
「唐揚げや串焼きとかサイドメニューも充実しているから、ついつい飲んじゃうんですよね」
「俺はトリカワ(塩)が好きだ。コラーゲンも豊富で肌に良いしな」ぐびり。
「あっしは山芋鉄板(鶏卵と山芋とニラを合わせて鉄板で焼いたもの)ですかねえ」
「あれも中々だな。山芋は精が付く。毎日は要らんが。やはり毎日食べてもいいのはトリカワ一択」
すっかり顔馴染みとなった居酒屋のおばさんが呆れて言う。
「ところであんた毎日昼間から酒飲んでるけど大丈夫かい? 少しは働いた方が良いんじゃないの?世間ではあんたみたいなのを『穀潰し』って言うんじゃないのかい?」店内に他の客はおらず色々話す。
「もしくはニート」ラゴウが補足する。こいつも上司に対して遠慮が無い。
「おや、あんた詳しいじゃないの。あんた、髪型はおかしい(世紀末モヒカン)けどナウでイケてるヤングって奴だね?」
「ま、まあ、そうでやすかね」
エルクは嘆息してぼんやりとビールの泡を眺める。
「まあ、良いだろ。あと何日かしたらこれも終わりだ」誰に言うでもなく呟いた。
「それなら良いんだけどねえ」
「船が出れば話が進むんだよ多分」
状況が変わりつつある。そろそろ渡船が再開しそうだ。
港に出入りする船は近場で漁をする小舟しかなかったが、昨日は砂鮫討伐隊の軍船が入港してきたのだ。この湖では他にない3段ガレー帆船。王国がローマ帝国からわざわざ造船技師を招いて3隻建造した内の1隻。カダ湖最強の軍事力だ。残り2隻は北岸の街ダブネル近くで討伐戦を続けている。
エルクが情報をまとめたところ、砂鮫討伐隊は大きな群れを幾つも潰し、あの1隻は逃げる砂鮫の群れを追って南下してきたらしい。さらにこの街で負傷者を下ろし補給物資を積み込んで、今度は北岸まで締め上げていく。そういう作戦だという。
エルクも見物した。兵の動きには活気があり士気は保持されていた。戦況は順調なのだろう。
軍船は今朝出発した。あの3段ガレー帆船なら北岸ダブネルまで戦いながら航行するとしても3日ほどか。
ついでに、カダ湖北岸のさらに北、ローマ帝国との国境地帯には帝国から砂賊討伐隊が出張ってきているという話もあったが、南北航路が止まっている今、そちらの情報は無い。王国軍なら少しは知っているかと思ったが、機密なのか情報は漏れてこなかった。もしくは警戒していないのか。幾ら友好関係にあるとはいえ、近隣に異国の軍が展開しているというのに。ローマ帝国が一度友好関係を結べばまず裏切ることは無い、というのは知られた話であるが、比較してカダ王国は吹けば飛ぶような小国でしかない。
エルクには勝算がある。先日は取り逃がしたが、次は逃がさない。渡船局と組合は抑えた。あのガードがどれほど手練れだろうが、人数は力である。結局のところ、障害となるのはあの女が使う魔法だけなのだ。その対策は最初から考えてあった。準備する時間が問題だったが、それも確保できた。だから次は逃がさない。
エルクは嫌な気分でビールを飲む。
仕事だからやるしかないが、正直言ってあの女には同情する。憐れだとも思う。
「生きるってのは、とりあえずつらいよなあ」一つ飲み干して片肘つく。
「おお、アニキでも悩みがあるんですか」
「馬鹿にするな。俺も人間だからな、悩みの一つ二つくらいはな」
……あんな顔もできたんだな、あの女は。
あの花嫁泥棒、シフと言ったか、あいつにおちょくられてあの女、真っ赤になって怒っていた。生き生きとした良い顔だった。うち(アーガス家)にいた時は、わざとらしい微笑みの仮面を貼り付けて、常に何かを警戒していた。
それにしても面白い男がいたもんだ。あの場面で平然とふざけて見せた朗らかさ、それほど強いわけでもないのに平然と戦いに身を投じた度胸。そして鮮やかな逃げっぷり。
「洗濯板」とか言っていたが。
笑えてくる。
自分にはできなかったことだ。
そしてもうすぐあの男が来る。自分の役目はあの男の手綱を握ることになるだろう。できればこうなる前にケリをつけたかったが仕方ない。
エルク「感想か、面倒臭いな」
隻眼スキンヘッド「てめえ、何事も感想が大切だって子供の頃教えてもらわなかったのか!」
エルク「大層な御高説」




