1-25 てくてくチラリ、てくてくチラリ。見るともなく見る。それが極意だ。
スィラージとメッサリーナは並んで歩いていく。教会が見えた。カリストの十字架が掛かった門を抜ける。
「シスターは村の子供たちに読み書き算数を教えていると聞いたけど」
「ええ、教えておりますよ。この村は意外に子供が多いので」
「それは大変だなあ。子供相手の仕事は好きじゃないとやってられないよな」
「スィラージさんもそんな仕事をやったことが?」
「いや、うちは兄弟が多かったから。俺の下に4人もいたからね」
「お兄さんなんですね」
「厳密にはそうでもないよ、上にも4人いたから」
「9人兄弟ですか、それはすごいですね」
「多いと言えば多いけど、それほど珍しくもないと思うけどね」
「そんなことないでしょう。充分珍しいと思いますよ」
華奢な首筋、割合に開いた襟元から鎖骨が見える。大きくはないが形の良い胸をしている。スィラージは舐めるような眼差しをして、てくてくチラリ、てくてくチラリと、しっかりと盗み見る。一言でいうと挙動不審。
スィラージは気持ちを落ち着けようと墓地を眺める「この村は土葬だよね」
「まあ土葬ですね」
数年前に亡くなった祖母も土葬だった。彼には厳しい祖母だった。散々叱られた思い出がある。
墓石は100ほどもあるか。村の墓石は大きめで形の整った石を置いただけのものが多い。ローマ帝国本領やギリシャにおいては火葬が珍しくない。暗殺で死んだ英雄カエサルも火葬である。その遺灰は動乱に巻き込まれ雨と帝都の大地に散った。
スィラージはギルドマスターのマリーダとの会話を思い出す。旅立ちの前夜に会食した時の記憶だ。あの女は身分違いの職員や外国人と同席することを全く気にしない。
「なあスィラージ、あたしがローマのお偉方のセリフで気に入っているのは『人間、死ねば誰でも同じだが、死ぬまでは断じて同じではない』だね」
「なるほど。じゃあ死ぬまでは何が違うんですか。血筋とか?」
「違うね『死ねば誰でも同じ』ってのは、血筋とか財産とか、そんなの関係無いってことだろ。それを500年は続いているローマの貴族が言ったってのが痺れるね」
「なるほど」
「もちろん血筋や財産に拘る貴族もわんさかいるんだけどさ」
その時の、ギルマスの顔が印象的で、スィラージはよく憶えている。
少し冷静になった。
その横顔をシスターが眺める。
スィラージは問う「ところでシスターはこの村の人間じゃないよね」
「そうですね」
「トラキアとか黒海の方?」
「さて、どうでしょう。当ててみてくださいよ」
「そいつはちょっと難しすぎるかな。ヒントをくれないか」
「ヒントですか。それでは……カリスト」
「、エルサレム?」安直な回答だが。
「残念、ちょっと違います。まあ、あの辺りですけどね」
シスターの教会堂は周辺は木漏れ日が良い具合に散りばめられて、昼下がりに涼しさを演出している。
スィラージは、先導するメッサリーナの後ろ姿を眺めながらついていく。
しかし、どうしてこんなにぴったりくっついているんだろう、この布は。トゥニカの生地がとても柔らかいのか。だから体に密着している。ラインがはっきりと見てとれる。華奢な肩まわり、ほっそりとしたウエスト、躍動する尻、しなやかな脚線。ルシールによると魔法使いだという話だが見た目ではわからない。
スィラージは無言で凝視。
「きゃ」メッサリーナが何かに躓いて前のめりにこける。
「大丈夫かい」スィラージはさらに凝視する。穴が開きそうなほどに凝視。
彼が心の奥底に秘めた美少女スカウターの数字がガンガン上がる。40000! 50000! ぼん! スカウターの感度が上限オーバーで爆発! ひいいいいい! しかし感度が上限オーバーしたくらいで爆発するとはとんだ不良品である。お前の美少女スカウターは旧式だからな。と、ここまでがセットの様式美(竜の玉なめくじ星編)。それにしても良いケツをしていやがる。まず形が良い。若さと包容力に満ちている。そしてその柔軟性と張り。相反する二つの要素を見事に両立させている。素晴らしいとしか言いようがない。触れたら吸い付いてもう離れないのではないかと思わせるほどだ。ちょっと確かめてみるか? マジヤバいな俺。
「失礼しました」
「いいえ、全然」スィラージは爽やかに微笑む。
「怪我しなかったかい」
「これくらい大丈夫ですよ」
教会堂に着いた。二部屋くらいの小さな建物だ。
「さあ、着きました」
「そうだね」スィラージは喉が渇いてきた。
「たっぷりお話ししましょうね」
「そ、そうだね」ドキドキが加速する。
スィラージは意を決して前に出、ガタガタと引き戸を開けた。何だか重いなコレ。建付けが悪いんじゃないのか。
途端「「こんにちわ!」」と中から幾つもの声が響いた。
スィラージはぎょっとして立ち止まる。薄暗い屋内に複数の人影。
「さあ、どうぞ」背中を軽く押される。
スィラージがおずおずと入ると、そこは小ぢんまりとした聖堂で、長テーブル4つと椅子が置かれている。そこに着席していたのは村の子供たち。興味津々にこちらを見ている。
「……何コレ」どんなプレイをしようって言うんだよ、この女。
「? ですから、街の話をしていただきたいというお願いですよ? 村から出たことのない子供たちに、外の世界のことを教えてあげたいと思いまして」
「ぬぎゃもぎゃふぎょああああむがああ!」裏切ったな! 父さんと同じに僕の気持ちを裏切ったな!
「ど、ど、どうしたんですか?」
「何でもないよ。俺は子供が大好きだからな。突然だったけど今のは歓喜の雄叫びだ」
「……そうですか?」メッサリーナがニコリと笑った。
そんなわけで非常勤講師スィラージ先生の特別講座が始まった。
黄昏を控えた風が、窓から柔らかく吹き込んでくる。
スィラージは熱く語る。
「そうして主人公の危機とヒロインの思惑が対比として描かれて印象を強めるわけだ。今回例に挙げた第四話の導入部は実にナイスな事例になる。簡素にして洗練された演出、わかりやすい物語性、何よりも時代の先を行く新しさ。以上の理由でやはり怪盗テツヤシリーズは鉄板だ。特に今期やっている第3期は名作だ。監督が何を目指しているのか、原作に沿うだけでない積極進取。その崇高な高みがよくわかる。話が逸れたな。今見ていない者は再放送を必ず見ること。テツヤの思考がどういう経緯で少女革命に至ったのか、よーく考えておくように。ここ、テストに出るからね?」
「「はい!」」少年少女は元気が良い。
「では次、古典的名作について語ろうと思う。そうだな『牧場の少女マトリ』を見たことがある子はいるかな?」
少年少女は沈黙。
「ありゃ誰も見たこと無いのか。さすがに古すぎたか。では、もっと最近の作品で……『新世紀レスターンワルド』を見た子はいるかな?」昨年の夕方放映された人気作品だ。
さすがに全員が手を上げる。
「よかった、これも知らんとか言われたら、さすがのお兄さんもジェネレーションギャップって奴を痛感させられるところだったぜ。ちなみに俺は亜須香のファンだ」
「先生若い!」歓声が上がる。
「はっはっは、おだてても何も出ないぞ」キラリ爽やかに歯が光る。
メッサリーナは長テーブルの片隅で困り顔。
「そうだ紅茶」彼女は人数分の紅茶を準備するべく立ち上がった。
それは一瞬の出来事。前かがみになったメッサリーナの胸元の奥がチラリ、暗く暖かで豊かな神の国が覗く。スィラージの眼差しは鷹のように鋭い。
講座は続く。
晩飯時になってもスィラージが帰ってこない。最後くらい少し豪勢にしてやろう、と村長の家では御馳走を作ってくれていたのだが、スィラージだけが帰ってこない。どこに行ったのか、子供でもないのに困ったものだ。
と皆で話しているとスィラージが帰ってきた。疲れた顔をして。
シフは問う「どうした遅かったな?」
「ああ、そうだな」
「何かあったのか?」
「変なものでも食べたんじゃないの」ルシールが軽口を叩く。
「あり得るな」
「はっは、たいしたことじゃない。まあ、ちょっと疲れはしたが」
「もう晩飯だぞ?」
「うん腹減った。オラはもうヘロヘロ」
「喜べ今日の晩メシはキノコづくしだ」
食後しばらくして。子供たちは引き上げて4人と村長が居間でテーブルを囲んで談笑。酒が入っている。女衆は台所仕事。
村長の息子は酒に弱く、既に部屋の片隅でひっくり返っている。
その肩をシフが揺する「どうしてあたしの酒を飲んでくれないのカミーユ」
「おいシフ、そいつはカミーユじゃないぞ」ガボルアは今日も元気に酒を飲む。
村長の息子は苦しそう「うー……いろんな意味で気持ち悪い」
「飲んだらいいと思うぜ? 飲も?」シフがしな垂れかかる。
「もう勘弁してください」
「あっはっはっはっは、何言っちゃってるのカミーユ」シフはふらふら歩いて椅子に腰を落とす「あんたはやればできる子なんだから! 立てよ国民! ジークジ〇ン!」
スィラージが即応「ジークジ〇ン」
村長が話しかける「ところであんた、メッサリーナのところに行ったじゃろう」
「……ああ、行ったよ。子供たちに旅の話を聞かせて欲しいって頼まれたから」
「それだけか?」邪悪な微笑を浮かべる村長だぜ。
「それだけだよ。変な妄想はやめてくれ」
「あんたのことじゃから、いんぐりもんぐり(※1)してきたんじゃないかと思っちまったよ」
「あの女はとんだ小悪魔だったよ、残念ながら」
ルシールは冷静に指摘する「ふうん、つまり何かやろうって気持ちはあったってことね。最低」
「あっは誤解だ、誤解。まいったな」
シフが突然立ち上がる「あっはっはっはっはっは、この変態野郎が! 嬉しそうだぞオイ」
ルシールはシフの肩をぽんぽん叩く「はいはい。もう夜なんだから、もうちょっと静かにしましょうね~」
「だから酔ってないっていうのに、全く。どこを見てるんだよ」シフが長椅子にふにゃふにゃと倒れ込む。
「それが酔ってるって言うの」
「なにをだふfrfrじypだgっだえ」
「君飲みすぎだよ。ちょっと水飲め」スィラージが年下の相棒を介抱する。
村長がコップを傾ける「隊長さんが酔っぱらうのは珍しいんじゃないのか」年の割によく飲む爺だ。
「あたしも初めて見たよ」ルシールは眼を細め、前後不覚な奇妙なポーズのシフを眺める。手足を変な方向に曲げて、身体の柔らかい男だ。
「信用されとるんじゃの」
「そうかな」
「そりゃそうじゃろう」
スィラージとガボルアも頷いた。
「そう、なんだ……ところで、そのメッサリーナさん? 教会の人のことだよね」ルシールは唐突に話題を変える。
「そうじゃが」
「あの人、魔法使いなんだよね?」
「じゃとしたら?」村長が表情を変えた。
スィラージとガボルアも少し警戒を滲ませる。
ルシールは内心舌打ちする。君子危うきに近寄らず。酒が入って口が滑ったのかもしれない。
「あの人はライトヒール使えないのかなと思って」
「彼女の魔力は色(※2)が強すぎるからの。ヒール系は無理なんじゃよ」
「色は赤?」
「そこまでわかるか、さすがじゃの」
【※1 いんぐりもんぐり】中国地方の方言だが地域によって以下のように意味が変わる。まがりくねった道。不恰好な様子。ごそごそ、くねくねする様子。優柔不断な様子。上記に卑猥な意味を加味する場合もある。
【※2 魔力の色】属性のこと。これは個人差が大きく最初から特定の色を示す場合がある。彩度が高いほど属性深度が深い。同属性魔法なら有利に働くが、属性深度によっては逆属性どころか同属性以外は完全に使用不可となる。
青は水と命を司り、赤は火と破壊を司る。この二つは明確に反発・相殺する性質を示す。
ルシールの魔力の色は、鮮やかな青。逆属性の赤系統は当然使えないが、それ以外の属性はそこそこ使える。




