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1-2 やっぱり、どうかしているとしか思えない男たち

挿絵(By みてみん)

 スィラージがお題を出す「ところで浮気についてどう思う?」

 「浮気?」ルシールが拾う「その罪は万死に値する」

 シフは口を挟む「あっは、厳しいな、浮気は男の甲斐性だという言葉があるが?」

 「ダメに決まってるでしょ」

 「じゃあ、その手のお店に行くのは?」

 「それもダメ」

 スィラージが乗る「ダメに決まってんだろカス野郎! 安心しろ、俺はお前一筋だから!」

 「はい、ありがとう」ルシールが当然のようにスルー。

 「じゃあ他の女と話すのは?」シフも問う。

 スィラージは諦めない「当然ダメだ。話したら殺すぞこの浮気者が! そしてこの泥棒猫! だよね」

 「それはさすがに言い過ぎでしょ」

 スィラージが流れるように翻す「そうだな、実は俺もそう思ってた。何も殺すことはないよな」

 シフは頷く「うんうん、良いですね、先生はスィラージ君のそういうところが好きですよ」

 「あっはっはっは、黙れ小僧!」

 



 虚空を眺めるスィラージがポツリと言った「ところでノグソしたことある?」

 シフは即答「アイドルはそんなことしない」

 「嘘ついちゃあいけないよ、俺は昨日見たんだぜ? 敷物(野営用)の後ろ砂丘の向こう側で穴掘ってただろ」

 「知らん。幻覚でも見たんじゃないのか?」

 「全く、嘘つきはいかんよね。じゃあルシール、君はどうかな?」

 「死ね」



 「止まれ」唐突にガボルアが先頭に出た。フードをめくると、スキンヘッドが現れて眩しい。

 「鮫?」シフは周辺に視線を走らせる。大小の砂丘が延々見える。

 「多分な。そこ、巣穴があるのか、さっき動いた」ガボルアが槍の穂先で右斜め前10mを示す。

 「わからんかったが」シフは腰から柄の長い短剣を抜いて杖先に連結、手槍を組み立てる。

 鮫とは、砂鮫(※4)とも呼ばれる、このサファム砂漠に生息する肉食の爬虫類である。朝夕に徘徊して獲物を探すが、昼間は砂の中に潜んで獲物を待ち伏せる。大きいものは全長3mにもなる。嗅覚が鋭く、一度狙われたら簡単には逃げきれない。

 ガボルアが淡々と告げる「全周警戒」戦闘については彼が指揮を執る。

 シフは合図復唱「全周警戒」

 全員リュックサックを下ろして身軽になる。

 砂鮫が怖いのは群れるところだ。1匹の雄を頂点とした群れを作り、雌が集団で狩りをする。多い時は50匹を超え、砂クジラを襲うこともある。

 スィラージは特に背後を警戒する。杖を捨てて剣を抜く。

 「また先手を取ってアイスランス撃ち込んでみる?」ルシールが杖を持ち替え、右手を開いて閉じる。その手には純白の手袋が、精緻な魔法陣を金糸で刻んだ手袋が嵌められている。

 「準備は頼む」

 ガボルアの指示にルシールは頷く。指を踊らせ、虚空を手繰って何かを湧き起こし、収束させていく。手袋の、金糸の魔法陣が微かに光始める。青い光だ。反して彼女の黒い瞳は赤みを帯び、鈍く光り始める。魔法使い特有の現象だ。ちなみに彼女の杖は、見た目だけが怪しい只の杖である。

 「魔力残量は」シフは確認する。

 「余裕はあるよ。今日はまだ使ってないから」

 ガボルアが安全策を取る「なら撃ってみるか。小粒、貫通重視、拡散、右斜め前、あの辺りだ」

 「OK」ルシールが握ったり掴んだり、右掌に魔力を集中させていく。魔法陣の光が増し、その手を掲げると球状の真っ青な魔法力場が形成された。染みるに魔力が氷に変換されていく。力場内を50以上の氷の刃が所狭しと駆け回る。

 「こっちの準備はできたけど」

 「こっちも良いぞ」ガボルアが頷いた。

 「では」ルシールが右手を振り下ろす「ちょっと控えめバーストショット!」

 バキン! 炸裂音と共に氷の刃が猛烈な勢いで飛散、バスバスバス! と砂に刺さる。

 次の瞬間! 砂の中から何か大きなものが盛り上がる。蛇のように開いた顎、大きな牙。バクン! と閉じた。砂鮫だ!

 ルシールはヒヤリ。あのトラバサミのような大口。腕くらい簡単に食い千切る。必殺の奇襲攻撃は何度見ても恐ろしい。

 そいつは砂を振り払うこともせずにこちらを睨む。

 「はぐれ雄だな」ガボルアは躊躇わない。砂を蹴って間合いを詰める。

 砂鮫が牙を剥いて飛び掛かる。砂上では砂鮫の方が速い。

 ガボルアは攻撃を止めない。巧みに槍を伸ばして突き刺した。

 「ギュウォルアアアアア!」と耳障りな悲鳴が上がる。

 ガボルアは突き刺したままグリグリと掻き回す。槍の角度を巧みに変えて暴れる砂鮫を近寄らせない。しばらく続けると動かなくなった。

 「さすが大したもんだよ」スィラージが称賛する。

 「群れじゃなくて良かった」ガボルアが槍を引き抜く。砂鮫のはぐれ雄は頭の先が尖っているからすぐわかる。

 「早く行こう。血の臭いですぐ集まってくる」ガボルアが血に濡れた穂先を砂中で掻きまわす。鉄製の穂先はともかく、木製の柄に付着した血はむしろ凝固するのだが、乾くことで臭いだけは薄められる。

 「ところで呪文の名前を叫ぶ必要ってあるのか?」歩き始めてシフが問う。

 「無いけど」ルシールは少し恥ずかしそう。

 「叫びたくなる君の気持ち……わかる、俺、わかるよ」スィラージがしみじみと口を挟む。

 「うるさい黙れ」

 「いいから早く行け」最後尾のガボルアが促す。

 「「了解」」

 「りょーかい」

 全員リュックサックの砂を払って背負う。

 横たわる砂鮫の死骸から流れ出した血が、赤黒く砂を染めていく。ナイル川のワニに似ているが、足の生えた大蛇と言った方がしっくりくる。砂に潜るため頭から尾まで細長く、砂を掻くため前足は太く短く、爪が大きく鋭い。その顎は蛇のように大きく開く構造となっており、覗く犬歯も鋭い。

 「みんな、行く前に氷を拾っとけよ」シフの指示に皆が砂に刺さった氷片を拾う。砂を払い落として懐に入れる。シフは首筋に一本当てた。心地良い冷感だ。無から魔力のみで水を生み出せる魔法は重宝するが燃費は悪く、少しでも有効活用した方が良い。

 30分ほど歩いてスィラージが振り向くと、あの死骸はもう他の砂鮫に食らいつかれていた。あいつらは共食いをする。日が沈むのはその方向。逆光になりシルエットが強調される。



 シフたちが国境の砦に到着した時には完全に日が落ちていた。三日月の夜。少し雲があるが月明かりで浮彫のようになっている。国境と言っても明確な国境線は無く、荒野にポツンと砦だけある。市街地はもっと先。

 砦の正門に浮彫レリーフがある。向かい合う獅子。それはカダ王国の国旗にも用いられる意匠だ。

 砦は強固な石造二階建て、屋上には一段高い望楼があり、そこで見張りがこちらを見ている。外壁は無い。日没と同時に門は閉ざされる。

 シフたちは入国審査を受けて入国許可証を入手する必要がある。渡船局、取引所、病院、宿屋など、各種の公認施設を外国人が利用するには入国許可証の提示が求められるからだ。

 シフは脇にある通用門を叩く「こんばんわ。もう終わりですか」

 覗き窓から兵士が顔を見せる「今日の受付はもう終わりだ。明日にしてくれ」

 シフは振り向いて宿を見る「仕方ない、そこに泊まるか」砦の傍に粗末な宿がある。看板には『フォートサイドホテル』とある。

 「なかなか素敵な宿だな」スィラージが感想を述べた。

 入ってみると今夜の客は彼ら四人だけだった。ローマ帝国まで続く交易路とはいえ、帝国にとっては非正規の交易路であり、保護が無い。月に数度の大規模な商隊以外の往来は珍しいようだ。

 木造の宿は高床式。板を引いた9畳ほどの板間一つしかなく、毛布を被って雑魚寝するしかなかった。寝台も無いが野宿するよりはマシだ。砂鮫の警戒が不要になるだけで全然違う。

 宿屋の主人が、好色な目でルシールを眺め、シフに囁く「あんたのコレかい?」髭がすごくもじゃもじゃ。スチールタワシみたいだ。虫が入り込んだら多分出て来れないな。死の迷宮と呼んでも過言ではない。

 「一応はそうなっているな」

 宿屋の主人は交渉可能な何かを見出したのか「いくらだ?」もじゃもじゃが躍動している。

 「やめときな、多分痛い目見るぞ」しかし本当にもじゃもじゃだ。シフは目が離せない。

 「……そうか」宿屋の主人は微妙な表情。

 出された夕食は茹でたジャガイモに塩をふっただけという簡素さ。天井からは無限灯(※1)が一つ吊るしてある。弱い光。壁に人影が揺らめく。

 大部屋にはテレビが一台置いてあり、新聞のテレビ欄を参考に何を見るか会議が始まった。

 シフは暗がりから伊達メガネを光らせた「これより第8回選定会議を開催する」とりあえず胡散臭い。

 ガボルアは既に毛布を被って就寝中。

 スィラージが挙手「議長! 私は9時からの『魔法小学生キャサリンの憂鬱(※2)』が疲れた体を癒すのに最適と考えます」宿で供されたぬるい麦茶をがぶ飲みしている。

 「うむ、なかなかイイね(笑)」シフは茹でたジャガイモを元気に咀嚼する。痩せているくせによく食べる。

 「やだよ、そんなの。『愛と戦車と盆踊り(※3)』の方が絶対に良いよ!」ルシールは3杯目の麦茶。持参していたレモングラスの細切れを入れている。ツンとした鋭さを含む清涼感のある香りのハーブで、魔力回復の効能がある。マントを脱いで帽子を取ると、子鹿色の豊かな髪が左右に三つ編みで垂れている。その胸元にはペンダント。大粒のブラックオニキスが嵌め込まれている。

 「ぺっ、あんな薄っぺらなドラマの何が面白いのか、俺、全く理解できないんだけど。どうせ福川正春が見たいだけじゃないのか?」スィラージは遠慮しない。

 「は? あの禁じられた純愛の美しさが理解できないなんて、頭おかしいんじゃないの? このアニメエリートが!」

 「ぐは!」女に言われるとさすがにつらい。

 「いい年して少女アニメなんか見て! あんた26だっけ?」ルシールも容赦がない。

 「歳は関係ないだろ。ちくしょう、見ればわかるのに」

 「見るわけがないでしょ」

 「見ればわかるというのに。キャサリンの深い悲しみがいかに男の胸を打つのか」スィラージがなんだか泣きそう。

 「やだやだ、これだからアニメエリートは」

 シフが収拾をつける「まあ落ち着け、俺はどっちもありかなと思うけど、あなたはどう思われますか?」

 ボロボロソファに寝そべっていた宿屋の主人は、もじゃ髭を撫でながら回答する「野球中継だ。これは俺のテレビだからな」

 部屋の隅で毛布を被っていたガボルアが寝返りをうった「やれやれだな」

 宿屋の主人がしばらく野球中継を見る。

 「打ったー! 大きい大きい! 入るか入るか入るか! 入ったー! 遂に一矢を報いたライトニングセインツ! これで28対1! 彼らは諦めることを知らないのでしょうか! 私はおなかが空きました! どう思われますかカンザキさん」

 「そうですね、全く驚嘆の精神力という他ありませんよ。さすがにこの時間では家の晩飯も無いのでどうしたら良いか考えものですね、アレックス」

 「なるほど」

 


 その翌朝未明。わずかな振動と衣擦れの音にシフは目を覚ました。薄目を開ける。宿の主人が室内を忍び足で歩いていた。荷物を物色するつもりか。獲物を探す目。荷物は各々の枕元にある。シフは毛布の中でナイフを掴んだ。

 この時ルシールは少し離れて部屋の隅で毛布にくるまっていた。その胸元にブラックオニキスのペンダントがちらりと見える。宿屋の主人(もうめんどくさいからビルと仮称)が彼女の前に歩を止めた。

 あれに眼を付けたか。魔法が掛けてあるようだが粒も大きく中々の逸品だ。

 と、そこでシフは気付いた。何故かビルの足元にスィラージが寝転がっていてビルの足首を掴む。ビルがぎょっとして見下ろす。それからビルが視線を戻すとルシールも眼を開けている。相手を見詰めるその眼が赤く光りだす。

 数秒の沈黙。三人の視線が絡み合う。

 何をやっているんだか。シフは笑いそうになるのを懸命に堪える。

 ビルが後退。

 それからルシールがスィラージの顔に手を伸ばす。見えないが頬をつねったらしい。じたばたとスィラージが悶える。ミシミシと家鳴り。

 スィラージも後退。

 ルシールは少し起こした頭をまたコロンと落としてすやすや。

 慣れたあしらいは大したものだ。

 ちらりとガボルア見る。毛布を被って微動だにしないが多分目を覚ましている。気配でわかる。

 シフは目を閉じた。

 ビルに対するお咎めは無しだ。被害があれば容赦しないが、長い旅の途中、この程度でいちいち噛み付いていたらキリがない。隙を見せなければ良いだけの話である。




 【※1 無限灯】各地の古代遺跡から発掘される利器である。小さなガラスに封入された発光体が殆ど半永久的に光を放つので照明として重宝する。光量、光色とも多様な無限灯が存在する。この時代の技術では再現不可能。決して安価ではないが、かなりの数が発掘されているので中間層クラスの庶民で一家に一つは購入できる程度の値段である。実はシフも一つ持参している。

 【※2 魔法小学生キャサリンの憂鬱】今期放映のアニメ。子供向けながら大人でも楽しめる奥深さ。スィラージが言うにはキャサリンの決めセリフ「貴様!鼻に指引っ掛けて3階から吊るすぞ!」はあまりにも有名。未だにシフもルシールも知らないけど。

 【※3 愛と戦車と盆踊り】今期注目のトレンディードラマ。イケメン俳優と評判の福川正春が主演。放映の翌朝は20代女性たちの間で話題沸騰。見ないと村八分にされるという。ルシールの感想「とにかく正春がカッコいいのよ」純愛どこ行った。

 【※4 砂鮫】コモドドラゴンの大型変異種。より狂暴。一頭の雄がハーレムを作る。砂に潜る為、前足が特に発達している。嗅覚鋭敏。雄は頭の先が尖り気味。

挿絵(By みてみん)


シフ「これがレモングラスの精油か」

ルシール「そう」

シフ「こりゃツンとくるぜ。」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 同じ数え方(一人二人など)なのにアラビア数字と漢数字が混ざっていますね。 この話だと 四人 と 3人 ですね。
2020/12/01 12:55 退会済み
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